
我々は、世界地図をメルカトル図法で見ている。この図法の開発者ゲラルドゥス・メルカトルは、「直線距離でなくともいいから地図通りの方角に沿っていけば確実に目的地へ行ける」ことを重視していた。
そのため、彼の作った地図は結果として極地へ行けば行くほど実際より広くなってしまう。言い換えると、メルカトル図法では高緯度に位置するヨーロッパが赤道により近い国々よりも大きく見えてしまうのだ。
故に、日本はヨーロッパ全域に比べるとだいぶ小さい……という印象を日本人は抱えている。が、実寸の日本列島をヨーロッパと重ねてみると、日本は決して小さくないことが分かる。北海道は北欧、沖縄はイベリア半島を超えてアフリカ大陸に差しかかる位置まで伸びているのだ。
そのような島の中では、当然ながら異なる食文化が混在している。特に顕著なのが「醤油と味噌とだし」。関東と関西とでは、醤油の色からして全く異なる。
そんなモザイク模様の食文化を持つ我が国において、「どの地域でも売れているだし」を開発した企業がある。
地域の壁を超えた「白だし」

白だしは「しろだし」とも「しらだし」とも読めるが、ヤマキ株式会社では「しらだし」で統一している。
ヤマキの『割烹白だし 500ml』は、14年連続で販売金額伸長を達成し、過去最高の売上を達成しているロングセラー商品。しかもこの売上は全国的なものだという。2024年度の白だし市場でのヤマキのシェアは29%、2位の9.7%を大きく引き離している。「白だしと言えばヤマキ」というイメージが、今や全国的に定着しているのだ。
しかし、ここで一つの疑問が生じる。「白だしが全国で売れている」という、まさに話の根本にまつわる疑問である。
ヤマキが発表したプレスリリースには、こうある。
「ヤマキ割烹白だし」は、その「簡便性」に加え、「だしが効いて素材の色が映えること」や「誰でも失敗せずに作れること」などが魅力の万能調味料として、高い支持を得ています。
こうした評価の背景には、使用シーンの多様化を意識した継続的なメニュー提案があります。煮物や卵焼きなどの定番料理に加え、唐揚げ、そうめん、鍋料理、浅漬け、パスタ料理など、多彩な提案を通じて、家庭での使用機会を広げるきっかけづくりに取り組んできました。これにより、店頭での露出が拡大し、さらなる認知・購買につながる好循環が生まれています。
(14年連続で売上伸長を達成!「ヤマキ割烹白だし®500ml」が過去最高売上に-PR TIMES)

「使用シーンの多様化を意識した継続的なメニュー提案」とあるが、それ以前に日本には「地域に基づいた食の多様性」が存在する。ソースを例に出すと分かりやすいだろう。関東以東の地域ではブルドッグソースの商品がよく消費されているのに、中部以西ではカゴメ、イカリ、コーミ、オタフクなどが台頭している。
冒頭に書いた通り、我々は世界地図をメルカトル図法のもので見ているから、「日本は意外に広くて大きい」ということが理解できない。北海道はスカンジナビア半島、沖縄は地中海を超えて北アフリカに差しかかるほどの広がりを持っているのが日本列島である。連邦制国家にならなかったのが不思議なほどだ。その中にはいくつもの食文化が混在するのは当然で、故に一つの調味料商品が全国的な覇を唱えるというのは珍しい現象であるはずなのだ。
現に、割烹白だしはいきなりヒット商品になったわけではないという。この商品の登場は1994年。そこから最初の10年はほぼ赤字だったとのこと。
そこからどのような運動原理が働き、全国的な人気商品になったのだろうか?
バブルが過ぎ去った時代に登場した商品
「割烹白だしは、和洋中問わずあらゆる料理に活用できる万能調味料です」
そう語るのは、ヤマキ株式会社家庭用事業部液体グループの野口昌満氏である。
野口氏によると、割烹白だしの人気は「あらゆる料理に使える汎用性」が消費者に受け入れられた結果であるという。
「割烹白だしがヒットした理由は、汎用性が時代とマッチしたという点が挙げられます。簡便性、利便性が時代背景にピッタリ適合したのだと思います。煮物、スープ、醤油の代替、とにかく“これ1本あれば何でもできる”という部分がヒットにつながったのだと我々は考えています」

上述の通り、割烹白だしの発売は1994年である。この時代、日本は狂乱のバブル時代から一転して先の見えないロースコア時代へと突入していた。
バブル時代は、当時の人が「今はバブルだ」という自覚こそないが……いや、ないからこそ無尽蔵にカネを使いまくっていた。可処分所得を投じてでも高級食材を買い求め、或いはそれを料理する高級割烹へ足を運ぶことがもてはやされていた。
しかし、1994年は既にバブルが崩壊して久しい頃合いである。大学4年生は僅かな採用枠にすがる思いで数十枚もの履歴書を書きまくり、各企業に送った。ベテラン社員も、リストラの恐怖に怯える日々を送っていた。
月々の可処分所得は少なくなり、同時に日本人の食の志向も大きく変化した。身の丈以上の豪華さを追い求めるのではなく、軽い頭痛を伴う忙しさの合間にサッと作れる自炊料理に目を向けるようになったのだ。
「その上で、本格的な味を家庭で簡単に再現できるという点もお客様に受け入れられたのだと思います」
西から東へ

しかし、これでは「一つの調味料商品が地域を超えた大ヒット商品になった」ことに対する説明にはまだなり切れていないだろう。
野口氏は、このあたりについてさらに2つの要因を挙げた。
「地道な販路開拓と、消費者のニーズに寄り添えたことが今のロングセラーにつながっていると解釈しています」
営業の活動に関しては、割烹白だしが発売される以前は九州と中京の一部地域でのみ、白しょうゆにだしを合わせた白だしは消費されていた。そこを取っ掛かりとしてスーパーマーケットでのサンプル配布やメニュー提案を実施し、シェアを全国に拡大していったという。これは文字で書けば極めて簡単だが、実際は果てしない山脈をいつまでも歩くくらいの苦労があったに違いない。
「こうした営業の結果、スーパーマーケットに商品を置いてくださるようになり、西日本から東日本へ取扱店舗が増えていきました」
また、関東在住の人は意外と白だしを求めていたことが発売当時の調査で判明していたという。
「関東の醤油は濃口で、関西よりも醤油辛い仕上がりになっています。ただ、調査をしてみた結果、関東でも素材本来の味と色合いを生かせる調味料に対して一定のニーズがあることがわかりました」

94年当時、関東にも関西風の薄口醬油が大手うどんチェーン店などを通じて浸透するようになっていた。筆者自身の記憶を遡ってみても、確かに90年代は「関東の濃口、関西の薄口、どちらが美味しいか?」ということがテレビ番組などで盛んに言われていた。
白だしを普及させるための足場は、既にできていたのだ。
カツオと日本人

「日本には地域に基づいた食の多様性が存在する」と上述したが、実はその中身を紐解いてみると「共通する素材」も存在する。
それはカツオだ。
「全国の皆さんに愛される味を作らないといけない、ということが割烹白だしの開発の前提でした。各地域に独自の嗜好性があるからこそ、全国的に愛される味を作らなければなりません。弊社は“かつお節屋”ですから、カツオの風味に特徴を持たせた白だしを50回以上の試作を重ねて商品化を実現しました」
振り返ってみると、確かにカツオは広大な海を跨ぐ日本列島の各地域を超えて愛されている。筆者の地元静岡県は、カツオの水揚げ量全国1位。しかし、カツオをソウルフードにしている地域と言えばやはり高知県だ。亜熱帯から温帯にかけての海域で獲れるカツオは、まさに日本人の食文化を下支えしていると言っても過言ではないだろう。
カツオの漁獲量の世界1位はインドネシアだが、それ故に日本向けのカツオ加工品の輸出も盛んだ。2016年、インドネシア政府は冷蔵・冷凍倉庫分野の外資規制を従来の33%から100%、即ち、外資による独占を認めた。これはまさにODAの賜物であり、言い換えれば日本は国内のカツオ需要のためにインドネシアにODAを投入していたのだ。が、これほどの出来事を殆どの日本人はまったく認識していない。
話は逸れたが、要はそれほどまでにカツオが日本人の味覚の一部として存在し、もはや切っても切り離せないということ。カツオの旨味が、割烹白だしの「地域を超えた販促」につながったのだ。
一つのロングセラー商品から、時代背景や消費者ニーズの変容を見通すことができる。
【参考】
14年連続で売上伸長を達成!「ヤマキ割烹白だし®500ml」が過去最高売上に-PR TIMES
文/澤田真一
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