
ステーブルコインをご存じでしょうか。ビットコインやイーサリアムのような価格変動の大きい暗号資産と違い、米ドルや円、さらには米国債などの安全資産に連動させて価格を安定させたデジタル通貨です。代表格はUSDC。送金・決済で使えるうえ、ウォレット間で24時間365日、世界中どこへでも直接送れます。手数料の低さも相まって、すでに実務で使っているビジネスパーソンも増えています。
そして2025年7月、米国で転機が訪れました。トランプ大統領がGENIUS法(Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins)に署名し、連邦レベルでの安定的な規制枠組みが成立したのです。発行体には「1:1準備金の保有」「BSA(銀行秘密法)準拠のAML/KYC」「必要に応じた凍結・焼却等の技術的能力」などが義務化され、監督体制も整備されました。これにより、“グレーだった領域” が一気に制度金融の射程に入ってきたのです。
すでに現場は動いている ShopifyでUSDC決済
制度化の前後を問わず、商流側では実装が加速しています。EC基盤のShopifyは、2025年6月にUSDCによるチェックアウトを公式発表。CoinbaseとStripeと組み、Base(イーサリアムL2)上のUSDCを既存のShopify Paymentsのフローにシームレス統合しました。外貨建ての越境決済でも“為替手数料ゼロ”で受け取り、必要なら法定通貨に自動換金もできます。
カードネットワーク側も無関心ではありません。VisaはUSDCによる決済・清算の対応範囲を拡大。複数チェーン・複数ステーブルコインへのサポートを広げ、既にパイロットでSolana/Ethereumを通じて清算資金の移動を実施しています。制度金融の「バックエンド」にステーブルコインが入りつつあるのは大きな流れです。
コストはどう変わる? “数%の壁” を崩す
従来のカード決済は1.5~3.5%前後の手数料が一般的で、越境・外貨やプレミアムカードではさらに上がることも珍しくありません。EC事業者にとっては重い固定費でした。
一方、ステーブルコイン決済は実装の仕方次第ですが、たとえばStripeの暗号資産決済は1.5%程度と報じられています。Coinbase Commerceのモデルでも約1%が目安という紹介が多く、ネットワーク手数料(ガス代)は購入者側が負担する設計が一般的です。
ビジネスとしては「クレカの数% → 1%台」という構造的なコストダウンを狙える可能性があります。もちろん、法定通貨へのオン/オフランプ手数料や為替、会計処理の運用コストは個別に検討が必要です。
発行体の “稼ぎ方” 準備金の金利が利益になる
ステーブルコインの発行体ビジネスはシンプルです。発行したUSDCやUSDTの裏側に置く現金・短期国債などの準備金から生まれる利息が、主要な収益源になります。金利が高い局面では、このモデルは極めて収益性が高くなります。
実際、Tether(USDT)が2025年Q2だけで約49億ドルの純利益を公表したほか、CircleのUSDC準備金はBlackRockの専用マネーファンドで運用され、直近の7日のSEC利回り*は4%台。Circle自身も収益の大半を準備金利息が占める構造であることが広く報じられています。
*SEC利回り・・・米国証券取引委員会(SEC)が定めた、過去30日間のETFの運用から得たインカムから費用を控除し、基準日の市場価格で割り、年率換算したもの。
なぜ今「時代が来る」のか? 制度×実装×収益の三位一体
制度:米国のGENIUS法が連邦レベルの明確なライセンス&監督枠組みを提示。違法行為対策(BSA/AML)を含め、オンチェーン決済を制度金融につなげる道筋が示されました。
実装:Shopify・Stripe・Coinbaseの連携、Visaの清算対応拡大など、**“使える場”** が一気に整ってきました。
収益:発行体は高金利期に強固な利益モデルを確立。金利が下がれば収益は細るものの、ユースケースが拡大すれば発行残高の増加で相殺し得ます。
この三点が同時に動き出し、“安定したデジタル現金” の時代が現実味を帯びてきた、というのが2025年の状況です。
企業にとっての実利:送金・決済・資金管理が変わる
1. 国際送金の即時化
ウォレットtoウォレットでほぼ即時のクロスボーダー送金が可能です。仲介銀行やカットオフの制約が小さく、手数料と時間の双方を圧縮できます。フリーランサーやサプライヤーへの海外支払いでも、現地での銀行口座を前提としない運用が検討しやすくなります。
2. EC決済の多様化
カードに頼らない新しいチェックアウト手段として、ステーブルコインは “もう一つの標準” になり得ます。チャージバック不可という特性は不正対策上の利点になる一方、返金オペレーションは別途設計が必要です。
3. B2B支払いの効率化
見積・請求から支払いまでのデジタル化と照合の自動化が進みます。支払期日と同時にオンチェーン決済を走らせ、ERPと連携して即時消込まで到達する設計が視野に入ります。Visaの清算インフラ対応拡大は、既存金融との接続可能性を高めます。
「勝つ企業」はどこか 公開市場の視点
発行・インフラ: Circle(CRCL)のように規制適合を前提にする発行体は、制度化の進展で資金調達・提携が進みやすい一方、金利低下には収益が敏感という弱点もあります。
決済・コマース:Shopify×Stripe×Coinbaseの連携は、**“安く・速く・広く”**というECの要件に合致します。導入の手間が少なく、既存フローに溶け込む設計は普及を後押しします。Shopify
既存ネットワーク:Visaのように清算レイヤーを拡張する動きは、“カード以外” のトラフィックを取り込む布石です。ステーブルコインは敵ではなく、新しいレールと捉える企業が優位に立ちます。
株価は無数の要因で動きますが、ステーブルコインと有力オルトコインを「保有・活用」できる公開企業、もしくはそのエコシステムに深く関与する企業は、中期的に物色されやすいテーマといえます。(投資判断は読者ご自身でご確認ください)
リスクと論点:万能薬ではない
ペッグ外れのリスク:USDCは2023年3月、SVB問題で一時的に1ドル割れを経験しています。準備金管理と情報開示は常に注視が必要です。
規制の “未施行” 期間:GENIUS法は成立済みですが、実務ルール(細則)の整備と完全施行までラグがあります。自社導入のタイミングは、適用時期と監督の実務を確認しながら設計しましょう。
レートサイクル:発行体の収益は金利に連動する面が大きく、金利低下局面では利鞘縮小が想定されます。事業継続性は流通額の成長や周辺サービスで補えるかが鍵です。
日本の文脈:法整備は先行、商用展開はこれから本番
日本では2023年の資金決済法改正で、いわゆる「電子決済手段」(ステーブルコイン相当)の枠組みが整備され、銀行・資金移動業者・信託銀行による発行が可能になりました。信託型のスキーム(Progmat Coin)なども議論が進み、MUFGが貿易決済などでの活用を模索しています。ただ、国内での本格商用サービスは発展途上という評価もあり、2025年は実装フェーズへの移行年になるでしょう。
【実務での “次の一手” チェックリスト】
ユースケースを限定してパイロット:越境の少額支払い/デジタルコンテンツ課金/海外フリーランス報酬など、費用対効果が出やすい領域から始めます。
会計・税務・反社チェックの運用整備:支払起票~承認~オンチェーン送金~消込までの SOP(標準手順)を作り、監査証跡を確保します。
ウォレットと権限管理:マルチシグ(複数の署名を必要とする取引方式)やカストディ(暗号資産を安全に保管・管理するサービス)の採用可否、鍵管理の責任分界を明確化します。
ベンダー比較:手数料(率・定額)、自動法定通貨化の可否、チャージバック相当の運用、監査対応など、RFP(提案依頼書)で比較しましょう。
カードとの“併用設計”:ユーザー利便やコンバージョンを落とさないよう、カード+ステーブルコインの併設を前提にABテストします。
まとめ——“安定したデジタル現金”が基盤になる
規制の明確化(米GENIUS法)、商流での実装(Shopify/Stripe/Coinbase)、ネットワークの巻き込み(Visa)。この三拍子がそろい、ステーブルコインはオルトコイン以上に “使える通貨”として、企業の送金・決済・資金管理を塗り替えつつあります。
「安く・速く・いつでも」動くデジタル現金をどう自社のP/Lに効かせるか。まさに今から設計する人が、次の勝ち筋をつかむはずです。
文/鈴木林太郎