
一言で言うと、”マーケティングの全てをAIネイティブ化する”こと――。
電通が2024年から進めるAI戦略「AI For Growth」は2年目を迎えるに当たり「AI For Growth 2.0」へとアップデートした。
マーケティングのあらゆるフェーズにおいてAIを組み込みマーケティングを進化させることを目的とした同戦略において、今回、電通は二つのAIモデル「People Model」と「Creative Thinking Model」についてそれぞれ発表した。
1億人のAIペルソナを構築可能?「People Model」とは
People Modelとは、電通が保有する「大規模生活者調査」のデータをLarge Language Model(大規模言語モデル、LLM)を活用してファインチューニングすることで、日本人口規模である1億人規模の高解像度なペルソナを仮想再現するAIモデル。従来の限定的なペルソナとは異なり、多人数・多層のペルソナ群を定義できるため、時間の制約を受けずに、学習データのない未知の質問に対するアンケート調査やマーケットシミュレーションを可能にする。
・アンケート調査の高精度なシミュレーション
・自由自在な仮想インタビュー
といった活用方法が検証されている
独自データにより精度の高いAIペルソナ構築
5月にメディア向けに行なわれた発表会で「People Model」は初お披露目をされた。
日本の人口と同じ規模である1億人のAIペルソナを構築可能という衝撃的な内容にテクノロジー系メディアだけではなく、新聞各社など複数のメディアからも質問が相次いだ。
国内電通グループでAI領域のグロースオフィサー(特任執行役員)を務める並河進さんは次のように話す。
「おかげさまで多くの企業、メディアから興味を持っていただけております。
今回、電通がPeople Modelで目指したのは『もしも日本社会全体をAIで作成することができたら…』という夢です。
もし、AIで日本社会をシミュレーションできれば、これまで以上にさまざまな商品コンセプト調査やマーケティング戦略立案の確度の向上、広告効果の最大化などが可能になります。マーケティングのあらゆる局面で活用できるAIモデルです。電通が目指すAIのネイティブ化にかなり近づくことができます」
このAIはどのように開発されたのだろうか。
「People Modelは、既存の二つの技術を融合させたものです。
一つが『AIペルソナ』。生成AIに『⚫︎⚫︎な人になってください』とプロンプトを入力すれば、その人”らしい”振る舞いをしてくれますよね。AIを擬人化する手法ですが、すでにマーケティングにおいては活用が進んでいます。しかし、学習データにない未知の質問に対しても推測して回答してくれる一方で、その精度については不明です。
もう一つが『回帰型機械学習』です。生成AIが登場する以前よりある技術です。あらかじめセットした説明変数とその結果を元に回答を推測するというアプローチ方法です。精度は担保できるものの、学習データにない未知の質問に対しては対処できない特徴があります。
この二つの技術のいいとこ取りをできないかと考え開発したのがPeople Modelです」
「群ファインチューニング」と呼ばれる独自のLLMファインチューニングを行なうことで、この”いいとこ取り”を実現。さらに電通のAI開発の強みは、独自のデータをAIと掛け合わせることができる点にある。
「学習データは、電通が半年に一度行なっている大規模生活者調査です。全国15歳以上の男女15万人を対象とした大規模調査であり多様な質問項目が特徴です。
しかし、このデータを元にAIペルソナを生成しても、実際の回答とAIペルソナの回答の相関関数は0.47と非常に低いものでした。ここに独自の「群ファインチューニング」をすることで、相関関数は0.8に向上できました。さらに15万人の学習データを拡張することで1億人規模に拡大。当然、相関関数は維持したままなので、日本人口規模の非常に精度の高いAIペルソナを構築できるというわけです」
並河進さん
dentsu Japan
グロースオフィサー(特任執行役員)
エグゼクティブクリエイティブディレクター/主席AIマスター
1997年に電通入社。AIを活用したプロジェクトと、企業と社会を結ぶソーシャルプロジェクトが得意領域。2022年9月、電通クリエイティブインテリジェンス発足。東京大学AIセンターとの共同研究をスタート。Augmented Creativity Unitユニットリーダーを務める。著書は、『Social Design』(木楽舎)、『Communication Shift』(羽鳥書店)他多数。読売広告大賞、広告電通賞など受賞多数。
これまで不可能だった規模の調査も瞬時に可能に
これにより従来の限定的なペルソナとは異なり、多人数・多層のペルソナ群を定義できるため、時間の制約を受けずに、学習データのない未知の質問に対するアンケート調査やマーケットシミュレーションが可能になる。
今後どのような活用法が見えているのか。People Modelで開発・事業化リードを務める木幡容子さんは解説する。
「これまではAIペルソナはデプスインタビュー(1対1)での使用が主でしたが、People Modelにより定量調査の代わりもできるようになりました。
クライアントのメリットとしては、例えば今まで現実的には不可能だった数百〜数千通りといったさまざまなパターンでのコンセプトイメージ調査が可能になる点が挙げられます。テキストベースでしたら一つのアンケート調査を行なうのにわずか2〜3分です。これまで以上の確度を持って企画を進めることができるようになるでしょう」
メディアから問い合わせの多い「1億人規模」という点について補足をする。
「常に1億人のAIペルソナを完成させてストックしているわけではありません。必要に応じてその都度AIペルソナを構築します。学習データは半年ごとに更新されるので、常に新しい価値観の1億人のペルソナを構築できる点もマーケティングにおいて重要です」
木幡容子さん
株式会社 電通
CXクリエイティブセンター 未来の暮らし研究部長 プロデューサー
メディア局、営業局、マーケ局を経て、電通サイエンスジャムに取締役として出向し企業や大学が所有するテクノロジーのビジネス化を推進。現局では未来の体験を創造すべく新技術を活用したサービス開発や提案、企業のR&D推進、大学と連携した研究などを行っている。
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「もし日本社会全体をAIで再現できたら」――そんな夢の一歩が、People Modelによって現実になりつつある。
電通のAI戦略「AI For Growth 2.0」は、マーケティングの精度とスピードを飛躍的に高め、従来の常識を塗り替えようとしている。
AIを駆使した次世代マーケティングは、今後どのようにビジネスの現場を変えていくのか。その進化から目が離せない。
(後編に続く)
取材・文/峯亮佑