
気になる”あの仕事”に就く人に、仕事の裏側について聞く連載企画。第18回は「世界でたったひとつの香り」をつくることのできる「MY ONLY FRAGRANCE」京都清水店の店長・森内瑛二さん。フレグランスアドバイザーの仕事の裏側には、記憶と感性に寄り添う繊細な技術と、接客に対する深い哲学があった。
海外比率7割。京都・清水で香りを旅の思い出に
MY ONLY FRAGRANCEは、香りのパーソナライズ体験を提供するフレグランスブランド。
顧客は香りの名前にとらわれることなく、番号だけが記されたサンプルからベースとなる香りを数種類選ぶ。フレグランスアドバイザーから香りの名前や特徴の説明を受けた後は、その配合を決め、理想の香りに近づけていく。わずか一滴の違いで印象が変わる繊細な世界を、顧客と対話しながら完成へと導いていく。調香の後は、名づけへ。香りに込めた想いを名前に託し、ラベルで仕上げれば、世界にひとつだけのフレグランスが生まれる。

同ブランドの一号店となる京都・清水店は、その立地から、訪問客の約7割が海外からの観光客だという。欧州、アジア、北米など、バックグラウンドは多様。特に香りは「言語化されにくい感覚」であり、香りの好みは直感に基づいている。顧客に満足してもらえる香りをつくるために大事にしているのは、対話の中に潜む“微かなヒント”だと、同店の店長を務める森内瑛二さんは話す。
「お客様がふと『夏っぽい香りが欲しくて』と口にすれば、その一言からフルーティーな要素を提案してみる。雑談のなかに核心が潜んでいることが多いです」
ときには「この香りが好き」と言いながら、表情に微妙な違和感が見える顧客もいる。そうしたときは、あえて再提案する。遠慮や気遣いに縛られず、本音を引き出す空気づくりも含めて、香りづくりは“共創”なのだ。
「お客様の言葉にならないニュアンスや表情を読み取る力、それに対する提案が、最終的な満足度を左右すると思っています。香りの組み合わせは1億パターン以上。その中でお客様が笑顔になる香りを、一緒につくることができた瞬間にやりがいを感じます」
香りは「記憶のスイッチ」

「香り」という目に見えないものを扱う仕事上、技術と感覚の両面が求められる。入社当初は、香料の名前と匂いを結びつけるだけでも一苦労だったという。
「オーダーメイド用の香料だけでも、30~40種類ほどあるんです。それを嗅ぎながら、香りの名前と感覚をリンクさせていきました。もちろん一朝一夕では身につかないものなので、毎日続けて、どうにか覚えていきました」
そうやって培った感覚は、今まさに顧客の「唯一無二」をつくることに活きている。どんなに“良い香り”でも、香料の強さやブレンド比によっては仕上がりの印象が変わってしまう。例えば、甘い香りが好きな顧客に対しても、「この香料は強いので分量を調整した方がよい」と、香りの印象と香料の特性を踏まえ、繊細にバランスを調整している。
飲食業から香りの世界へ──“点”の接客から“線”の接客へ

森内さんがMY ONLY FRAGRANCEへ入社したのは、2025年4月。前職は飲食業界で、店長として接客の最前線に立っていた。
「料理を出して終わりという“点”の接客に対して、香りづくりは“線”でつながる接客。会話を重ね、体験を共有し、世界に一つだけの香りを共に創り上げる。形のないものをつくる、そのプロセスに強く惹かれました」
その熱意はすぐに認められ、入社2か月後には京都清水店の店長に就任。短期間での抜擢には、同僚たちの強い推薦があった。
「一番の後輩だった自分を支えてくれた皆さんには、本当に感謝しています。僕ひとりでは今のポジションには立てていません」
森内さんが持つ感性やエネルギーは、顧客にも響いている。かつて対応した中東系の来店者が、3週間後再び友人を連れて来店したことがあった。
「その方は、“今後日本に来る予定はない”とおっしゃっていたのですが、3週間後にまた店舗に来てくださったんです。あの時一緒につくった香りを気に入って、海を越えて戻って来てくれたのは、心の底からうれしかったです」
接客の本質は「人」にある
森内さんの今後の目標は、「人に注力すること」だという。香りのプロフェッショナルとしてだけでなく、人事やチームビルディングの領域にも関心を抱いている。
「なぜこの場所で香りを作りたいと思ったのか。なぜこの職場を選んだのか。香りの背景には必ず“人”の思いがあります。そうした部分にもっと向き合っていきたいですね」
香りは人の記憶や感情と結びつく力を持っている。だからこそ、その瞬間を共有する接客に意義がある。森内さんの仕事は、テクニカルでありながらどこまでも人間的だ。香りを通して人を知り、人を通して香りを創る。その姿勢に、人と真摯に向き合う仕事の本質がにじんでいる。
【取材協力】
「MY ONLY FRAGRANCE」
京都清水店 店長
森内瑛二さん
https://myonlyfragrance.com/
取材・文 / Kikka