人間は弱い、だからこそ勉強には褒める装置が必要
長司が辞職を考えるほどの大失敗は、新しい何かを作るにあたって経験すべき失敗だったのだろう。冒頭のような調査を繰り返すと新たな方向性が見えてきた。製品の具体的な機能や形状を考え、実現した山形潤が話す。
「取材した保護者の方は『勉強したかどうかを知りたいのでなく、頑張ったね、と声をかけるきっかけがほしい』と話していました。次第に我々は、成果の確認でなく、話すきっかけになり、子どもの背中をそっと押せる機器を作れないか、と考えはじめたんです」
子どもだって監視されるより褒めてほしいはずだ。そこで彼らはごく単純なデバイスを試作した。保護者がスマホアプリで「がんばったね」ボタンを押すと、鉛筆に取り付けたデバイスがポッと光る、ただそれだけのものだった。
すると、これがウケた。いや、むしろバカウケした。保護者の多くが「これ、もう売ってるんですか?」「私も娘と使いたい」といった反応を示したのだ。テレビ会議システムの時も、デジタルノートの時も見られない好感触だった。
向かうべきは、間違いなくこの方向だった。山形が話す。
「ここで具体的な形が決まってきました。製品はセンサーデバイスと専用アプリで構成します。ペンにデバイスを取り付けて何かを書くと、勉強時間が自動的に計測され、一定時間を超えると『やる気エネルギー』が溜まります。アプリ内のキャラクターが成長していき、すごろく形式のマップを進めるうちに、保護者とのコミュニケーションがたくさん生まれる演出も加えました」
開発チームは、先述の「20%ルール」のほか、新たなアイデア発想も活用していた。4コマ漫画で商品の利用シーンを考え、オチは必ず人が幸せになるシーンで終わるようにする。そのオチに向けて各コマを修正していく思考法だ。その結果、商品は単純なゲーミフィケーションでなく、成長も実感したい子どもと、「頑張ったね」と声をかけたい保護者をつなぐ幸福感あふれるデバイスになった。
2019年、商品が『しゅくだいやる気ペン』という名で発売されると、SNS等でも話題となり、初回生産が即完売するほどの大ヒットとなった。そんな中、中井はAmazonのレビューやSNSで大人ユーザーの声を追っていた。
「資格試験の勉強に使っている、社会人でもこれがあると励みになる、といった声があったんです。
私は思いました。人間は、我々が想像するより弱い生き物なのではないか、と」
『大人のやる気ペン』とは?

子ども向けの『しゅくだいやる気ペン』で培った習慣化メソッドを大人向けに改良したわずか8gのデバイス。直径9~13mmの市販の筆記具やスタイラスペンに取り付けると、加速度センサーによって筆記動作を検知する。勉強時間を「やる気パワー」として記録し、LEDの色変化で可視化。データは本体内に保存され、学習後にBluetoothでスマホと通信し専用アプリと連動する。

左/亀のアバター「ポット族」が進んでいくすごろくの画面。勉強時間に応じて手に入るアイテムは100種以上。中央/デバイスに溜まった「やる気パワー」を注ぐ画面。右/1週間の勉強時間を示すグラフ。