
ソニーグループが7月にバンダイナムコホールディングスとの業務提携契約を締結しました。ソニーが680億円を投じてバンダイナムコHDの株式2.5%を取得、アニメ領域を中心としたコンテンツの強化を図ります。
ソニーは2024年12月にKADOKAWAの株式も取得しており、IPを主軸としたビジネスに注力中。エンタメ領域に舵を切ったソニーの狙いはどこにあるのでしょうか?
製品の開発から著作権の取得に
ソニーは銀行や保険などの金融事業の切り離しを進めており、ソニーフィナンシャルグループを9月中に上場させる計画を立てています。現在は完全子会社ですが、持株比率を20%未満まで下げるというもの。その主目的を「クリエイションを軸とした事業ポートフォリオに注力」としています。
ソニーはゲームと映像・音楽、半導体を主軸とした事業展開をしており、3分野に経営資源を集中させようというのです。近年、特に力を入れているのが映像と音楽。
2024年にマイケル・ジャクソンの音楽著作権とカタログ原版権の半分を買収することに合意したと報じられました。また、同年にロックバンドのクイーンの楽曲権利の買収交渉を進めているとの観測も出ています。
ソニーは著作権取得に関する明言は避けているものの、決算説明会で一連の報道に対する質問が投げかけられると、「今後とも楽曲版権の取得の機会を検討していきたい」と回答しました。背景にはストリーミング市場のサービス利用者が成熟世代にシフトしており、往年の名曲の再生回数が多いことがあります。
ソニーの代表的な製品に「ウォークマン」があります。音楽を持ち運ぶという、当時としては画期的なプロダクトでしたが、iPodとiPhoneの登場によって市場での優位性は失われていきました。こうした製品の淘汰は度々起こりますが、上流にある人気の楽曲の力が急速に色あせることはありません。2018年公開のクイーンをモデルとした映画「ボヘミアン・ラプソディ」は大ヒットし、2026年にはマイケル・ジャクソンの伝記映画が公開される予定。かつての大スターは未だ根強い人気に支えられています。ソニーは水が湧き出る水源へと手を伸ばしているのです。
国民的ヒット作を生み出すまでに時間を要したアニプレックス
映像分野においては、1989年にコロンビアを買収しており、早い段階でコンテンツ産業の川上へとリーチしていました。コロンビアは2021年にアメリカで公開した映画「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」が全世界興行収入2200億円を突破するなど、世界的なスマッシュヒット作品を生み出しています。
しかし、日本産アニメの分野では競合他社に遅れをとってきました。東映には「ONE PIECE」と「ドラゴンボール」という鉄板シリーズがあり、東宝には「ドラえもん」、「名探偵コナン」などの子供向けの人気シリーズ、さらに「君の名は。」の新海誠作品、「SPY×FAMILY」、「葬送のフリーレン」など大人でも楽しめるヒット作も数多く手がけています。
ソニーの国内アニメーションで潮目が大きく変わったのが、ソニー・ミュージックエンタテインメントの完全子会社であるアニプレックスが制作に参加した「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」。興行収入は400億円を超えて歴代興行収入1位の記録を塗り替えました。
さらに最新作の「劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来」は公開からわずか25日で興行収入は220億円を超えています。2作目の大ヒットは「鬼滅の刃」が確固とした人気シリーズに育ったことを印象づけました。アニプレックスがドル箱シリーズを手にしたとも言えます。
アニプレックスは実写映画のヒット作「国宝」も手掛けています。実写映画の強化を図るため、2023年に子会社ミリアゴンスタジオを設立しており、早くも話題作を生み出したのです。
コンテンツ産業界において、アニプレックスは急速に存在感を高めましたが、その道のりは長いものでした。
設立は1995年で、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」や「ソードアート・オンライン」、「化物語」などの良作を手がけるものの、強力なIPを生み出すには至りませんでした。ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントによる日本のアニメーションも同様です。
ソニーグループの十時裕樹CEOは2025年の経営方針説明会で、世代を超えて愛されるIPを作ると明言。ソニーの注力領域がIPに集中したことを強調しました。
そして、効率的にIPを創出する方法がM&Aであり、KADOKAWAやバンダイナムコHDの株式の取得につながったのでしょう。
東宝よりもバンダイナムコHDの持株比率で上位に立ったソニー
KADOKAWAは年間5000点を超える書籍を世に送り出しています。ライトノベルやマンガに強みを持っていますが、「パンどろぼう」で児童書の分野でもヒットシリーズを生み出しました。IPの製造工場とも言うべき存在であり、分野やターゲットも多岐にわたっています。
アニプレックスとKADOKAWAは2024年の提携前から関係があり、「ソードアート・オンライン」や「青春ブタ野郎」などのアニメを生み出しています。提携後はアニメ「クラスの大嫌いな女子と結婚することになった。」を放送しました。
ソニーはKADOKAWAの株式10%超を保有する主要株主で、一定の影響力を持ちます。今後、共同プロジェクトが加速する可能性は大いにあります。
バンダイナムコHDは2024年に東宝とも資本業務提携を行っており、東宝が配給した「機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-」というヒット作を生み出すに至りました。
さらにバンダイナムコHDは「アイドルマスター」や「アイドリッシュセブン」などの有力なIPを保有しています。
ポイントはソニーがどの程度の影響力を発揮するかという点。東宝はバンダイの株式0.25%を取得し、その後ガンダムという主力IPを使った映像作品の配給を、これまでの松竹から東宝に変更しました。
今回、ソニーはバンダイナムコHDの株式を2.5%保有する大株主になりました。影響力は東宝よりも大きくなります。
エンタメ業界はIPの取得合戦が始まっており、各社しのぎを削っています。その中で、ソニーがいかなる作品を生み出すのか。映画やアニメファンが良作の出現を待ち望んでいます。
文/不破聡