“未定”こそ強み? 『アジャイル式』とその覚悟
いつしか同社は「東京23区に大阪、福岡の一部で網の目のように細かい配送網を持つ」という絶対的な特徴を得ていた。
蛻変には必ずコア技術が必要となる。帝人なら「化学」、富士フイルムなら「銀塩フイルム」、カクヤスの場合は、この配送網と、それを徹底的に効率化するノウハウだ。
同社は考えた。今まさに問題になっている「ラスト1マイル」を自社が担えるのではないか?
「そこで私たちは、この配送プラットフォームを活かし、他社さんの荷物を配送することにしたのです。特徴は、即日配送、1時間刻みで到着時間を指定できること、回収も可能なこと。こういったプラットフォームはほかにありません」
では社長、今後はどんな会社と組むのですか? そう聞いたとき、“蛻変”の別のポイントを知ることになった。
「グループ内では、事業再編による取り扱い商材の拡大を行う予定です。株式会社ひとSmile(旧・明和物産)は乳製品に加え、食材や調味料の取り扱いも始めます。一方、他社さんの荷物の配送に関しては、まだ決まっていません。例えばクリーニング業の企業さんであれば、お客様が着た服を回収し、再びお届けする、というサイクルができるかもしれません。何かを修理する企業さんとも相性が良さそうですよね」
提携に関しては「未定」だったのだ! しかし実は、これこそが会社を思い切った進化に導く秘訣でもあるはずだ。
『アジャイル』という言葉がある。機敏、といった意味で『アジャイル式の経営』といった使われ方をする。平たく言えば、「想定通りのことなんかないから、走りながら考え、機敏に軌道修正していく経営術」と言った意味で、現代的な経営手法とされる。
例えば、富士フイルムの社員さんたちは、まさか自社が化粧品を製造・販売すると思っていなかったろうし、社内にノウハウがあるわけもなかった。想定外のことも山ほどあったろう。でも、同社は「やった」。対照的に、その勇気を持たなかったコダック社は、カメラがデジカメに進化するとともに売上が低迷、ついに2012年には会社更生法の申請に至っている。
同様に、カクヤスは東京23区に配送網を築くという大がかりな挑戦をし、実現後、機敏に飲食店をターゲットにして事業を成長軌道に乗せた。平和島に倉庫を構えた時も、細かい計画を立てたもののノウハウがなく、前垣内社長は「初日はトラックが100台くらい並んでしまい、計画通りの運用ができるようになるまで1年ほどかかりました」と話す。要するに「フタは開けてみないとわからない」のだ。
それでもフタを開ける覚悟がなければ“蛻変”はできない。
すなわち、コア技術があり、かつ、想定外だらけの現実にも機敏に対処する勇気を持つ企業こそが“蛻変”できる会社の条件なのだ!
新時代への船出、104年目の挑戦
前垣内社長に聞くと、彼は「そういう面、ありますね」と笑顔になる。そこで社長に聞いた。ではなぜ、カクヤスはその「勇気」を持てるのか?
「私は『常に変わり続けていないと恐ろしい』と感じます。また、変わり続けることができる理由は、当社の『人』、さらには『企業文化』にあると感じます」
筆者はカクヤスの社員にもインタビューをした。すると口々に「工夫が現場から生まれることが多い」と言う。社員は自社の歴史から「アイデアを必死で出せば苦境も乗り越えられる」と知っている。だから現場の配達員までもが、普段から「こうすれば効率よくならない?」とアイデアを出すというのだ。前垣内社長もこう話す。
「今、平和島の倉庫には、配送で使うパレットを包む『ストレッチフィルム』(ラップ様の透明素材)や、飲料が入っている段ボールも集めています。各店舗で廃棄物するとお金がかかりますが、一か所に集めれば資源として買い取って頂けます。こういった工夫が、現場から生まれることが多いんです」
さらに「助け合い」が社風になっているという。ある社員によれば、配送システムがダウンした時、担当外の人間が呼ばれなくともわらわら集まってきて、伝票を手書きするような人海戦術で乗り切ったという。倉庫も同じで、様々な部署の人間が手伝い、1年間かけ近代的かつ高効率の倉庫へと仕立て上げた。
そんな「なんとかしちゃうDNA」があるから、思い切った脱皮が可能になるのだ。そしてこのような、敢えて言えば「蛮勇」とさえいえる方向転換こそ、今、多くの日本企業に必要なことではないか――。
さて、最後に前垣内社長から「ぜひ書いておいてください」と頼まれたことを綴りたい。
「お詫びがあるのです。実は多くの方に『なんでも酒やカクヤス』の店舗まで『ひとまいる』になるという誤解を与えてしまっています。ひとまいるになったのは、親会社の『カクヤスグループ』です。お店は今後も今まで通りの名前で営業いたします」
さらに、古くから取引がある“仲間”から誤解されることもあるらしい。
「当社は配送業にも注力する、とお伝えすると、お酒のメーカーさんや問屋さんから『今後は酒販事業を縮小していくの?』とご質問を頂くことがあります。決してそのようなことはございません。お酒の販売にも注力しつつ、新事業に挑戦していきます」
大変そうですね。でも、何事もやってみなければわからないですからね。そして最後に頂いたのは、これぞ同社の真骨頂ともいえる言葉だった。
「我々の特徴的な配送システムをご利用くださる企業を探しております。我こそはと思う企業の方は、ぜひご連絡ください。代表電話にご連絡頂き、IR担当者をお呼び出し頂ければ対応いたします!」
株式会社ひとまいる、創業は1921年で、今年で104年目を迎える。最後の社長の言葉、これこそ、はるばる時代の荒波を泳いできた企業ならではのナイスなコメントだと感じませんか? このコア技術を活かす! 詳しくは始めてから考えます! そんな自信を裏付ける言葉にも思えてくるではありませんか。
新時代に向け、頑張れカクヤス、じゃなくて、頑張れ、ひとまいる!
取材・文/夏目幸明
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