
ウェルビーイングな生き方を実践するために、移住や二拠点生活を選ぶ人も多い。静岡県熱海市でマチモリ不動産を運営する三好明さんもその1人だ。もともと東京の大手不動産グループ会社でビルやマンション管理の仕事を行っていた三好さんは、2012年から熱海のまちづくりにボランティアで関わるように。当時、本業にストレスを感じる中で、自身のスキルや知識が熱海で認められ、地元の人々に求めてもらえたことから、2017年に熱海に移住した。
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「ストレスでしかなかった仕事が可能性に変わった」熱海・マチモリ不動産の創業者が語る移住で得たウェルビーイングな働き方
移住や二拠点生活、多拠点生活が一定の市民権を得るようになり、生活する場所や働く場所を変える人も増えている。住む場所や活動拠点を変えることで、自分自身の価値を再認…
いきなり移住をしたのではなく、5年かけて熱海に関わっていくという“関係人口”の中で、少しずつ地元の人々との信頼を構築し、求められるようになった三好さん。記事後編では、マチモリ不動産創業者で代表の三好さんに、熱海の人々との関わり方や、マチモリ不動産での事業について話を聞いた。
“よそ者”を支えたのは人の“悔しさ”の連鎖 マルシェやまちづくりは「彼らがいなければできなかった」
――三好さんは2012年からボランティアで熱海に関わるようになり、2017年に本業を辞めて移住されました。5年間の関わりを経て、“関係人口”から熱海の中核に入っていきましたが、地元の方からの反発などはなかったのでしょうか。
三好明さん(以下、三好)「移住前にボランティアで熱海に関わっていた頃の話ですが、株式会社machimoriが銀座商店街を歩行者天国にしてマルシェを始めたら、商店街の半分以上がマルシェに反対という時がありました。当時33店舗中の10店舗が空いていて誰も商店街を歩いていないのに、何かしなければいけないのに、反対。でも、地元の40代、50代、60代のちょうど10歳ずつ違う世代の人たちが間に入ってくださって実現できたんです。『若い奴にやりたいことがあるなら、1回やらせてみようよ』と。」
――地元の人に反対されたと同時に、地元の人に応援もしてもらったのですね。
三好「間に入ってくださった人たち全員に共通点がありました。熱海から一度は外に出てUターンで熱海に戻ってきて、何か『新しいことをやろう』としたときに、反対されたことがある人たちなんです。自分が『やりたい』と思ったことができなかった経験を持った人たちの過去の積み重ねが、僕らが自由にやらせてもらえるキッカケを作ってくれた。だから彼らがいなければできませんでした。
まちづくりの取り組みは、メディアでもよく取り上げていただいて、外面的には『僕らがやった』ように見えてしまうけど、全くそんなことはなくて。地元の人が過去に悔しかい経験をした積み重ねで『なんとかしよう』という気持ちが僕らを受け入れてくれて、行動を後押ししてくださった。だから僕らがやったんじゃなくて、世代交代の大事さや意思決定をつないでくださる人たちがいた。その重層的な関係が今の結果なんです」
空き家問題の根本は「大家が困っていないこと」熱海で実践する”課題解決型”まちづくり
――マチモリ不動産はどういった事業をされていますか。
三好「もともと僕たちは株式会社machimoriの一部門で、不動産事業部を立ち上げて役員として入りました。その役員として携わった事業を子会社化してマチモリ不動産を作った形です。最初にmachimoriグループとしてやったことは、ゲストハウスを作ったり、シェアオフィスやコワーキングスペースを作ったり。その時に感じたのは、『使う人を先に決める』というのがポイントだということ。『作ってから使う人を募集する』のではなく、『必要としている人を先に集める』。例えばゲストハウスだったら、『年に必ず何回ぐらい泊まりに来てくれる人』をちゃんと掴んだうえで部屋を作りました。コワーキングスペースも、『あの方が必ず使ってくれる』というのを確約してから一緒に作っていきました。それを住宅版に応用したのが今のマチモリ不動産でやっていることです。
例えば空き家や空きビルを500~600万円かけてリノベーションしたのに、住む人がいないとなったら大変です。だから住む人を先に決める。そうすれば『大家さんも損しないし、住む人にとってもいいよね』という発想です。使う人を先に決めてから投資をしていく。その発想を住宅版に応用していきました」
――確かに、使う人が最初から決まっていれば安心ですね。その発想を思いついたキッカケはありますか。
三好「自社の従業員たちが住むところがなくて困っていたことがキッカケです。志を持って一緒にやっている仲間たちが20代でせっかく熱海に移住してくれたのに、住む場所の状態があまりにも酷すぎて困っていました。『仕事はいいけど、住むところがキツすぎて、続けるのが厳しいです』という状況の仲間が実際にいて、『これはなんとかしなきゃいけない!』と思ったのが、僕が動いた一番の理由です」
――身近な困りごとを解決するところからスタートしたのですね。
三好「どうすればその仲間の問題が解決できるかと考えた時に、大家さんが空き部屋を持っているから、これを改修すればいいんじゃないかと思いました。大家さんに説明して、『この子が住むから(改修工事の)資金を出していただけますか』とお願いしたのが最初でした。それが、最初にうまく動いた瞬間でした。投資としても成り立つし、住む本人がもし退去したとしても、同じように住む場所に困って入居してくれる人がいる。困っているそれぞれの立場の人をなんとかできると思いました。
同じように住む場所に困っている人はどのくらいいるのか調べたら、いわゆる昼夜人口の差なんですね。『熱海で働いているけど熱海に住んでいない人』はデータ上で言うと6860人いるんです。その全員が住むとは思わないけど、少なくとも1割、2割だとしても1000~2000人いることになります。そこで不動産の管理と仲介、そしてリノベーションという3つの事業を組み合わせればいいんだと思い、これは『地元の企業がやることに価値がある』と思ってスキームを考え出しました」
――三好さんは、熱海は『日本に将来やってくるあらゆる課題が早目に来ている街』=『課題先進地域』だとおっしゃっています。長屋のようになった建物を壊すことひとつとっても許可を取るのが難しいと。先ほどの大家さんへの許可もそうですが、関係性は少しずつ深めていったのですか。
三好「そうですね。みなの困っていることを聞きに行きました。大家さんに『何に困っているのですか?』と聞いた時に分かったことがあって、実は大家さんは『あまり困っていないから空き家にしている』んです」
――困りごとを聞きに行ったのに、“困っていなかった”ということですか?
三好「そうです。大家さんは大体70~80代の方が多く、そもそも貯蓄がかなりあるし、年金も入ってくるから、お金で困っているわけではないんです。むしろ変な人に住まれると面倒くさいから、空き家にする。だから空き家問題の根本は、『困っていない』ということに気付きました。
大家さんは困っていなくて、むしろ地域の人から『なんでこの人を入居させたんだ?』と言われるような、面倒くさい人間関係の問題が起こることが嫌だから貸さない。そこが分かったので、『じゃあ、面倒くさいことは全部僕がやるので』と話して、改修工事の資金をシンプルに出してくれる大家さんと進めました。
空室率の高い物件だと最初は出せたとしても2件3件となってくると額が1000万円を超えるようになってしまうため、大家さんとしてはリノベーション費用を出すことが難しくなることもありました。でも住みたい部屋がなくて困っている人もいる。
どうしたものかと考えた結果、リノベーション費用を出さないとしても5年で家賃相当分を投資回収できる場合、マチモリ不動産で全額だして代わりに7年間を無料で貸してもらうことにしました。その間はその大家さんに家賃は入らないのですが、お金に困っているわけではないから問題なく、むしろ投資額がゼロで7年後から家賃が入ってくる。だから『7年後に息子さんや娘さんが入居すしてもいいし、他の人に貸してもいいし』という話をしました。空き家があって何もしないより、リノベーションして7年間は住みたい人に住んでもらって、投資なしで8年目から部屋が綺麗な状態で家賃収入が入れば、それはそれでいいなとなりました。大家さんがリノベーション資金を出すパターンと、マチモリ不動産が出すパターンの両方を作りました」
――身近な人の困りごと、そして“困っていない”という状況から、マチモリ不動産のスキームが完成したのですね。
三好「そうですね。2つのパターンで進めていたのですが、当社も会社を設立したばかりでいくつもの部屋に投資できる状況になく、リノベーション費用をサブリース投資家に出してもらい賃貸で住む方から家賃を入れてもらう選択肢もつくりました。これで住みたい人さえ探せれば、その人は好きなところに好きな内装で住めて、それぞれ投資家さんも、オーナーさんも損をしない。仮に退去されても似たニーズがある部屋であれば空室損失もなさそう。そもそも住みたい賃貸住宅が圧倒的に不足している。
大家さんの本質的なお困り事は、“お金に困っていないから”ゆえに起きていることなんですが、その中でも過去に空き家について不動産屋に相談したことのある人がいました。すると不動産屋から『こんなボロボロの部屋は貸せません。リフォームしてください』と言われたと。リフォーム屋に相談すると、『リフォームできるけど、(入居者が)決まるかは分かりませんよ』と言われる。それで面倒くさくなってしまい、『じゃあいいや』と、空き家のままにしていると。だったら、『うちが両方やります! むしろ住む人も先に決まっているんです!』と話したら、今のような形になりました。空き家問題が構造的に悪循環だったんですよね。みなさんが困っていることを聞いて、できることを伝えたら、上手く動くようになっていきました」
“与えられる側”で終わらない地方との関わり方「“くれくれ星人”はいらない」
――三好さんは“関係人口”として熱海に関わり、今は移住されて熱海の生活やまちづくりに貢献されています。近年は移住や二拠点生活、ワーケーションやリトリートなどで他の拠点を持つ人も増えていますが、三好さんは熱海移住をどのように捉えていますか。
三好「僕は必ずしも移住しなくていいと言っています。例えば、地方に若い人がいないことが問題だとよく言われますが、それは違うと思っていて。仮に若い人たちがたくさん来ても、『あれやってくれ、これもやってくれ』という若い人ばかり来たらどうですか? それはむしろ課題が深まるだけで、『“くれくれ星人”はいらない』となってしまうかもしれません。
困っている地方はたくさんあるけれど、結論から言えば『地方の課題が解決できればいい』。だから、『若い人が移住してくれるか』ではなくて、『課題が解決されるか』が重要なんです。若い人が要らないと言っているわけでなくて、年齢の問題ではなく、また住んでくれるか住んでくれないかでもなく、スキルを持ったり情熱を持ったり、何か新しいことをやってみたいっていう気概を持った人が関わってくれるかどうかです。
だから今の移住政策や観光政策で、『補助金をあげるから来てくれ』というのがありますが、これは逆だと思います。そうすると『補助金があるから行く』と、“与えてもらうことを前提にした人”が集まりやすくなってしまうかもしれない。地域の課題は解決されないどころか深まってしまうリスクにもなりえます」
――確かに、移住者が増えても課題が増えたら元も子もないですね。
三好「本当に大事なのは、コンプレックスを赤裸々に出すこと。人間で例えると、『私のこんなところがいいですよ』とアピールするのではなく、『私はこれができないから困っています。こういう人がいると助かります。だから来てください』と伝える方が大事なんです。地方が自分たちの困ってることやできないことをちゃんと自己認識して、それを出すことが重要です。熱海は地元の人がちゃんと自己認知して、困っていることを理解していると思います。とはいえ僕も最初から意識を高く持って熱海に関わり始めたわけではなくて、何かやってみようかなと思った時に背中をおしてくれたり、始めるまで根気強く待ってくれたりした人がいたから今があるんです。最初はできることから始めて、何か新しいことをやってみる機会を徐々に増やしてきた結果で、やはり周りの環境に恵まれたことが大きかったと思います。」
――今後、熱海が果たす役割をどのように考えていますか。
三好「熱海という場所は東京から1時間で、熱海が熱海のためだけに生きるというよりも、東京で働いたり住んだりする方々のライフスタイルをより柔軟にする選択肢として提供するのが、熱海の役割のひとつではないかと思っています。
もちろん東京に住んで働く生活もいい。たまに熱海に来たい人にとっては、ただの観光地でもいいのですが、できれば人に会いに来たり家のように使える場所があったり、コミュニティがあったりというような“関係性を創れるような場所”でありたい。将来移住したかったら移住してもいいし、その距離感をちゃんと自分で選べる場所としての熱海にしていきたいです」
移住する・しないにかかわらず、まず地域と『関わる』ことから、私たちの新しい生き方の選択肢はきっと生まれてくるのだろう。
取材・文/コティマム 撮影/横田紋子