
厳しい暑さが続く中、空調の効いた涼しい室内で芸術作品をじっくり鑑賞したいという人は多いのではないだろうか。そんなニーズにピッタリなのが、弥生美術館(東京都文京区)で開催されている展覧会『ニッポン制服クロニクル』だ(2025年9月14日まで)。日本で学生時代を過ごした多くの人にとってなじみ深い〝制服〟をテーマとし、〝着こなしの変遷とこれからの学生服〟に関する様々な作品や資料などを展示。2025年3月21日に刊行した『イラストでたどる女子高生制服100年図鑑』(小社)の一部作品も取り上げられている。本記事は[Vol.1]として、同展覧会に参加しているアーティストの主な作品展示について紹介しよう。※展示写真は展覧会開始時点(2025年6月7日)のもの。一部変更されていることもあります。
『ニッポン制服クロニクル』紹介Vol.1 作品展示紹介編
漫画的要素によって〝物語〟を感じさせる
森口裕二(もりぐち・ゆうじ)氏の作品
プロフィール/1971年、徳島県生まれ。1994年、京都精華大学マンガ専攻(現・マンガ学部)卒業。漫画的要素を取り入れた画風の中に、様々な物語が生まれてくる作品には、浮世絵、昭和、怪、エロスなどの傾向があり、どれも日本的ノスタルジックを感じさせる。画集に『楽園』(青林工藝舎/2024年)。
「大団円」(写真左)
キャンバスに描かれた〝ツッパリ女学生〟は総勢32人! 木槌や苦無(くない)などの様々な得物を持ち、髪の色・長さ・カタチも人それぞれ。セーラー服の着こなし方も実に多彩。女学生の違いを見比べてみてほしい。
「ごきげんよう」(写真右)
ジッと正面を見つめながら門前に佇んでいる女学生は「少女の霊と化している登場人物」という設定。松の木に茂る刺々しい葉や、背景の建物を覆う屋根瓦は、個々に丁寧に描かれており、見応え十分だ。
どことなくクラシックな雰囲気を漂わせる
マツオヒロミ氏の作品
プロフィール/1980年、島根県松江市生まれ。2010年よりイラストレーターとして活動開始。女性のイラストをメインに創作を行ない、着物や装飾などクラシックなモチーフが多い。書籍の装画や挿絵、広告ポスターなどのクライアントワークやカレンダー、グッズビジュアルなどを手がける。近著に『マイ ガーランド』(河出書房新社/2024年)。
「探偵登場」(写真左)
新潮文庫nexレーベルから出版された彩藤アザミ著『昭和少女探偵團』(新潮社/2018年)の装画。謎めいた才女・夏我目潮(なつがめ・うしお)と、鮮やかに事件を解決する彼女に惚れた花村茜(はなむら・あかね)。両者の個性が表情からよく見て取れる。
「東京実業高等学校新制服紹介ポスター」(写真中)
2019年に、カンコー学生服主催の展示会にて制服とともに展示された、東京実業高等学校における当時の新制服のポスター。柔らかいタッチで描かれている、リボン、ネクタイ、スカートのきれいな柄に注目だ。同作品は展覧会のカタログ書籍『ニッポン制服クロニクル』の表紙としても採用されている。
「菅公学生服新制服紹介ポスター」(写真右)
2019年、カンコー学生服のオリジナル制服に関するポスターとして描かれた作品。どことなく和を感じさせるカラーリングの制服はもちろん、伝統校をイメージさせる背景の校舎も含めて、クラシックな雰囲気が表現されている。
ひとりの少女を様々なアプローチで描く
wataboku(わたぼく)氏の作品
プロフィール/オリジナルアイコンである制服の少女SAI(サイ)をモデルにした作品をソーシャルメディア上で展開し、世界中にファンを拡大し続けている。2016年に初のアートブック『感0』(ポニーキャニオン)を発売。近年は現代アーティストとしても活動の幅を広げている。最新画集『VSI』(パイ インターナショナル/2022年)が発売中。
「ヘルシー」(写真左)
病院の大きな窓ガラスから注ぐ明るい光が、空を羽ばたく鳥たちだけでなく、頭部・右腕・左足に包帯を巻く車いすの少女をやさしく照らしている。一部が割れて足元に転がっている「手術中」の標示灯も含め、想像力を働かせながら鑑賞したくなる作品。
「患者すくい」(写真中)
包帯が巻かれた左足を引きずりながら松葉杖を付く少女は、まるで金魚鉢の中で自由を奪われているかのよう。周囲を優雅に泳ぐ金魚たちはもちろん、絵を鑑賞している我々のことを、疎ましいように見つめる目線が印象的。
「reborn」(写真右)
全身に包帯が巻き付いて動きが取れないうえに右目の視界は眼帯で覆われている少女と、そのまわりで自由に羽ばたく白い鳥たち。「生まれ変わる」ということを意味している「reborn」という題名と相まって、想像力を刺激する作品だ。
巧みな色使いの幻想的な世界へ誘う
げみ氏の作品
プロフィール/書籍の装画、企業広告などを制作。2021年度から使用された中学生の教科書「新しい国語」(東京書籍)では、中学3年生分の表紙および中面のイラストを担当。近畿日本鉄道ラッピング列車「ならしかトレイン」や、ポケモンカードゲームのイラストなども手がけてきた。著書は画集『夜の隙間に積もる雨』(リットーミュージック/2020年)。
「虹の根本」(写真左)
きれいな色使いにより、空間全体が柔らかい光に包まれているように見える作品。手前と奥にそれぞれ咲く花々のボケ感がとてもナチュラルで、しゃがんでいる女学生の存在感を際立たせている。
「尾花」(写真中)
空の色がゆっくりと変わっていく時間帯の中、背景のススキ、セーラー服の後ろ襟、花火の火の粉などが、風でゆっくりとなびいている様子を美しく表現。花火に照らされた女学生の表情に、心が引き寄せられる。
「割れてしまう前に」(写真右)
窓のガラス越しにうっすらとボケて見える暗がりの木立や、周囲の様子が歪んで映り込んでいる風船が、とても幻想的。目と口を閉じて複数の風船を持つ女学生の表情も含め、見ている人を穏やかな気持ちにさせる。
実体験をもとに〝ヤマンバギャル文化〟を未来に伝える
近藤智美(こんどう・さとみ)氏の作品
プロフィール/1985年、広島県生まれ。東京都在住。体験から実感したことを起点に、悲劇を喜劇に変換するメソッドを絵画上で展開している。美術史と個人史を〝接続〟させ、重層的に作り込むのが特徴。2003年~2004年に、渋谷で実際に〝マンバギャル〟としてブームの中にいた当事者でもあり〝ヤマンバギャル文化〟を美術史として資料的に残すことをライフワークとしている。
「100年後のkiss&cry」
トリプルアクセルを踏んでいる0.7秒間を表現した作品。干からびた大地が広がる世界で、人から見れば取るに足らない二股大根を守りながら、1人で舞っている女子学生を描いた。踏み切り(右)から着地(左)までの放物線は、若い女性のピークと引退をイメージ。靴下は、ハイソックスからルーズソックス、現在のくるぶしソックスへと、流行の変遷を追うようにずり落ちていくところも見どころ。
「ヤマンバギャルド」
自身が経験した〝ヤマンバギャル文化〟をもとに描いた作品。1920年代の「大正期新興美術運動」と1990年代から巻き起こった「ヤマンバギャル運動」を結びつける個展「大正ヤマンバギャルド」(2023年10月開催)で発表された。青春を謳歌しているイキイキとした〝ヤマンバギャル〟の表情が印象的だ。
小社刊行の学生服の本に関わられた
めばちさんと森伸之さんの作品も展示
『イラストでたどる女子高生制服100年図鑑』(小社)の制作にご協力いただいた、イラストレーター・めばちさんと制服研究者・森伸之さんの作品も見ることができる。
1Fには『イラストでたどる~』に描き下ろしていただいた「女子学生服 6つの基本形」をはじめとする作品の一部を掲示。2Fには『コミック百合姫』(一迅社)の表紙で使われたイラスト(2023年1月号~12月号)の一部も飾られている。中でも、自身の個展「肖像の夢」(2023年開催)で披露された作品(下の写真右)は必見。24人の異なる表情をじっくりと鑑賞してほしい。
森伸之さんのベストセラー『東京女子高制服図鑑』(弓立社)をはじめ、制服関連の様々な記事や出版物などに描き下ろされてきたイラストの数々を展示。森さん自ら取材して執筆された各制服に関する丁寧な補足説明は、実に読み応えがある。Vol.2の記事で紹介する架空の学校制服についての詳細な記述も含めて、ぜひ展覧会でお読みいただきたい。
☆ ☆ ☆
制服をテーマにした有名アーティストの貴重な作品の数々が展示されることは滅多にない。この機会にぜひ、弥生美術館へ足を運び、その目でじっくりと鑑賞してもらいたい。
※後日公開するVol.2の記事では制服などの実物展示について紹介します。
【石崎・田尻・Vol.2】〝長ラン〟から〝男子セーラー服〟まで。100年にわたる制服トレンドの変遷が弥生美術館の実物展示で丸わかり
弥生美術館(東京都文京区)では、今年が昭和100年に当たることをふまえて〝着こなしの変遷とこれからの学生服〟をテーマにした展覧会『ニッポン制服クロニクル』を開催…
ニッポン制服クロニクル
ー昭和100年! 着こなしの変遷と、これからの学生服ー
場所:弥生美術館(〒113-0032 東京都文京区弥生2-4-3)
開催期間:現在開催中~2025年9月14日まで ※予約不要
開館時間:10:00~17:00 ※入館は16:30まで
休館日:毎週月曜日 ※8月11日(月/祝)は開館|8月12日(火)は休館
料金:一般1200円/大・高生1000円/中・小生500円 ※竹久夢二美術館も観覧も可能|支払いは現金のみ
今回の展覧会に関して、より詳細な情報を掲載しているカタログ書籍『ニッポン制服クロニクル』(河出書房新社)が同展覧の会場内にて発売中! 制服を愛する専門家・アーティストの知識と経験と技が光る、読み応え満点の1冊。監修:森伸之/編:内田静枝。
取材・文・撮影/田尻健二郎
(C)森口裕二 (C)彩藤アザミ/新潮社 (C)Hiromi Matsuo/菅公学生服/東京実業高等学校 (C)Hiromi Matsuo/菅公学生服 (C)wataboku (C)げみ (C)Satomi Kondo (C)mebachi (C)森伸之
『イラストでたどる女子高生制服100年図鑑』好評発売中!
大正時代から令和時代まで、100年あまりに及ぶ学生服の変遷をたどる書籍「女子高生制服100年図鑑」が発売中。全国42校を例に挙げながら、イラストおよび写真で紹介している。制服のイラストは、書籍・広告のほか『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』といったアニメのEDイラストなども手がけてきたイラストレーターめばちさんが、計129点を本書のために描き下ろし。めばちさん特有のふんわりとしたやさしいタッチの絵で、制服の歴史をたどる構成も話題。
学校および制服の選定には、170年の歴史を誇る老舗学生服メーカー菅公学生服に協力を仰ぎ、制服研究の第一人者として知られている森伸之さんによる監修のもと、新旧105着の制服を紹介している。
■関連情報
https://www.shogakukan.co.jp/books/09311585
■公式Instagram
https://www.instagram.com/100years_school_girl_uniform/