
生命保険に加入する理由は人それぞれであり、主に「家族を守るため」や「万が一に備えるため」といったものが一般的である。ソニー生命はその“常識”にあえてもう一歩踏み込んだ。
2025年7月に同社は20年ぶりにコーポレートスローガンを刷新し、「生きがいを、愛そう。」という新しいメッセージを掲げた。その背景には、生命保険がもつ本質的な価値を遺された家族の未来を守るといった経済面の保障にとどまることなく、「生きている今も守る」という文脈で捉えなおす思いが込められている。では、なぜソニー生命はこのようなメッセージにたどり着いたのか?
「生きがいを、愛そう。」へ
ソニー生命が、生命保険事業を開始したのは1981年のこと。ソニー生命の調査広報部・山口真里さんに話を聞いた。

山口 真里さん
ソニー生命保険株式会社 調査広報部広報課 統括課長
2002年ソニー生命入社。前職では外資系保険会社にて代理店営業を担当。営業現場での実務経験を活かし、同社ではライフプランニングシステム「LiPSS」の開発をはじめとする共創戦略、営業社員の報酬制度策定など営業企画業務を歴任。2024年より広報部門に着任し、2025年のソニーフィナンシャルグループの再上場を前に、全社横断でのリブランディングプロジェクトをリード。
「当時、生命保険といえば、パッケージングされた保険を販売するのが一般的でした。ソニー生命はそうした業界に新風を巻き起こすために誕生しました。一人ひとりのお客さまの人生が異なるように、保障に対するニーズも十人十色。それを的確に把握し、解決手段を提示するためには、崇高な理念と高い信念、豊富な知識と経験が必要です。こうして『ライフプランナー』がオーダーメイドの保険プランを提案する独自のスタイルを採用しました。ライフプランナーは単なる営業職ではなく、お客さまの人生に伴走するパートナー。顧客一人ひとりに寄り添ったサービスを提供することを、当時から今に至るまでの45年間ずっと大切にしてきています」

※営業開始時の新聞に掲載された広告。ライフプランナーのイメージ
「LIFEPLANNER VALUE.」というソニー生命を代表するフレーズは、まさにこの理念を体現したものである。そのソニー生命が、新たなコーポレートスローガンを発表した。それが「生きがいを、愛そう。」だ。
「2025年7月、『生きがいを、愛そう。』という新しいコーポレートスローガンを発表しました。背景には、ソニーフィナンシャルグループが2025年9月末に上場することを機に、社会に対する役割を見直すという意図があります。
生命保険を取り扱う私たちが社会に対して、どのような役割を果たすことができるのか、どのような貢献ができるのか。初心に立ち返って考え直した時、たどり着いたのが『生きがい』という言葉だったんです。
『生きがいを、愛そう。』には、単にお金や健康を守ることだけでなく、”生きている今を守る”という思いが込められています。私たちは生命保険を通じて、お客様が安心して今を生きることができ、その結果としてお客様の生きがいを守る存在でありたい。
ソニー生命は、この新しい価値観を基盤に今後も人々の人生を支える役割を目指すことを、改めて社会に対して誓うことにしました」(山口さん)

※「生きがいを、愛そう。」のキービジュアル
社員の問いから始まったブランド再構築への8か月間
ソニー生命が新たなコーポレートスローガン「生きがいを、愛そう。」を発表した背景には、8ヶ月にわたる慎重な議論と紆余曲折があった。経営陣や広報だけでなく、現場のライフプランナーや代理店サポーター、本社の社員など、幅広い層からフラットな意見を取り入れ、社内横断的に意見交換を重ねた結果、ようやく辿り着いたこのテーマであった。
その中では、広告会社・電通の『Future Creative Center』の知見も取り入れつつ、自社の想いを形にしていった。今回は、ブランド作りの過程を支えたキーパーソンたちに話を聞いた。

奥村 誠浩 さん
株式会社電通 第1CRPプランニング部 Future Creative Centerクリエイティブディレクター
経営/事業の課題発見から解決に導くクリエイティブアイデアまで新しい未来づくりに向けたプロジェクトを数々推進。特にブランディング領域・デジタルテクノロジー領域・スポーツ領域を得意とする。国内外クリエイティブアワードの受賞。講師としてSPORTSXやHuman Capitalなどに登壇。CES / SXSW出展。社会人アメリカンフットボールチーム監督、キッズフラッグ教室開講。

日比 昭道 さん
株式会社電通 第3CRプランニング局/Future Creative Center クリエイティブディレクター
広告クリエイティブで培った力を用いて、様々な商品・企業・産業の変革・未来づくりに挑戦。特に、企業ブランディング、スポーツ/メディア領域、まちづくり領域のプロジェクトが多く、クリエイティブリードを軸に、対話し共創する進め方を得意とする。クリエイティブアワード受賞多数。大学講師、企業のアイデア研修講師等も。中小企業診断士。
ーー「生きがいを、愛そう。」はどのように決まったのですか?
山口さん(ソニー生命):スタート地点としては、経営陣だけでなく、社員一人一人の意見を汲み取って新たなスローガンを作りたいと考えがありました。そのため、“自分たちの中にある声”を引き出してくれる中立的な第三者の存在が必要だと考えました。この役割について、さまざまな企業に相談する中で、電通さんが最もソニー生命のリブランディングを支えてくれると感じたので、ステアリングコミッティ(運営委員会)の事務局について、私たちと一緒に推進していただくようお願いすることにしました。
ーーパートナーに電通を選んだ理由を教えてください
山口さん:私たちが求めたのは、外部からの答えではなく、”自分たちの中にある声”を引き出してくれる存在でした。電通さんは、私たちの原点や価値観に真っすぐに向き合い、そのうえで、立場や役職に関係なくフラットに意見を交わせる「クリエイティブ・セッション」という対話の場を一緒につくってくれました。
日比さん(電通):クリエイティブ・セッションは、電通の『Future Creative Center』が独自開発した会議プロデュースの手法です。会議を進行するだけのファシリテーターとも、ソリューションを用意するコンサルティングとも違います。参加者一人ひとりの中にあるアイデアを引き出す「クリエイティブ・リード」という考えで会議をプロデュースします。そのために、山口さんがおっしゃったように、年齢や役職を問わず、部署も飛び越えた話し合いを設計します。この会議ではポジショントークは通用しません。新入社員でも社長と対等に意見を出し合える場であり、そのような空気感の醸成を私たちがサポートします。
奥村さん(電通):一番大切なのは、一人一人が自分の意志を持っていることです。ソニー生命さんは、誰にヒアリングをしても必ずご自身の意見を熱く語ってくださいました。そのため、非常に理想的な環境でセッションを進行することができました。それこそ社長から現場のライフプランナーに至るまでです。
原さん(ソニー生命):私は転職して3年目ですが、キャリアにかかわらず自由に意見を話すのはソニー生命の社風だと思います。はじめは戸惑いましたが、話し合いをしている中で、だんだんと自発的に自分の考えを口にしている人も沢山いました。私に限らず、参加した社員はみんな同じでしたね。

原 正樹 さん
ソニー生命保険株式会社 調査広報部 広報課 主任
2022年にソニー生命入社。前職では広告代理店のプロデューサーとして、金融領域のお客さまを中心にオン/オフ問わず企画・プロデュースを担当。現職ではリブランディングプロジェクトにおける戦略および各種施策の企画から、プロジェクトマネジメント・ディレクションを担当。
ーー「生きがいを、愛そう。」というテーマに辿り着くまでに、どのような議論があったのでしょうか?
山口さん:話し合いの中で、だんだん『生きがい』という言葉にたどり着いたんです。時間としては半年ほどかかりましたね。すぐには答えが出ませんでしたが、このテーマには、人々が今を大切に生きることを守るという想いが込められています。生命保険は亡くなった後に備えるというイメージが強い中で、私たちは生きている今を支えることにも、焦点を当てたかったんです。それがライフプランナーを生み出した私たちソニー生命の根幹にある思いだったのだと議論を重ねることで確信に変わりました。『生きがい』は当社のビジョン「お客さまの『生きがい』ある人生をお守りする」でも使用している重要なキーワードです。ビジョンとも一貫性があった点も納得感がありました。

日比さん:多くの時間を費やしたのは議論が着地しそうになっても、その議論を具体に落とし込んだときに、本当に駆動するのか、具体と抽象を行き来する中で、磨いていったからですね。
奥村さん:スクラップアンドビルドを繰り返すことで、ようやく一人ひとりが自分の言葉で新たなスローガンを説明できるようになります。誰かに決めてもらったのでは意味がなく、社員全員に自分が決めたと思ってもらえることが大事なんです。メンバーや時間を変え、スクラップアンドビルドをしても絶対に変わらないもの、毎回、たどり着く結論をとことん見つけてもらいました。それがクリエイティブセッションなんです。
原さん:おかげで「生きがいを、愛そう。」というフレーズはステアリングコミッティや関わってくださったメンバー全員で納得し、社内外に力強く発信できています。
ーーその過程で、特に心がけていたことはありますか?
奥村さん:まず大事にしたのは、話しやすい空気作りです。本来、私たち電通組が意識を向けていることなのですが、印象的だったのが、毎回、山口さんがお菓子を持参してそのお菓子がどんな思いで作られたのかを参加者に話していたことでした。
原さん:そうですね。会議が始まる前に必ず参加者にお菓子を配るんですよね。それで「このお菓子はこういう歴史があり、最近、こういう思いでリブランディングをした」と他社のブランディングエピソードを話してくれましたよね。
日比さん:おかげで毎回、参加者の空気がかなり柔らかくなりました。あれは、ご自身で調べていたんですか?
山口さん:電通の皆さんから「空気作り」が大事と聞き、私にできることはないかと考えてアイスブレイクも兼ねて他の企業のブランディングの話をしようと思ったんです。「お菓子 リブランディング」と調べてヒットするお菓子を毎週のようにデパートに買いに行っていたら販売員の方に顔を覚えられてしまって「実は、リブランディングをしたお菓子を探しています」と相談に乗ってもらっていました。いろいろな事例を知れば知るほど、「ブランディングは歴史だ」と再確認させられました。過去から未来を作る作業です。私たちも負けていられないなと元気をもらいました。
ーー最後に、この新しいスローガンが社会にどのように伝わってほしいと考えていますか?
山口さん:『生きがいを、愛そう。』というテーマが、社会の中で広まり、私たちの提供する生命保険が“いま”を安心していきる人々にとって欠かせない存在であることを再認識してもらえればと思っています。そして、その安心が、金銭面だけでなく、毎日を楽しく、過ごすための「生きがい」を守る力になるという想いを込めています。『生きがい』という言葉が響き、お客様にとって、私たちの日々の活動が毎日の安心を超えて、生きる力も支える手段として位置づけられることを願っています。

取材・文/峯亮佑