
毎日のように様々な商品や企業、出来事がSNSでは拡散されている。時に想像もしないようなきっかけから一瞬のうちにバズり、その後の人生や運命、歴史を変えてしまうことも少なくない。
これまで幾多の企業や商品がネットでバズり、日本のみならず世界にその名を知らしめたわけだが、それらはその後どうなっているのか?一瞬の輝きは未来へと受け継がれているのか?はたまた、刹那のきらめきだったのか?
企業や商品にとってバズることのメリットやデメリット、そしてバズり後の行く末を深掘りするこの企画。
今回は、今から4年前、『踊るタクシーおじさん』でTikTok2021上半期トレンドクリエイター部門にもノミネートされたタクシー会社・三和交通を直撃した。企業アカウントの先駆者的存在でもあり、衝撃的だったおじさんダンサーズの「今」について、広報の小澤さんに話を聞いた。
そもそも三和交通が世間に知れ渡ったのは2020年4月に投稿されたこの動画だった。
――バズったきっかけは何だったのでしょうか?
「動画を投稿した数ヶ月後に、一般の方が『三和交通の公式TikTok、めちゃいいぞ。こりゃあ入社したくなっちゃうね』とX(旧Twitter)に投稿してくださり、それが11万いいねを超える大反響となりました」
「その投稿をきっかけにメディアからの取材が相次ぎ、“踊るおじさん”として広く認知いただけるようになったんです」
三和交通がSNSを始めた理由は会社の認知度アップ、採用活動の一環だった。今から約10年前、とにかく予算をかけずに会社の魅力をアピールしようと最初はYouTubeに取り組んだという。
女性社員のお弁当作り動画や大食い企画など、手当たり次第に動画を放つも、ことごとく撃沈。さらに、
「YouTubeは編集や撮影にかなりの時間がかかる点がネックでした。そんな中、TikTokのCMで「15秒で簡単に投稿できる」と知り、実際にTikTokを見てみると、若者たちが楽しそうに踊っている動画が多く、「それならうちも“会社で踊ってみた”動画を投稿してみよう」と思ったんです」
TikTokを始めたのは2019年2月。自らカメラの前に立ち、体を張って果敢に踊ったのが「みぞ部長」こと溝口孝英さんだ。
好きな食べ物は「甘いもの」「八王子ラーメン」、最近の悩みは「体重を維持すること」。
タクシー業界で誰よりも踊りまくる61歳は、三和交通株式会社取締役本部長というえらい人であり、三和交通TikTokの総監督でもある。
「撮影内容や選曲・編集は主に、みぞ部長(溝口)が担当しています。彼と一緒に踊ったりカメラを担当する2名の広報担当がおりますが、基本的にはこの3人体制で運用しています。開始当初から現在までこの体制はほぼ変わっていません」
みぞ部長の愛くるしいダンス動画は若者の間で一気に広まり、瞬く間に世界中を駆け巡った。中でも再生回数4000万回超の動画がこちら。
TikTok界に突如現れ、日本を代表するダンスマンとなった「みぞ部長」。
SNSとは全く縁がなかった彼が動画の編集撮影をイチから学び、手探り状態で始めた結果、己の人生もタクシー業界も彩りに満ち溢れた。
そしてそれは、三和交通はもちろん、苦難の続くタクシー業界に新たな可能性をもたらすことになる。
バズってから5年。成長著しい三和交通の巧みなSNS戦略とは?
首都圏でタクシー・ハイヤー営業をする三和交通はとにかく奇才だ。
TikTokで部長が踊りまくる一方、奇抜な乗車メニューやツアーも積極的に実施している。
関東の心霊スポットを巡る夏季限定の人気企画「心霊スポット巡礼ツアー」や三億円事件の犯人の足取りルートを巡る「三億円事件ツアー」、ドライバーが黒スーツとサングラス姿で送迎してくれる「SP風TAXI」など多種多様。
すべてはタクシー業界のイメージアップ、そして新たな人材確保のため。
そんな中、爆発的な反響を呼んだ「踊るタクシーおじさん」は三和交通だけでなく、タクシー業界に大きな希望をもたらした。
――TikTokを始めて大きく変わったことは?
「タクシー会社に対して「堅い」「怖そうなおじさんばかり」というイメージを少しでも変えられたらという思いでTikTokを始めたのですが、当時は企業アカウント自体も珍しく、中には「何をやっているんだ?」という反応もあったかと思います」
「それでもTikTokを続けてきたことでお客様から「三和さんのTikTok見てます!」「テレビでも見ましたよ!」と声をかけていただくことが増え、社外からの印象も変わってきたと感じています。また、そうした反応やメディアに取り上げられる機会が増えることで社内の雰囲気も明るくなり、乗務社員のモチベーション向上にも繋がっていると実感しています」
――SNSでバズるためのコツはなんですか?
「正直なところ、いまだに「これをすればバズる」という明確な答えは分かりません(笑)。流行曲に合わせても伸びない時もあれば、懐かしい曲で意外と再生回数が伸びることもあります」
「ただ、弊社の場合は「出演しているおじさんたちが“やらされている”のではなく、本当に楽しそうにやっている」という点が一番大きいと思っています。そこが多くの方に共感されている理由ではないかと思います」
三和交通ではTikTok開始以来、6年間毎日投稿を継続しているという。
たゆまぬ努力が大きな話題を生み、一発屋では終わらない地道な積み重ねが企業の成長に繋がっている。
その証がある。
先日、三和交通のオウンドメディア「タク就ナビ」 で公開された「2025年6月の月収ランキング」。
自社が運営するサイトでドライバーの月収をありのままに公開するのも凄いが、その額にも驚かされた。
梅雨時はタクシーの需要が伸びるそうだが、三和交通ドライバーの平均月収は508,955円。これは売上ではなく個人への支給金額。
さらに、三和交通グループ全乗務社員約1500人のトップは、入社2年目(48歳)の方で月収86.4万円!
「タクシー業界はもう終わり」などとささやかれ、暗い話題しか目にすることのなかった昨今、これほど鮮やかに暗雲を晴らすようなカッコよすぎる事実は他にないだろう。
バズったとはいえ、三和交通はなぜこれほどまでに勢いがあるのか?タクシー業界で成長を続けるために必要なことを最後に聞いた。
「タクシー業界全体で乗務社員の高齢化や人手不足が大きな課題となっていますが、そうした中で既存の乗務社員が働きやすく、楽しく続けられる職場環境を整えること、そして若い人材を確保し続けることが重要です」
「TikTokやSNSを通じて、弊社の魅力を多くの方に知ってもらうことは今後も不可欠な取り組みであることは間違いありません。「三和交通で働いてみたい」「三和のタクシーに乗ってみたい」と思っていただけるような発信をこれから先も続けていきたいと考えています」
文/太田ポーシャ