体外受精や顕微授精などの高度不妊治療を得意とする、不妊治療専門のクリニック「にしたんARTクリニック」。運営をサポートするのは、海外用Wi-Fiルーターレンタルサービス「イモトのWiFi」で事業を急成長させたエクスコムグローバル株式会社だ。
ユニークでインパクトの強いCMを連発し話題になるだけではなく、代表取締役社長の西村誠司さんも積極的にメディアに出演し、実業家として注目を集めている。
そんな西村さんに、なぜ不妊治療専門のクリニックを開院することにしたのか、そして医療機関とは思えないインパクトの強いCMをなぜ打ち続けるのか、話を聞いた。
愛娘と出会わせてくれた不妊治療への思い

日本産婦人科学会によると、2023年に国内で実施された体外受精で生まれた子どもの数はおよそ8万5000人。3年連続で過去最多となった。「体外受精」とは、精子と卵子を体の外で人工的に受精させる、不妊治療の一つだ。日本の出産年齢は上昇傾向にあり、年齢が上がるとともに、自然妊娠が難しくなる。そのような中、不妊治療技術の進歩に期待を寄せる人も多い。西村さんも仕事でアメリカに住んでいた期間に不妊治療を経て、愛しい我が子に出会えたひとりだ。
「9歳になる娘は、アメリカで高度な不妊治療の末産まれました。僕が44歳、妻が41歳の頃です。実は同じ時期に弟夫婦も日本で不妊治療に取り組んでいた。“アメリカに来て、同じ治療を受ければ授かるかもしれない”と伝えましたが、仕事のことなどを考えると結果的に渡米ができず……。結果的に、夫婦2人で人生を歩む選択をしました」
西村さんが生殖医療を手掛けていきたいという想いの根っこには、愛娘の存在と、弟夫婦の経験があるという。
「愛しい娘に出会わせてくれた、不妊治療に対するありがたさを心から感じたと共に、弟夫婦の苦しい思いもすごく伝わってきていました。弟のように悔しい思いをしている人は日本中にきっとたくさんいる、そういう人を少しでも減らしたい――。当時アメリカにいた僕はこの想いを強く感じていました」
平日22時まで、土日祝もオープンの大改革とハレーション
2021年6月に帰国が決まり、2022年6月には新宿院をオープン。2025年現在で主要都市に12院展開をしている。「にしたんARTクリニック」が支持される要素のひとつが「平日22時まで、土日祝もオープン」という、働く夫婦に寄り添った営業時間だ。医療機関は夕方ごろには営業を終了するところが多いが、なぜこのような営業時間になっているのか。
「口コミでも、“夜間診療があったから治療を続けられた”という声をいただきます。不妊治療というのは、来ていただかないことにははじまりません。しかし、仕事などで病院に通うことがそもそもできないというケースもある。それは女性だけの話ではありません。不妊治療はご夫婦で来ていただく必要があることも。”治療をとるか、仕事を取るか“という選択を迫られることなく、両立ができる営業時間にしています」
この営業時間は22年の新宿院開院時から変わらない。その背景には、西村さんが抱いていた医療業界に対する疑問があったという。とあるエピソードと共に語ってくれた。
「帰国して最初にオープンしたのが新宿院ですが、準備を進めるなか、駅付近を眺めているとほとんどのクリニックが夜にやっておらず、疑問を抱いていました。立ち上げメンバーに“診療時間はどうする?”と尋ねてみました。すると、予想通り“9時~18時で”と何の疑問も持たずに答えた。僕が“ここの目と鼻の先に伊勢丹があって、夜20時までやっているのに、働く人はどうやって通うの?”と聞いてもぽかんとしていました。みな悪気があるわけではありません。なかば常識というか、“医療従事者側の都合に合わせて患者は来るものだ“という考えが、無意識下にあるんだなと思いました」

西村さんは医療従事者の中にある当たり前に「メスを入れた」クリニックを作り上げていこうとした。しかし、医療業界にある「無意識下の常識」は一筋縄ではいかなかった。
「やはり、従来の“当たり前”を大きく変えようとするとハレーションが発生します。しかも僕は門外漢。“医者ではない人間がやろうとする取り組みなんて……”という感じで、事業全体として否定的な目をたくさん向けられました。けれど、“患者さん目線”で突破しようと思えたのも、門外漢だからこそ。医療従事者側の当たり前に染まっていない人間ですから。僕がやろうとしていることは、医療従事者側にとっては大変かもしれません。しかし、仕事というものは、自分たちが大変な思いをして荷物を背負うからこそ、誰かの負担を減らせるものだと思っています」
医療業界からポジティブな目線を向けらず、所属する先生たちの中には「怖さを持っていた人もいると思う」と西村さんは振り返る。
「そんな中でも、僕たちの想いに賛同してついてきてくれているいい先生ばかりです。やはり一番大事なのはリクルーティングですね。僕たちが不妊治療にかける思いや、どういう人たちを救って行かないといけないかという使命感を話し、それに共感してくれる人を採用しています。それは医師だけではありません。看護師、受付、カウンセラー、胚培養士など、ワンチームで患者さんに心を寄せていくことが大切ですから」
不妊治療において重要なことと
不妊治療に取り組むうえで特に大切なことが、この「医療従事者側が患者に寄り添って、気持ちを寄せる」ことだという。
「以前、うちのドクター数人に、“どういう治療が妊娠に繋がる決定打になると思う?”と聞きました。僕は“〇〇という治療法”という答えを期待した。しかし、全員が言ったのが、“科学的根拠はないですが、臨床経験から言えるのは、患者様とクリニック、もしくは医師との心の絆、信頼関係ができて、患者様がリラックスした瞬間。つまりストレスのない環境になったときに妊娠する”ということでした」
ストレスというものは、体の健康状態にとって良くないもの。それは不妊治療を行ううえでも同様だ。医療従事者が心を寄せ、患者との信頼関係が生まれたときに、ストレスのない状態になるわけだ。
「信頼関係という土台があったうえで、高度な医療技術があることが大切なんです。たしかに、患者さまは高い技術を求めてきていると思います。それは“=高い技術を提供していれば、それでいい”わけではありません。そういう意識だと、上から目線になったり、心無い言葉を言ったりしてしまいかねない。それでは信頼関係は築けません」
西村さんは「日本全国に600以上の高度不妊治療施設があるなかで、僕らに期待をして選んでくれたことを忘れないで」と日々口酸っぱく伝えているという。
「毎日医療をやっていると、慣れてきて作業的になっていく傾向があると思います。しかし、患者さんにとっては“今日の治療”は特別な日です。そんな患者さんの特別な日に、特別な存在としてリスペクトして接することを決して忘れてはいけない。にしたんARTクリニックの強みは、まさに心の底からそういう想いが溢れた人材が揃っているところだと自信をもって言えます」
奇抜なCMを打つ真意とは?
「患者さんのために」で突き進んできた結果、風当たりの強かった「にしたんARTクリニック」に追い風が吹き始めたそうだ。
「今年の4月から統括総院長に矢野哲先生が就任して、流れが大きく変わりました。この方は、産婦人科領域で著名な方。我々の取り組みや、理念などを1年以上何度もお話をさせてもらいました。それこそ奇抜なCMを打っていて、普通とは違うからこそ、ハレーションがあるのは事実です。ただ、それが戦略であることも理解してくださり、我々の取り組みの本質を見抜いてくださいました」
たしかに、セオリー通りでいくならば、医療機関のCMを打つならばまじめで硬いイメージが王道だ。
「ましてやその対極にある“ふざけた”広告ですからね(笑)。“あんなところに医療を任せられない。適当にやっているんだろう”と思われることは百も承知です。ただ、今の時代は記憶に残ることが大切です。情報の洪水の中でセオリー通りのことをやっても絶対に記憶に残らない。人によっては眉を顰めるようなことでも、知ってもらうためにはあえてやることが大事です」
いいものを提供していても、知ってもらう努力をしなければ求めている人のところに届かない。探してもらうのを待つのではなく、知ってもらうための戦略があのCMだ。そして、提供する医療サービスに自信があるからこそ、ある心理効果も狙っているという。
「“ゲインロス効果”といい、ギャップによる、上昇効果を狙っています。例えば、怖そうな人が子猫を優しく世話をしていたら“いい人だな”と思います。つまり、突拍子もないCMで、面白おかしくやるとイメージは下がる。ただ、知ってもらうことで中には足を運んでくれる人が出てきます。そこで、地に足のついた真面目なことをやっていれば、“誤解していたかもしれない、意外とまじめだ”と上方向の印象がより強く心に響きます。僕はあえてこのテクニックをやっています。だからこそ現場には“あんな宣伝をしているんだから、誰よりも医療を真面目にやらなければいけない”と伝えています。そこでレベルがおかしいとなったら悔しいし、バカにされてしまいますからね」
日本を元気に、強くしたい
最後に、今後の展望について話を聞いた。
「“にしたんARTクリニック”80院を目指しています。我々は、日本の未来に繋がる公共インフラを提供していると思っています。全国各地、都道府県のどういうところに展開をするかと考えた結果、目指す数は80だなとなりました」
更に、その生まれる子どもたちが過ごす日本をもっともっといい国にして盛り上げていきたいという。
「僕は日本が大好きで、日本を強くしたい。日本の強みを考えると、観光や食文化、人の温かさだと思います。つまり、カギは地方です。いいものが地方にはたくさんあるのに、伝わっていない現状がある。そして、地方に産業がないからこそ、過疎化がおこり、若者が来なくなる。僕は今年の2月から北海道の東川町という8000人の町の地方創生アドバイザーになりました。そこで手掛けた成功事例を日本全国に横展開して、日本の地方を活性化していきたいですね」
日本の課題の2トップは少子高齢化と、地方創生だと語る西村さん。この日本の課題を、民間の力を使って解決していきたいと力強く語ってくれた。

文/田村菜津季 撮影/小倉雄一郎







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