
米国起業家列伝シリーズ『サム・アルトマン|AI革命の旗手、その軌跡と未来展望』
サム・アルトマン(Sam Altman、1985年生まれ)は米国の起業家・投資家であり、現在のAIブームを牽引する代表的な人物です。非営利の研究機関として創設されたOpenAIのCEO(最高経営責任者)を2019年より務め、対話型AI「ChatGPT」など、革新的なAI技術を世に送り出しました。その経歴は19歳での起業から始まり、やがて世界が注目するAIのリーダーへと登っていきます。
そこで今回は、アルトマンの人物像と業績について、ビジネス・技術・社会・エンタメの各側面からバランスよく深掘りします。経歴や起業の原点、Open AI 創設の背景と組織形態の転換、ChatGPTからGPT-5に至る技術革新と社会的影響、そして2023年の劇的な解任騒動と復帰、新技術や関連プロジェクト(Helion EnergyやWorldcoin)、さらには規制・安全性をめぐる議論と将来展望まで、最新の信頼できる情報に基づき詳述します。
経歴と起業の原点(Loopt創業~Y Combinator時代)
アルトマンは幼い頃からテクノロジーに熱中し、8歳で初めて手にしたコンピュータを分解しながらプログラミングを学んだと言います。スタンフォード大学で計算機科学を学びましたが2年で中退し、19歳の時に位置情報ソーシャルネットワークのスタートアップ「Loopt(ループト)」を共同創業しました。Looptは位置情報を共有するモバイル向けSNS先駆けの一つで、ベンチャーキャピタルから3,000万ドル超の資金調達に成功します。サービス自体は爆発的普及に至らなかったものの、2005年の創業から7年後の2012年3月にグリーンドット社に4,340万ドルで買収され、アルトマンにとって最初のエグジット(起業家として事業売却)となりました。
Loopt売却後、アルトマンは新たなステージとしてシリコンバレー有数のスタートアップ支援組織「Y Combinator(ワイ・コンビネーター、以下YC)」に参画します。2011年にYCのパートタイムパートナーに就任し、2014年には当時29歳で同社の社長に抜擢されました。彼の在任中、YCが支援したスタートアップ企業群の評価総額は2014年時点で650億ドルを超え、AirbnbやDropbox、Stripeといったユニコーン企業も輩出しています。
こうした実績からフォーブスの「30歳未満の30人(30 Under 30)」にも選ばれるなど、若くしてシリコンバレーの重要人物となりました。2019年3月、アルトマンはYC社長職を退き会長職に移行すると発表し(実質的には経営の一線を離脱)、自身が共同創設したAI研究団体OpenAIの運営に専念する決断を下しました。その後まもなくYCとの関係を完全に解消し、活動の重心をAI分野へと移していきます。
OpenAI創設の背景、非営利から営利転換
アルトマンのキャリアにおける大きな転機が、人工知能の安全な発展を目的とした研究組織「OpenAI」の創設です。2015年12月、アルトマンはテスラCEOのイーロン・マスクや研究者のイリヤ・サツケバー、IT投資家のピーター・ティールらと共にOpenAIを共同設立しました。当初のOpenAIは非営利団体(株式会社ではなく慈善目的の組織)として始動し、「人工汎知能(AGI)を安全かつ人類全体の利益となる形で実現する」という壮大なミッションを掲げました。アルトマンやマスクら創設メンバーは、AIの飛躍的進歩がもたらす可能性に大きな期待を寄せる一方で、制御を誤れば人類に深刻なリスクを及ぼしかねないと警鐘を鳴らしており、営利目的に縛られずオープンな研究を進める場としてOpenAIを立ち上げたのです。
しかし、最先端のAI研究には莫大な計算資源と人材が必要で、OpenAIは2019年に組織構造を大きく転換します。非営利団体OpenAIの下に営利企業「OpenAI LP」(有限責任会社)を新設し、外部から資金調達できる形態へ移行したのです。もっとも完全な株式会社にはせず、投資家や社員へのリターンを投資額の100倍までに制限する「キャップド・プロフィット(利益上限)モデル」を採用しました。これにより、巨額の資金調達による研究加速と、AI開発の公共善追求という使命の両立を図ったのです。この新体制の下、OpenAIは2019年にマイクロソフトとの戦略的パートナーシップを締結し、同社から10億ドル規模の出資とクラウド計算資源の提供を受けました。
営利化への転換には「AI民主化の理念に反する」との批判も一部から出ましたが、アルトマン自身は将来的にAGI(凡用人工知能)開発には「これまでの非営利では到底調達し得ないほどの資本」が必要になると述べており、この構造変更は現実的なミッション達成のための選択だったといえます。
イーロン・マスクとの交差点 共闘から確執へ
OpenAI は 2015 年にサム・アルトマン氏とイーロン・マスク氏らが共同で立ち上げた組織です。当初は「人類全体の利益のために AGI を開発する」という理念の下、両者は肩を並べて研究を進めていました。
しかし 2018 年、マスク氏は取締役を退任しました。公式には Tesla や SpaceX との利益相反を避けるためと説明されていますが、一部報道ではマスク氏が OpenAI の経営権を掌握しようとしたことが対立の火種になったとも伝えられています。
その後、OpenAI が 2019 年に営利部門(OpenAI LP)を設立し、Microsoft から 10 億ドル規模の出資を受けると、マスク氏は「非営利の理念に反する」と公然と批判しました。さらに 2023 年には自ら競合 AI 企業 xAI を立ち上げ、両者の溝は一段と深まりました。加えて 2024 年 3 月、マスク氏は「創設時のオープンソース合意に反した」としてアルトマン氏と OpenAI を提訴し、営利化差し止めと文書開示を求めています。
このように協業から競争、さらには法廷闘争へと関係が変遷してきましたが、皮肉にも両者の緊張関係がシリコンバレー全体の AI 開発競争をいっそう加速させているといえます。
GPT-4~GPT-5までの技術革新と社会的影響
その後もOpenAIは画期的な大規模言語モデル(LLM)の開発を通じ、AI技術の急速な進歩をリードしてきました。中でも2022年11月に一般公開した対話AI「ChatGPT」は爆発的な反響を呼び、公開からわずか2か月で1億人以上のユーザーを獲得する史上最速級の普及速度を記録しました。その人気によって、AIの恩恵とリスクが政府・ビジネス・社会の将来議論において欠かせないテーマとなったのです。
2025年8月現在は、次世代モデルである「GPT-5」の動向にも大きな注目が集まっています。2024年前後からOpenAI内部で開発が進められていると噂されるGPT-5について、アルトマンは2024年2月の時点で「GPT-4.5(社内名: Orion)が“連想思考(チェーン・オブ・ソート)”を完全には備えない最後のモデルになり、次のGPT-5では我々の各種モデルを統合した“魔法のように統一された知能”を目指す」と発言しました。実際、報道によればGPT-5はそれまで別系統で開発されてきた推論特化の「Oシリーズ(o1やo3といった内部モデル群)」とGPTシリーズを統合し、単一のシステムで多様なタスクやツールを扱える汎用AIとして設計されているといいます。モデル選択の手間をなくし、ユーザーが用途に応じて使い分けなくても済むようにする狙いで、アルトマン自身「我々も皆さんと同様にモデルの切り替えは嫌いだ。魔法のように統一された知能を提供したい」と語っています。GPT-5の完成時期は公表されていませんが、「早ければ2025年8月にもリリースされる可能性」が示唆されており、開発が順調ならまもなく登場すると見られます。
最新のGPT-5動向、Helion Energyとの関係、Worldcoinと個人ID構想
アルトマンはAI以外の先端領域にも積極的に関与しています。なかでも注目されるのが核融合エネルギーへの投資です。彼は2015年から核融合スタートアップ「Helion Energy(ヘリオン・エナジー)」の会長を務めており、自ら主導して2021年には同社に5億ドルもの巨額出資を行いまし。Helionは太陽と同じ核融合反応でクリーンかつ無尽蔵のエネルギーを生み出すことを目指すベンチャーで、2023年にはマイクロソフト社と世界初の核融合発電の商用電力供給契約を結んだことでも話題になりました。
核融合は未だ科学的ブレークスルーを要する長期的挑戦ですが、アルトマンは「人類規模のエネルギー問題解決」に向けた大胆な投資を継続しており、自身もHelionのエグゼクティブ・チェアマン(執行会長)として技術戦略に深く関与しています。
一方、アルトマンが共同創設者として携わるプロジェクト「Worldcoin(現在はWorld Networkに名称変更)」も異色の試みとして知られます。Worldcoinはブロックチェーンと生体認証を組み合わせ、誰もがデジタルな身分証明「World ID」を持てるようにする構想です。具体的には「オーブ」と呼ばれる球体の虹彩スキャナーでユーザーの虹彩(瞳)の画像を取得し、個人一意のIDを発行するとともに、独自の仮想通貨WLD(Worldcoin)トークンを付与します。アルトマンは2021年頃からこの構想を温め、2023年7月にプロジェクトを正式ローンチしました。狙いとしては、将来的に高度AIが普及しボットや偽装人格が氾濫する世界で、「人間であること」を証明する手段を提供することや、AIが生み出す富をグローバルに再分配(いわばUBI的なベーシックインカム)する基盤を作ることが挙げられています。
しかし、その斬新な手法は同時にプライバシーや倫理の観点から大きな議論も巻き起こしました。虹彩などセンシティブな生体データを一民間企業が大量収集することに対し、各国の規制当局が懸念を表明し調査や利用停止勧告を出すケースが相次いだのです。Worldcoinは賛否両論渦巻く実験的プロジェクトですが、アルトマンの「人類全員に経済的アイデンティティーと恩恵を」という壮大なビジョンの一端を示すものといえるでしょう。
今後の展望とヴィジョン
アルトマン個人は人類とAIの未来について独自のビジョンを語っています。彼はAIが経済にもたらす恩恵を人類全体で共有する方策としてユニバーサル・ベーシックインカム(UBI、基本所得)の支持を公言しており、この考えは後にWorldcoin 構想にも通じるものですが、AIがもたらす生産性向上を人々の豊かさへ繋げたいという彼の信念が垣間見えます。またアルトマンはAIが人類の課題解決に寄与し「ドラマチックに繁栄した未来」をもたらす可能性を信じつつも、一歩間違えば「存在論的リスク(人類存亡に関わる危険)」になり得ると警戒しています。
だからこそ自ら規制当局とも対話し、技術者コミュニティにも安全文化を根付かせ、OpenAIの社名が示す「オープンな協調」を模索しているのです。2023年11月には英国で開催されたAI安全サミット(ブレッチリー・パーク会合)にも出席し、各国政府とAI企業が連携して安全基準作りを進めることに合意しています。加えて米国では2023年にホワイトハウスが主要AI企業と自主的な安全ガイドライン遵守を取り決めましたが、OpenAIも積極的に協力しているのです。
今回は米国起業家列伝シリーズとして「サム・アルトマン」について書かせていただきました。
文/鈴木林太郎