
叱ればパワハラ、放っておけば無関心と思われる――部下との距離の取り方が難しい時代です。ところが、そんな中でも部下と良好な関係を築き、「この人にほめられたい!」と信頼されている上司もいます。私はこれまで700社以上の企業に、ほめて育てる「ほめ育」マネジメントを導入し、数万人の声に耳を傾けてきました。現場でのヒアリングを通じて見えてきた“信頼される上司”のあり方を、3つのポイントとして紹介します。
ポイント(1)強いリーダーではなく、“優しいリーダー”
いまの若手社員が求めているのは、“優しいリーダー”です。かつて主流だった、“命令と指示でチームをぐいぐい強引に引っ張る”タイプのリーダー像は、いまの若手には響きません。むしろ彼らにとって近寄りがたい存在と言えるでしょう。
特にZ世代は、SNSが身近にあり、共感や承認されることが当たり前の環境で育ってきました。そのため、一方的な命令口調には拒否反応を示しやすい傾向があります。ましてや、そのような相手に「ほめられたい」と思うことは少ないでしょう。では、どんな上司なら「この人にほめられたい!」と思えるのでしょうか。
それは、“優しくて、自分の状況や気持ちに寄り添ってくれる”上司です。失敗しても頭ごなしに否定せず、まずは状況を理解した上で、前に進むためのヒントや励ましを与えてくれる――その姿勢が信頼を生み、部下の前向きな行動を引き出すのです。
私のクライアントである、とあるIT企業では、若手社員を対象に社内アンケートを実施。その結果、「自分の話を受け止めてくれる優しさ」が、上司に求める資質の第1位に挙げられていました。同社は業界内でも注目を集める成長企業で、常に引く手あまたの存在です。若手社員の多くは、以前も高待遇の企業に勤めていた転職組。しかし、彼らがこの会社に魅力を感じた一番の理由は、社長の優しさでした。
社員一人ひとりに対して、どんな働き方や環境が最も力を発揮できるのかを考え、精神面でも経済面でも常に「良くなってほしい」と願い、向き合ってくれる――その誠実なコミュニケーションが、自然と信頼を集めているのです。優しさとは、決して甘さではありません。むしろ、「あなたなら、きっとできる」と信じて見守るまなざしです。その見守りが部下のやる気に火をつけ、「この人にほめられたいから、もっと頑張ろう」という前向きな行動につながっていくのです。
ポイント(2)正論で指導するのではなく、“じっくり話を聞く”

いまの若手社員に響くのは、“正しい答え”よりも、“自分の話をじっくり聞いてくれる姿勢”です。部下のミスを見たとき、つい厳しく指導したくなる上司は少なくありません。ですが、どんなに筋の通った正論であっても、いまの若手にとっては“求めていない助言”と受け取られてしまうこともあります。結果として、「自分の事情や気持ちは、どうせ理解してもらえない」「この人に話しても、ただ怒られるだけだ」と心を閉ざしてしまうのです。
Z世代の多くは、強い叱責を受けずに育ってきました。そのため、上からの注意や否定的な言葉に過敏に反応し、萎縮してしまう傾向があります。そうなると、「この人にほめられたい」という気持ちは、芽生えにくくなってしまいます。私がコンサルティングに関わったある介護事業所では、若手職員の定着率が低く、人材確保に課題を抱えていました。そこで、職員との信頼関係を深めることを目的に、1on1ミーティングを導入したのです。
上司は、部下の言葉をさえぎって否定したり、すぐに答えを提示したりはしませんでした。まずは部下の話にじっくり耳を傾けることを徹底。すると次第に離職率は下がり、採用募集費も年間で数百万円の削減に。職員の紹介によるリファラル採用も約3倍に増えました。“正論で指導する”よりも、“対話で寄り添う”。いまの部下に必要なのは指導よりも、安心して話せる上司です。聴く力こそ、信頼と成長を引き出すリーダーの武器になるのです。
ポイント(3)「ほめる基準」がブレない
部下が「この人にほめられたい!」と思う上司は、ほめる基準が明確です。上司世代の多くは厳しく指導され、あるいは「背中を見て学べ」という環境で育ってきました。そのため「部下をほめて育てよう」と言われても、“何を・いつ・どのように”ほめるべきかが分からず、戸惑ってしまうケースが少なくありません。結果として、部下の同じ行動に対して「ほめるとき」と「ほめないとき」に一貫性がなかったり、上司の機嫌によって反応が異なったりすると、部下にとっては不信感につながることもあります。
一方でZ世代は、日常的にほめられる文化の中で育ってきました。いわば“ほめられ上手”な世代です。だからこそ、曖昧なほめ方や上辺だけの言葉には敏感に反応し、「この人はちゃんと見ていないな」と距離を取りがちです。だからこそ部下をほめるときには、「何をしたら評価するのか」という、ほめる基準の明確化が欠かせません。具体的な行動を基準として決めておき、基準を満たしたらしっかりほめます。逆に、満たしていなければ、ほめません。そのブレない姿勢が、部下の信頼を高めるのです。私が提唱する「ほめ育」でも、ほめる基準づくりを重視しています。決して難しい基準にする必要はありません。
例えばある飲食店では、「店内のゴミを拾ったらほめる」を基準として、ほめることを繰り返しました。すると店内の清潔感が目に見えてアップし、クレームも減少。ほめられた本人は「もっとほめられたい」と前向きになり、自発的に他の業務にも積極的に取り組むようになりました。「この人にほめられたい」と思ってもらうには、まず“ほめる軸”をしっかり持つこと。それが、信頼される上司への第一歩なのです。
「ほめる」は、上司にしかできない最高のマネジメント

今は、強さより“優しさ”が、指導より“対話”が求められている時代です。「最近の若者は、何を考えているのか分からない」と感じて、無意識のうちに壁をつくってしまっていないでしょうか。その感覚が、「もっと厳しくするべきだ」「自分が導かなくては」といった一方的な指導につながっているのかもしれません。そして、単にたくさんほめればいいわけではありません。求められているのは、「何を基準にほめるのか」を明確にし、ブレずに実行すること。その軸があればこそ、部下はほめ言葉を前向きに受け取ることができます。
特に、上司からの“本気のほめ言葉”は、部下にとって一生心に残るギフトになるでしょう。本気のほめ言葉とは、どの行動が良かったのかを具体的に提示し、「ちゃんと見ているよ!」という信頼と経緯を込めて伝えるもの。部下は「頑張ってよかった」「また期待に応えたい」と感じ、次の挑戦へと向かっていくのです。部下との関係性は、上司の姿勢ひとつで良くなっていきます。変わるのは部下ではなく、上司から。その一歩が部下の意識を変え、あなたとの関係も変えていくはずです。
文/原 邦雄
はら・くにお 株式会社スパイラルアップ代表取締役/ほめ育財団代表理事。兵庫県芦屋市出身。大学卒業後、メーカーを経て、船井総合研究所に転職。様々な業種の人材育成に関わる。その中で従業員のエンゲージメントの重要性を実感し、独自の教育メソッド「ほめ育マネジメント」を開発。これまでに600社以上の企業や教育機関に研修を行なっている。またアメリカ、インド、中国、オーストラリアなど世界20か国に進出。