
2025年4月にNetflixで独占配信された、リブート版『新幹線大爆破』は非英語映画の週間グローバルTOP10で第2位を獲得し、日本を含む80か国でTOP10入りを果たした。国内外で大ヒットとなった本作の舞台裏には、Netflixの巧みな広告戦略があった。
お話を聞いたのはこのお二人
進藤文枝さん
Netflix
C&Iエンタテインメント、ワーナー・ブラザース映画で映画宣伝プロデューサーとして洋画・邦画を担当後、2023年10月にNetflixに入社。現在はTitle Marketingチームのマネージャーとして、「地面師たち」「イカゲーム」シーズン2やリブート版『新幹線大爆破』など、話題作のプロモーションを手掛けている。
田端都望さん
株式会社 電通
テレビや新聞といったマス広告からPR・プロモーションまで、幅広いクリエイティブを手掛けるプランナー。これまでにJPMアワード・ギャラクシー賞・ACCなどを受賞している。

キーワード「走り続けろ。」に込めた二重の意味
時速100キロを下回ると爆発する爆弾が仕掛けられた東北新幹線「はやぶさ60号」を舞台にした、Netflix独占配信のタイムサスペンス映画『新幹線大爆破』。1975年公開の同名作をリブートした本作は、主演の草彅剛さんをはじめとする豪華キャストが集結し、特撮・VFX(Visual Effects)演出で高い評価を受ける樋口真嗣さんが監督を務めた。2025年4月の配信初週には、Netflix「週間グローバルTOP10(非英語映画)」で日本第1位、世界第2位を記録する好スタートを切った。日本国内では5週連続1位という過去最長記録を達成し、さらに11週間連続で週間映画TOP10にランクインするなど、圧倒的な人気を誇った。
SNSでも本作は大きな話題を呼んだが、特に街頭やオンラインで展開された広告への反応が目立った。その中心にあったキャッチコピー「走り続けろ。」考案の経緯について、Netflixの進藤さんはこう振り返る。

「この言葉には二重の意味があります。はやぶさ60号が時速100キロを下回ると爆発するという映画の設定、そしてそれを走らせ続けるために奮闘する人たちのことを指しています。多くの人が移動するゴールデンウィークの期間に合わせ、2025年4月23日より独占配信開始ということで、定刻通りに人々を運び続ける日本のインフラと、それを支える人々の素晴らしさを、映画を通じて改めて伝えたいという思いも込めました」(進藤さん)
新幹線で『新幹線大爆破』の広告を打つという挑戦
主に展開した広告は、CMやSNSといったデジタル媒体に加え、駅や車内でのOOH(アウト・オブ・ホーム)メディアだ。中でも、駅や新幹線での掲出は当初から有力な施策として検討されていたという。
Netflixの広告戦略を支えた電通の田端さんは次のように語る。
「駅や車内広告は、媒体としては一般的ですが、『新幹線大爆破』をあえて駅や新幹線で告知することは非常に効果的であると考えていました」
しかし、実際の掲出には高いハードルがあった。本作はJR東日本の協力を得て制作されたとはいえ、表現には厳しい基準が課せられていたのだ。
「JR東日本さまの媒体規定で、利用客が不安を覚える要素はすべてNGでした。爆発や炎上など直接的な描写を避けつつ、タイムサスペンス映画らしさをどう伝えるか、Netflixさんと何度も試行錯誤しました」(田端さん)
最初の掲出先となったのは仙台駅。コンコースの天井から吊るされた巨大パネルには、新幹線の車両を縦に配置した大胆な構図が採用され、多くの通行人が足を止めた。


「パニック描写はないものの、異物感を演出することで視線を集める意図がありました。はやぶさ60号のエメラルドグリーンも、視覚的に強いアクセントになりました」(田端さん)
さらに、横長の大型パネルには「政治か、世論か」といったコピーと登場人物をあしらい、物語の人間ドラマとしての要素も前面に押し出した。
「タイトルだけだとパニック映画の印象が強くなりがちです。お仕事ドラマや人間関係といった部分にも関心を持ってもらえるよう、電通さんと何度も協議をしながらデザインを工夫しました」(進藤さん)
その後、新宿駅や品川駅といった東京都内の主要駅にも広告展開を広げた。新宿駅ではカウントダウンとともに新幹線が走り抜ける映像をデジタルサイネージで展開し、品川駅では「【朗報】品川駅は出ません!」というユーモラスなコピーを掲出した。
「広告や作品を観た人が思わず突っ込みたくなる仕掛け(=ツッコマレビリティ)を狙って、品川駅の広告は配信開始から約1週間後に掲出しました」(田端さん)


作品の力を信じるのがNetflixの役目
広告に対する“ツッコミ”の投稿は反響を呼んだ。品川駅および新幹線の車内広告に関する投稿が、いずれも多くのユーザーの関心を集め、非常に高い表示回数を達成した。
ただし、攻めた施策は一歩間違えると炎上したりネガティブな反響にも繋がったりするリスクも孕んでいる。「かなりドキドキでした。品川駅のコピーも、何度も案を練り直しては結局最初の案に戻るということを繰り返しました」と田端さんは安堵した様子で打ち明ける。
それでも挑戦的な取り組みを最後まで続けられたのは、進藤さんらNetflixプロモーションチームが「作品を信じていた」からだ。
「『新幹線大爆破』は、新幹線とその乗客、従事する人たちの命を守り抜く物語です。きっと、一度観てもらえたら伝わるという確信がありました」(進藤さん)
田端さんもその信念に何度も助けられたそうだ。
「プロジェクトの最中、考えがぶれたり弱気になる瞬間がありました。それでも最後までやり切れたのは、Netflixさまが信念を曲げずにいてくれたおかげです」(田端さん)
作品の力を信じた姿勢があるからこそ、挑戦的で記憶に残る広告が生まれる――『新幹線大爆破』ヒットの陰には、Netflixが貫いた作品への確かな信念と、それを具体化する電通の柔軟な発想力と実行力があった。
取材・文/桑元康平(すいのこ)