
秋が近づくと、猫と触れ合う機会が増える一方で、気をつけたい病気がある。その名も「猫ひっかき病」。名前の通り、ネコに引っかかれたり咬まれたりすることで感染する病気ですが、実際にはもっと日常的な触れ合いでも感染するケースがあるといいます。なぜ9月以降、この病気は増えるのでしょうか。猫ひっかき病の第一人者でもある山口大学の常岡英弘教授に話を聞きました。
ネコだけでなくイヌからも感染する「猫ひっかき病」
あまり知られていない病気だが、毎年、感染者は約1万人と推定される「猫ひっかき病」。この病気は主に「バルトネラ・ヘンセレ(Bartonella henselae)」という細菌に感染したネコを経由して、ヒトに感染もする。
「バルトネラ・ヘンセレを保有するノミがネコに寄生し吸血することでネコに感染します。また、感染したネコが毛づくろいをすることでネコの体表に原因菌が付着することがあり、ネコに引っかかれたり、噛まれたりするだけでなく、日常的な接触だけで飼い主に移ってしまう可能性もあります。また、ネコノミはネコだけでなくイヌにも寄生しますし、ヒトから吸血します。そのため、猫ひっかき病はイヌから感染することもあれば、ネコやイヌとまったく無縁の生活を送っていても感染することがあるんです」
猫ひっかき病は9月ごろから感染者数が増加し、10月ごろにピークを迎える。
「ネコノミは夏に繁殖期を迎えます。そのためバルトネラ・ヘンセレに感染したネコノミも増加し、それに伴いネコへの感染も増加します。涼しくなってくると猫は家の中で過ごすことが多くなりますので、ヒトとの接触機会が増えます。その結果、秋〜冬が猫ひっかき病のピークとなります」(常岡教授)
子どもから老人まですべての年代に感染例があるが、半数以上は14才以下の子どもだという。その理由は「おそらく子どもは野良猫との接触頻度が高く、また過剰にネコに触ってしまい引っかかれたりかまれたりすることが考えられる」とのこと。感染しないためには、まずはネコとの触れ合い方に注意したい。
風邪っぽい、体がだるいといった症状のほか「視力低下」も起こりうる
猫ひっかき病の主な症状は、ネコとの接触またはネコによる受傷後、数日〜2週間程度で受傷部位の皮膚に赤紫色の発疹や水疱の出現。さらに1~2週間後には全身倦怠感、悪心、嘔吐、頭痛、食欲不振を伴うリンパ腫大や発熱が現れる。
「多くの場合は、自然治癒をするので過度に心配する必要もありません。感染された方も風邪や疲労と感じる方も多い。しかしながら、一部では視神経網膜炎、不明熱、多発性肝脾肉芽腫などの症状も認められています。その他、パリノー眼腺腫症候群、心内膜炎、脳症、骨髄炎、末梢神経炎、肺炎、胸水貯蔵、結節性紅斑、血小板減少性紫斑病などの全身性感染を伴うことが知られています。視神経網膜炎では原因不明の発熱の経過中に視力低下を訴える例が多くあります。不明熱や肝脾肉芽腫では発熱が1カ月以上続く場合もあります。
また、死亡例は極めて稀です。早期に診断され的確な抗生剤の治療がなされれば、いずれも回復します。しかし、診断に難渋した場合、重症化する場合もあります。HIV感染などの免疫不全状態にある患者では、細菌性血管腫や肝臓紫斑病、急性脳症などの全身感染症を起こし重症化する可能性もあります。
必ずしも『猫に引っかかれたらすぐに医療機関を受診する必要がある』というわけではありません。ネコと触れ合った後にこのような症状が出た場合は、医師に『ネコに引っ掻かれた』『ネコと暮らしている』などを伝えて受診してください。猫ひっかき病などの人獣共通感染症(動物由来感染症)の診断のカギとなります」
猫ひっかき病はネコは無症状のため、飼い主はネコの感染に気づくことは難しい。また、ネコ向けのワクチンもまだ存在しない。
「野良猫とは無縁の飼い猫でノミのいない、きれいな環境での完全室内飼育であれば猫ひっかき病のリスクは極めて少ないでしょう。また予防法としては、次のような方法が考えられます」
・ネコの体を清潔に保ち、ブラッシングをこまめにする。
・定期的に猫の爪を切る。
・猫(特に子猫)との接触後は手指をよく洗う。
・野良猫には触らない。
・猫と過度なスキンシップは避ける。
・猫を興奮させない。
・飼い猫はできるだけ外に出さない(野良猫との接触を避ける)。
・受傷した際には水道水でしっかりと傷口を洗い流し、その後消毒をする。
ペットフード協会が行なっている全国犬猫飼育実態調査によると、2024年の日本の猫の飼育頭数は約915万頭。飼育頭数は犬を上回り、日本人にとって最も身近なペットになっている。だからこそネコとの正しい付き合い方を学び、ネコのいる暮らしを安心なものにしたい。
取材協力/山口大学常岡英弘教授、猫用品専門店『nekozuki』運営会社クロス・クローバー・ジャパン代表・太野由佳子さん
取材・文/峯亮佑