
■連載/ヒット商品開発秘話
保冷できる上に簡単に包むことができるアイテムが、現在飛ぶように売れている。全国で約100店舗営業しているライフスタイルショップのKEYUCAが2024年3月に発売した『巻くだけ保冷クロス』のことである。
『巻くだけ保冷クロス』は裏面にアルミ蒸着フィルムが縫い付けてあり、表面と裏面を合わせるだけでピタッとくっつくのが特徴。子どもや高齢者でも物の形に合わせて簡単に包むことが可能。包んだものが結露したとしても水分を吸収するので、カバンの中のものを濡らしてしまうような心配もない。これまでの販売実績はシリーズ累計10万1000枚を突破している。
弁当を持ち歩く際のストレスを解消
企画されたのは2023年末。KEYUCAを展開する河淳の石川沙月さん(ケユカ事業部開発業務部商品開発グループ)が感じていた、弁当を持ち歩く時のストレスがきっかけになった。石川さんとともに企画開発を担当した若月優紀さん(同)は次のように話す。
「弁当箱やカトラリーなどを持ち歩く際のちょっとしたストレスに、暑い時期の保冷、保冷剤の結露でカバンの中のものが濡れてしまうこと、保冷バッグがかさばる、クロスだと結ぶのが面倒なことがありました。KEYUCAは日常のちょっとしたストレスを解消したいという想いに基づき商品を開発していることから、こうしたストレスを感じない商品をつくることを考えました」
弁当箱はKEYUCAが長年注力してきたアイテムだが、弁当箱を持ち歩くためのアイテムはこれまで、やや手薄だった。弁当箱とこれを包むものをトータルで提案するため、ランチアイテムを包む商品の品揃えを強化する方針を打ち立てていた。
開発のヒントになったのは、石川さんが別に担当していた商品の打ち合わせ時に「面白い素材があるんです」と紹介された新素材。『巻くだけ保冷クロス』に使われている、表面と裏面を重ね合わせるだけでピタッとくっつく特殊な繊維構造を持つマイクロファイバー素材のことである。
このマイクロファイバー素材は表面の繊維に裏面の繊維が引っかかる構造になっており、表面と裏面を重ね合わせるとピタッとくっつく。水2Lが入ったペットボトルを包み生地の端を持ってつまみ上げられるほど強固にくっつく。包みを解く時も生地が重なり合っているところを離すだけでよい。
取引先からこのマイクロファイバーの仕様を提案された時、石川さんにはランチアイテムを包むクロスに最適だという確信があった。若月さんはこのように話す。
「お弁当箱の上に保冷剤やカトラリーを乗せて普通のクロスで包もうとすると、ふわっとなり中でカトラリーがずれてしまったり、保冷剤の結露によりクロスやお弁当箱が濡れてしまったりします。しかし、提案を受けたマイクロファイバーを使えば形状に合わせてピタッと包むことができる上に、結露が生じても水分を吸収してくれます。KEYUCAらしい機能性を持ったお弁当箱を包むアイテムとしてまさにピッタリな素材でした」
このマイクロファイバー素材にアルミ蒸着フィルムを縫い付ければ保冷機能がプラスでき、結露が発生しなくなる。最適な素材が見つかり、サイズも42cm角と30cm角の2種で決まった。
生地の色味に合わせるため糸を染める
問題は、狙った色を出すのが難しいことだった。クロスの色は弁当箱と合わせたが、普通の布に印刷する時のような発色になりにくかった。河淳の吉賀陽也さん(ケユカ事業部ブランドディレクター)は次のように話す。
「色の出方が普通の布と違うことが印刷してみて初めてわかりました。KEYUCAで買った弁当箱とクロスを合わせた時に“素敵”と思ってもらえるものを提供することに価値があると考えていますので、弁当箱とクロスの色味が合わないことは、あってはならないことでした」
初めて印刷されたものの仕上がりはモヤっとした感じで、イメージ通りになるまでやり直しを繰り返した。とくにパープルはなかなかイメージ通りにならなかったという。
色の出方が普通の布と異なることは、縁に施すメロウ仕上げ(ほつれ防止のため縁や裾を細かく波状に縫う技法)に使う糸にも影響を及ぼした。若月さんは次のように明かす。
「メロウ仕上げに使う糸は通常、工場にあるものから選びますが、しっくりくるものが見当たらなかったため、クロスに合う色に染めたものを使うことにしました。完成度を高めるため、何回か糸の染め直しを実施しています」
わざわざ染めた糸を使うほど細部にこだわったのは、人によっては毎日使うので、色が合っていないことの違和感が残り続けるのはしんどいと捉えたからであった。「他の商品もそうなのですが、自分たちが“素敵”と思えるものしかお客様に届けたくないので、発売目標時期に間に合うギリギリのところまで諦めないようにしています」と吉賀さんは話す。
2025年はランチョンマットとして使えるタイプも登場
42cm角は『巻くだけ保冷ランチクロス』としてベージュとブルー、30cm角が『巻くだけ保冷ペットボトルクロス』としてパープルとグリーンが発売された。2025年からどちらも『巻くだけ保冷クロス』と名称を統一したが、発売された2024年はサイズごとに用途をイメージしやすいよう包む対象例を商品名に入れていた。
「正直、売れるかどうかはわかりませんでした」と振り返る吉賀さん。社内でも期待されていたとは言い難く、初回生産は工場でつくれる最小ロット数にとどまった。しかし、2024年4月に『土曜はナニする』(関西テレビ)で初めてテレビで紹介されると、放送後に欠品を起こした。
テレビはこのほか、『ヒルナンデス!』『ZIP!』(以上、日本テレビ)などで取り上げられ、これまでに13番組(ローカル番組も含む)で紹介。『ヒルナンデス!』では、演者によって機能性の高さが視聴者に伝える演出がなされ、巻くだけで解けないことや2Lの水が入ったペットボトルを包みつまみ上げられることなどが実演で示された。
また、2024年4月からKEYUCA公式オンラインショップの商品ページで商品紹介動画を公開。特徴や使い方、使用シーンを見せ、商品への理解を深めてもらうことにした。
2025年はカラーバリエーションを一新。42cm角、30cm角共通のカラーとして弁当箱と同じラベンダーとライトブルー、42cm角オリジナルカラーとしてピンク(ボーダー&チェック)、グリーン(ボーダー&チェック)、30cm角オリジナルカラーとしてダークグレー、ミスト(ライトブルー)、ミスト(グリーン)をラインアップした。ラベンダーとライトブルーはたたんだ状態でもサイズの違いがわかりやすいよう、30cm角の方が明るく仕上がっている。
42cm角のピンクとグリーンはランチョンマットしても使える。そのため他のカラーと違い角を丸くせず、1枚でボーダーとチェックという2つの柄を採用した。若月さんは次のように話す。
「半分に折っていただけるとランチョンマットとして使えますが、その日の気分によって柄を変えられるよう、1枚に2つの柄を入れることにこだわりました」
開発者の執念で形にしたパウチ飲料用
2025年6月にはパウチ飲料の保冷に使える『巻くだけ保冷クロス パウチ飲料用』が発売された。それまでと違い形状が三角形で、350ml入り程度の缶飲料やペットボトル飲料も包むことができる。
『巻くだけ保冷クロス』が発売された時には試作をつくり始めていたというが、企画のきっかけは、石川さんが子どもの部活動を見学した際に気づいたあることだった。若月さんは次のように話す。
「多くの子どもたちは試合後、凍らせたパウチ飲料を飲んでいたそうです。凍らせたパウチ飲料は直接持つと手が冷たくなりすぎたり、パッケージの角が触れると痛かったりするのではないか?と気になったことから、ピッタリ巻けるものがあったら気になった点が解消できるだろうと思い企画しました」
パウチ飲料は大きさや形状が様々。何を包んでもピタッと包めるようにするにはクロスの形状やサイズがカギを握った。形状は三角形のほか四角形も検討。四角形だと包むと膨らんでしまいパウチのコンパクトさが損なわれることから、三角形が採用されることになった。
アルミ蒸着シートを縫い付ける位置によっては包んだ時にクロスがくっつく箇所が少なくなってしまう。また、アルミ蒸着シートの面積が小さいと保冷効果を発揮しにくい。「検討すべき点が多くありましたが、パウチを持ち歩きたいという執念から試行錯誤を繰り返し形にしました」と吉賀さんは話す。
取材からわかった『巻くだけ保冷クロス』にヒット要因3
1.何でも包めて便利
弁当箱やペットボトルを想定して開発しているが、これら以外にもいろんなものが包める。使わない時は折りたたんでしまえるので場所を取らず、1枚持っていると何かと便利だ。
2.高機能の割に低価格
価格は1089円(42cm角)/979円(30cm角)/649円(パウチ飲料用)。高機能の割に抑えめだ。家族が学校や職場に毎日弁当を持参するような場合だと複数枚持っておきたいので、リーズナブルな価格設定は買いやすい。
3.テレビ映えする仕様
テレビの情報番組などで取り上げられた影響は無視できない。機能性の高さを余すところなく映像で示すことができると同時に、短時間で認知が拡大できた。近年はSNSでのバズりがヒットに影響する傾向が強いが、テレビ映えする演出などにより放送直後は売れ行きが伸び、販売を底上げした。
弁当箱やペットボトルの他にもいろんなものを包むことができるが、変わったところではデジカメを包んだケースが確認されているという。生地が少し厚いことから一般的な布よりクッション性がある点が生かされたようだ。保冷機能があるので、夏本番の現在は活躍する機会が多いだろう。
製品情報
https://www.keyuca.com/Page/Feature/cooling_cloth.aspx
取材・文/大沢裕司