
ネイチャーポジティブとは、日本語訳で【自然再興】といい、【自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させる】ことを指す。注目が集まる新しいキーワードであり、生態系を豊かにし、自然と調和した経済活動を推進する理念である。現在、地球上では各所において、希少な動植物の地域絶滅や外来種の侵入など、生態系のバランスが崩れている。そのような状況を受け、従来のSDGsの枠を超えた「ポジティブ」なアプローチが求められている。
例えば、アメリカのパークスプロジェクトは、自然環境の保護と持続可能なビジネスモデルを融合させた取り組みである。このプロジェクトは、国立公園などの保全活動を支援することを目的としており、その収益の一部を公園の保護や教育プログラム、地域社会の支援に充てている。
具体的には、パークスプロジェクトはオリジナルのアパレルやアクセサリーを販売している。商品は自然にインスパイアされたデザインが特徴で、消費者に自然環境への意識を高めることを促している。また、プロダクトの製造過程でも環境に配慮した素材を使用することで、サステナブルなビジネス運営を実現。
さらに、パークスプロジェクトはコミュニティとの連携を重視しており、地域のイベントやボランティア活動にも積極的に参加し、これにより、地元の人々とともに自然環境の保護に取り組む姿勢を示し、ビジネスと環境保護の両立を図っている。
このように、アメリカのパークスプロジェクトは、ビジネスの利益を環境保護に還元するネイチャーポジティブなビジネスを実践しており、地方の資源を活用し、地域の経済を活性化させる新たなビジネスモデルの糸口である。
日本のネイチャーポジティブ動向
ネイチャーポジティブな視点は、環境問題に対し従来の慈善行為の域を超えて、経済活動と共存する形を目指している。冒頭で紹介したアメリカのパークスプロジェクトは、日本でも2020年に「PARKS PROJECT JAPAN」の形で始動し、環境省の国立公園オフィシャルパートナーとして、日本にある35ヶ所の国立公園のブランディングと環境保全のために活動している。そのパークスプロジェクト・ジャパン(株式会社National Park Solutions)と、日本屈指のネイチャーポジティブ企業を目指す東急不動産、そして地方自治体として那須塩原市が、2024年10月4日付でネイチャーポジティブの推進に向けた3者連携協定を締結した。こうした協力体制は、私たちの未来を守っていく心強い追い風だ。
この2024年の4月にネイチャーポジティブ課を発足させた那須塩原市の渡辺美知太郎市長に、ネイチャーポジティブ課が目指す経済と環境保護の両立について、ネイチャーポジティブ活動家 田熊ゆいがお話を伺った。
田熊ゆい(以下田熊)「国内で先駆けてネイチャーポジティブ課を設置した那須塩原市ですが、この理念がどのように市政や地域社会に影響を与えているのでしょうか?」
渡辺美知太郎市長(以下渡辺市長)「私が環境施策に力を入れたいと始めたのが気候変動対策からでしたが、複雑化する昨今の環境課題に鑑み、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミーを進めるためにもネイチャーポジティブの取り組みが重要と捉えています。まず、ネイチャーポジティブという言葉自体を市民の皆さんに馴染んでもらおうと思い、他の2課(カーボンニュートラル課、サーキュラーエコノミー課)とともに、ストレートに課の名前にしました。わかりにくいとクレームが来るかと思いきや、応援メッセージなど頂いて、“ネイチャーポジティブ”を知るきっかけになれた手応えは感じています」
ネイチャーポジティブの意義と市政への影響
2023年3月に国家戦略として、“生物多様性国家戦略2023-2030”が策定されたことを転機として、那須塩原市はこれまで策定されていなかった“生物多様性地域戦略”の策定作業を開始。2024年4月には、これまで設置してあった気候変動対策局をビルドアップさせる形で環境戦略部を組織し、その中に環境3施策のシナジーを狙って、カタカナ3課の設置を行っている。
今年は、那須塩原市とセブン-イレブン・ジャパンとの包括連携協定1周年を記念して、全国でも初となる国立公園内の自然環境保護を目的とした寄付金付きのnanacoカードが発行され、寄付金は、ニッコウキスゲの再生や沼ッ原湿原の維持管理などに役立てられる。
その先進的な環境戦略の背景にあるのは、那須塩原らしさ、那須野が原らしさ、同じ地域の中でもそれぞれにある地域固有の生物多様性を守りつつ、持続可能な地域社会を構築するという強い政策意志の表れのようだ。
渡辺市長「一言で言うと、那須塩原市は開拓スピリッツ溢れる地域。明治時代に歴史的背景にあった特性を活かし、新たな施策を積極的に展開しています」
田熊「これからの時代の経済成長は、環境保全とのバランスが重要ですよね」
渡辺市長「地方から変えていく。というビジョンを掲げ、地元の自然資源や農業・産業を活用した施策を推進しています。環境省は、2030年までに地球上の陸地と海洋の30%を保護区として指定し、自然環境を保護することを目的とした国際的な目標「30by30」を国家戦略に掲げました。この目標は、生物多様性の損失を食い止め、持続可能な開発を促進するために重要とされています。那須塩原市では独自には2030年までに、30%を超える50%の市域を保全する「那須塩原市版50by30」の目標を掲げ、地域社会と自然が調和した持続可能な未来を目指しています」
田熊「国の目標が「30by30」ですから、那須塩原市がいかにネイチャーポジティブに積極的であるかがわかりますね」
渡辺市長「また、“那須塩原らしさ”を体験することに注力しています。当地域の自然を体験すること、またその自然から得られるめぐみを享受することはまさに当地域を感じて頂けるものだと考えています。観光客を“超短期の住民と捉える”という視点から、滞在を楽しんでもらえることを目指しています。GSTC *の認証取得を進め、地域の自然や文化を楽しむためのイベントを企画し、観光客を地域の仲間として迎え入れる取り組みを進めています」
*Global Sustainable Tourism Councilの略
「グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会」持続可能な観光のための国際基準を策定・管理し、認証機関の認定を行う2007年に発足した非営利団体。GSTCは、観光業界の専門家や政府機関など、多様なステークホルダーで構成されている
田熊「昨年、那須塩原駅前大通りでイベントを開催されていましたね!那須塩原の美味しいものや、伝統産業も興味深いです」
(写真左)ロングテーブルでは、地元の食を楽しめるように
(写真右)演出もこだわりがあり、来場者を楽しませた
渡辺市長「先ほども申した通り、当該地域の自然を文化を、食などを通じて体験して欲しいと考えています。単においしいものを食べて頂く、ということではなく、地元に息づいた文化、例えば経木(きょうぎ)を使ってちょっと贅沢な食体験が出来る、などもいいなと思っています」
田熊「道の駅、明治の森・黒磯に行った時、“農家の集まる道の駅”を体現されていて、欲しいものだらけでした!今、お話に出た経木を購入してお弁当の間仕切りに敷いてみたのですが、食材が傷みにくくなる上、見映えも良くなって一石二鳥でした」
渡辺市長「原材料の赤松は森が成長する際に最初に繁栄する樹木なようで、“不毛の台地”と呼ばれた那須野が原の特徴を的確に捉えた原料だと言えます。豊富にあったことから経木という産業が発展したという経緯が伺えます。また、現在では森林づくりに際して森に手を入れる必要がありますが、その際に手入れされた赤松が経木にもなっていて、まさに森の循環にも一役買っているのです」
歴史ある循環型産業
経木とは、木を薄く削り取った薄いシート状のもの。もともとは紙の代わりにお経を書き込んだのが名前の由来で、古くから日本では食品の包装や保存に使われていた。近年はビニール袋や発泡スチロールなどの普及によって使用量が激減。しかし、最近では通気性や抗菌性に優れていること、使用後は焼却や堆肥化バイオマス利用ができ、土に還る環境に優しいエコな商品として再び脚光を浴びている。
栃木県で唯一の製造元、那須塩原市にある創業70年になる島倉産
現在、機械の製造元がなくなってしまった為、自分たちで修理しながら50年大切に使っている削り機。
代々続く伝統を「自分の代でなくすわけにはいかない」と観光業界から転身した三代目島倉広彰氏。前職のスキルを活かし、商品開発とブランディングに挑戦。
地方から変えていくというビジョンを掲げる渡辺市長。そして、市政と協力し合い、伝統を受け継ぐ次世代の挑戦。後編では、未来を見据えたビジネスのヒントについて深掘りしていく。
那須塩原市市長
渡辺 美知太郎
慶應義塾大学文学部 美学美術史学専攻卒業。衆議院議員秘書を経て、平成25年7月に参議院議員当選、平成30年10月~平成31年4月に財務大臣政務官を務める。平成31年4月21日~那須塩原市、市長に就任し、現在2期目。
タイトルアート「EARTH SYNC」
TSUBASA NAKAI https://www.vaguevanvreeze.com/art
自然界や宇宙の意識とつながり受け取ったエネルギーやメッセージをアートとして映し出すチャネリングアーティスト。
Instagram@vvv_tsubasa
田熊ゆいプロフィール
メディア界を経て20代半ばに起業し、美容・ファッションの企画、施設のプロデュースの傍ら、ビューティジャーナリストとして多方面で活躍。20年以上、企業のブランディング、アドバイスサービスを提供している。また、女性ならではの健康的で美しい生き方を、自然美のエキスパートとして湘南から発信。彼女自身が、ウェルネスを体現するモデルリーダーでもある。ネイチャーポジティブ活動家
Instagram@takumayui
取材・文/田熊ゆい