
数年前から「パフェ活」が人気だ。今や若者だけでなく、40代50代も旬のフルーツや美しいビジュアルに魅せられ、パフェ活に励んでいるという。
さらに、札幌で生まれたと言われる「シメパフェ」も新たな食文化として定着。飲んだ後や一日の最後を美味しいパフェで締めくくる愛好家も少なくない。
幅広い世代に愛される完璧なデザートは、日本独自の進化を遂げているのだが…
ならば、「朝パフェ」はご存知だろうか?
山形県天童市にある『王将果樹園』。併設する「oh! show! cafe」では同園で採れた旬のフルーツを使った朝パフェが人気だ。
田舎町にもかかわらず隣県からもパフェを求め、週末には行列ができるほど。
「朝パフェ」発案者でもある社長の矢萩美智さんは、さくらんぼをメインに、ぶどう、桃、ラ・フランスなどを栽培する果物農家。今年は不作と言われ、赤字になってしまうさくらんぼ農家も多いとささやかれる中、矢萩社長の果樹園では平年と変わらぬ収穫量を実現。確実に売り上げを伸ばしている。
さらに、朝パフェを提供するカフェは初年度150万円だった売上が約10年で2500万円超。
地元山形県民でもアクセスが決して良いとは言えない場所で、なぜここまでの成功を収めているのか?
その理由を探るべく、今回『王将果樹園』を運営し、株式会社やまがたさくらんぼファームの社長でもある矢萩美智さんに話を聞いた。
――「朝パフェ」発案のきっかけを教えてください
「最初、カフェを始めた時にモーニングをやりたいと思っていたんですが、なかなかハードルが高くて。そこでモーニングに代わるものとして、9時から11時までしか味わえないパフェを出そうと思いついたんです。果樹園だしフルーツをたくさん使ったパフェなら喜んでもらえるかと思いました」
「実はその時間帯って、そもそもお客さんが少なかったんですよね。田舎の果樹園のカフェには朝早くから誰も来ようとはしない。だからこそ、その時間帯に集客するにはどうすればいいか?を考えた時に朝限定の旬のフルーツを使ったパフェを提供しようと思って始めました」
2020年頃から描いていた「朝パフェ」が現実となったのは2022年。しかし、その前年に、こんなことがあった。
「2021年ですかね、山形県やJR東日本の方から観光キャンペーンのための企画を探していると話があったんです。そこで『ウチは来年から朝パフェやろうとしているんですよ』と話したら、『それはいい!せっかくなら山形県全体でやりませんか?』と話が大きくなっていって」
「結果、2022年から県全体で朝パフェを始めることになりました。果樹園や喫茶店、道の駅など山形県内の各所で朝パフェは楽しめますが、発祥の店は間違いなく私のカフェです笑」
「oh! show! cafe」で始まった朝パフェはスタート当初は苦戦したものの、2年目から徐々に朝パフェ目当ての客が増えていった。さらに客層も以前と大きく変わったという。
「それまでは果樹園を訪れるお客様の9割が県外からの方だったのですが、カフェを始めたところ近隣のお客様が見違えるほど増えました」
――それはなぜなんでしょうか?
「山形はさくらんぼの産地として知られていますが、地元の人ってわざわざ買わないんですよね。近所の方や知人からもらえることの方が多い。当然、果樹園なんか行くこともない。ただ、同じさくらんぼでもパフェに乗った瞬間、皆んなが食べてくれるようになったんです。つまり、違う食べ物になったからじゃないかと思っています」
「それと、パフェを食べてる自分が好きっていうのもあるかもしれません笑。よくありますよね、スタバにいる自分が好きみたいな。そんな意識がお客様の中に芽生えたのかもしれませんね」
もちろん、旬のさくらんぼを使ったパフェそのものにも大きな魅力があった。
一つのパフェに様々な種類のさくらんぼを乗せ、一つのパフェで3~4品種を食べ比べできるコンセプトも来客増の大きな要因だろう。
「ウチのパフェは食べ比べできるのが一番のポイント。いろんな品種を作っている農家だからこそ普通のカフェでは出せないパフェが提供できるんです。メジャーな品種だけじゃなく、初めて見るさくらんぼもパフェを味わいながら知ることができる、それが多くの人に伝わったんだと思っています」
果物農家に問う!さくらんぼって高すぎません?
「赤い宝石」と称えられるほど高級で、なかなか手を出しにくいイメージのさくらんぼ。年始に行われた初競りでは、高級品種の「佐藤錦」が過去最高値の500グラムあたり150万円で競り落とされた。これは単純計算で、1粒あたり約2万円。
前々から気になってはいたが、さくらんぼはなぜこんなにも高級品なのか?
「他の果物よりも手間と人件費がかかることが大きいと思います。さくらんぼは収穫期がめちゃくちゃ短いため、一気に人手が必要なんです」
そんな中、今年のさくらんぼ収穫量は平年より少ないと言われ、不作傾向との話も。
だが、矢萩社長の王将果樹園は、他とは違った。
「今年は下手すると過去最低の収穫量になるかもしれないほど不作で、赤字になってしまう農家も多いかと思います。ところがウチは収穫量もまずまず。なんとか平年並みを維持できるかなと」
――今年も変わらず収穫できた理由は?
「さくらんぼの一番のポイントは受粉なんです。ミツバチを借りてくるのはもちろん、加えて専用の道具での人工授粉も徹底的にやります。結果が全然見えないしんどい作業ですが、やるとやらないのとでは全然違うので」
――他の農家も人工授粉はやられてるのでしょうか?
「やってるとは思いますが、他農家さんはある程度はミツバチに任せて、同時期に育てているりんご、ラ・フランスなどの花摘みをしたり、ぶどうの管理などをやっていると思います。しかしウチは30品種1500本という普通の農家ではあり得ない量のさくらんぼを育てているので、絶対にさくらんぼを実らせなければならない。だから徹底しているんです」
山形県内で王将果樹園ほどさくらんぼに特化している農家はまずいない。本気の人工授粉があるからこそ、不作の中でもたくさんの美味しいさくらんぼを世に届けることができた。
だがそれは、大きなリスクを背負っているとも言える。
「普通の農家はぶどうなどの比較的育てやすい果物や長期的に売れるりんごに力を注ぎ、リスク回避をします。それが正しいとも思っていますが、私はさくらんぼに魅力を感じているんです。さくらんぼで年間の6割を売り上げたいという思いがあるんです」
――なぜそこまでさくらんぼに惹かれるんでしょうか?
「一つは、さくらんぼが日本一の生産量を誇る山形の特産品だからです。私たちがPRしなくても販売する上で有利な点があります。もう一つは、さくらんぼの収穫までの期間。さくらんぼは花の満開から50日~60日で収穫できますが、ほぼ同じ時期に花が咲くりんごやラ・フランスは満開から150日~180日の時間を要します。つまり、さくらんぼの3倍」
「収穫までの期間が長いということは、台風や降雹、盗難などのリスクも自然と大きくなりますよね。その点、さくらんぼは他の果物より開花から収穫までの期間が短い。農家的には魅力的な農産物なんです」
さくらんぼへのこだわりは他にも。王将果樹園は利益になりやすい品種だけでなく、昔ながらの品種(ジャボレー、セネカなど)も生産している。それは全て『お客さんに見せたい、食べ比べしてもらいたい』という想いから。その食べ比べこそが、朝パフェに活かされているのだ。
こだわりがあるだけに、王将果樹園のさくらんぼはかなりの高級品。でも、売れる。
「それは、これまでずっと贔屓にしてくださっているお客さんがいるからだと思います。応援してくださる方々は、たとえ言い値でも『社長が言うならしょうがない』『王将果樹園ならしょうがない』と言ってくださいます」
「値付けは大事だと思いますが、支えてくれる方がいる。だから我々もコストをかけて本気でさくらんぼを作ることができるんです」
果樹園の未来、果物農家の未来とは?
現在3代目の矢萩社長が率いる王将果樹園は、その名称になる前から今の場所で地元の果物を提供していた。その歴史は古く、祖父の代から数えると創業約60年。
父から果樹園を受け継ぎ、カフェをオープンして今年で10年。果物が収穫できる時期限定のカフェゆえ、さくらんぼの時期が終わった今は夏休み中だが、次は瑞々しい桃とぶどうが味わえる8月9日からの営業となる。この夏も多くの客で賑わうことだろう。
「最近は県内のお客様も増え、リピーターの方も多くいらっしゃいます。そういうお客様を大事にしたい。もちろん、新規のお客様も大切ですが、日頃からご愛顧いただいている人を増やすことの方が大事。そんなお客様が徐々に増えているのはいい傾向にあるのかなと」
一度は一般企業に就職し、25歳で農家となった矢萩社長。一から果物を学び、新たな試みにも積極的に取り組みながら、果樹園をここまで大きくしてきた。
矢萩社長に聞きたい、農家として大切なこととは?
「地域との関わりですね。自分たちだけ良ければいいというのは許されなくて、やはり地域として農地を守るというご近所さんとの結びつきは大切だと感じています」
「正直、若い頃はそれが煩わしいと思っていました。農業は先入観の塊みたいな産業で、こうしなきゃならないというものがありますし、新しいことをやれば周りに叩かれる。でも、叩かれないぐらいまでやり切ってしまえば、誰にも文句は言われないんですよね」
「もちろん、地域の事業にはちゃんと協力しながらやりたいことを貫き通す。そうすれば、「あいつだからしょうがないな」とか「あいつはまた変なことやってるな」などと言われながらも少しずつ認めてもらえるようになるんです」
農家も後継者不足によりその数は減少している。矢萩社長を頼り、後継者のいない年配の農家が自身の農地を提供する代わりに雇用をお願いすることもあるという。
その一方で矢萩社長は、数少ない若手農家のサポートもこなす。農家にとっては厳しい現状、いまやるべきこととは?
「山形のさくらんぼ生産量日本一というのは非常にありがたく大事なことで、それだけの価値を享受できていることは大変幸せなことでしかない。過去の農家の皆さんが培ってきた歴史を大事にしながらも、私はさくらんぼをメインにとにかく尖って他の農家ができないことを積極的にやっていきたいと思っています」
取材協力
王将果樹園
oh! show! Café 公式X
矢萩社長 公式X
文/太田ポーシャ