
規模の大小問わず、企業の代表的な課題は、人材確保と育成、生産性向上、専門性と開発力強化 · ブランド力と顧客満足度を高めるほか多岐にわたる。組織が大きいほど、これらの課題解決が難しいといわれていますが、約1万2000人のEY Japanは、2020年以降に改革を行い、離職率の低下や組織成長を実現します。その改革の背景にある思想は「ウェルビーイング」。取り組みの内容をEY Japan チーフ・タレント・アンド・ウェルビーイング・オフィサーの永吉正郎さんと、EYストラテジー・アンド・コンサルティング シニアマネージャーの松尾竜聖さんに、ウェルビーイングを組織に浸透させた背景と、約4年間の変化について伺いました。
チーフ・タレント・アンド・ウェルビーイング・オフィサー
永吉正郎さん(写真左)
2012年にEY Japanに入社、人事部門の責任者として、日本全体を管掌している。25年以上、一貫して人事戦略畑でキャリアを重ねてきたプロフェッショナル。人事戦略策定、組織開発デザイン、人事諸制度設計、 ポストM&A組織人事統合といった多岐にわたるサービス展開に従事。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング シニアマネージャー
松尾竜聖さん(写真右)
大学卒業後、約10年以上、経営コンサルタントとして活動。組織の経営戦略や事業戦略立案、新規事業立案ほか多くのプロジェクトに関わる。近年は、パーパス経営や組織風土変革などのアドバイザリーサービスにも従事。2021年よりEY Japanの組織の成長と働く従業員の豊かさの両立を目指すウェルビーイングイニシアティブを立ち上げ、経営層、従業員と共に全社的な取り組みを推進。
EY Japanは、世界4大会計事務所(Big 4)といわれる1つアーンスト・アンド・ヤングの日本におけるメンバーファームの総称。EYストラテジー・アンド・コンサルティング、EY新日本有限責任監査法人、EY税理士法人などで構成されています。それぞれの企業にコンサルタント、公認会計士、税理士などが所属し、クライアントとなる企業のコンサルティング、監査、税務、戦略策定、M&A(企業の合併や買収)支援を行っています。つまり、世の中の“仕組み”を正しく整える、“縁の下の力持ち”ともいえるプロフェッショナル集団ともいえます。
ウェルビーイングを組織に浸透させる方法
――EY Japanが提供するサービスは、クライアントとなる法人の、経営方針、財務状況、人事管理と評価を客観的に把握し、“より良い状態”に整えていくことです。法人の“ありのままの姿”を見て、改善点を見出すという、“法人の医師”のような役割を果たしているともいえます。“法人の体調”には、時代が反映されます。時代に合わないサービスや商品を提供していると、業績が悪化します。
永吉正郎さん(以下・永吉):組織内部の状態にもそれは現れます。職場の心理的安全性が確立していないと、業績は下降傾向にあると考えられています。
松尾竜聖さん(以下・松尾):職場の不協和音の原因の一つに、世代間の意識差があります。今の40代以上の世代は、“仕事の報酬は仕事”という価値観で育った人が多いのですが、社会が豊かになると同時に、その価値観は薄れていきました。
永吉:政府が働き方改革に乗り出した2015年ごろから、社会全体の考え方が変わり、EY Japanも部門ごとに改善の取り組みがなされていました。ただ、それでは差が生じてしまう。
より良い形で、社全体として取り組もうと、2020年にEY Japanとして、「ウェルビーイングを組織に浸透させる」という動きが社員からのボトムアップで起こりました。
これに経営陣も賛同し、2021年4月から「ウェルビーイング推進チーム」が発足したのです。
松尾:このウェルビーイング推進チームの設置について、経営陣にプレゼンしたのが、私と上司でした。
コンサルタントとして現場で働いていると、ウェルビーイングな人が少ない組織は、競争力も体力も弱くなる傾向にあることを感じていました。意見が言いにくくなるので議論が行われず、目の前のタスクに追われてしまう。その結果、視野が狭くなり業績が低下してしまうのです。
挑戦がないから、人もどんどん辞めていき、組織が縮小してしまう。価値観が多様になり、人口減の時代に強い組織を維持するには、ウェルビーイングの重要性を痛感し、経営に提案したのです。
今も、私はコンサルタントとして業務を続けていますが、その傍ら、ウェルビーイングを組織に浸透させるために、仕組みを整え、文化を変えるための施作を打ち続けています。
永吉:組織は人が作ります。特に私たちのように、人が価値を産むビジネスを行っていると、社員のそれぞれがウェルビーイングであることは、大きな意味があると感じています。
会社が社員を支援する
――とはいえ、ウェルビーイングというのは、人によって捉え方が異なります。ウェルビーイングのために欠かせない要素として、人のつながり、組織の文化、お金や健康に不安がないことなどが挙げられますが、その度合いは人によって異なります。
また、EY Japanは複数の事業会社の共同体であり、それぞれ業務も文化も違います。また、日本人だけでなく、外国籍の社員も多いです。
永吉:ダイバーシティ(個性を認め尊重し合うこと)の素地はもともとありました。加えて、EYには、グローバルで「ウェルビーイング・ストラテジー」という指針があります。
これは9つの領域からなりますが、「個人の状態」を測る指標と「会社の支援」を図る指標にざっくりと分けることができます。
個人の状態は、心身と経済の健康、組織の支援は、仕事の意義、成長の機会、職場の心理的安全性などに分かれています。
個人の状態を健康的に維持できるように、会社もそれを支援していくという相関関係を作ることが大きな方針です。
松尾:社員の“全方位的な健康の可視化”を通じて、自ずと社員はウェルビーイングを意識したり、そこから見えてくる組織的な課題や構造、社の方針に興味を持ち、“自分ごと”として考えるようになります。また、会社が従業員のウェルビーイングに取り組む姿勢を示すことで相互の信頼関係ができ、従業員は安心して自分の役割に集中し、存在意義を感じつつ、いきいきと働ける。これが最終的な目標です。
ウェルビーイングを通じて、より良い相関関係ができれば、個人も会社もいい状態になる。また、ウェルビーイングが離職率にも影響が及ぶことも分かってきました。
永吉:2018年、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの離職率は23%でしたが、2024年は10%程度にまで下がりました。健全な人材の新陳代謝がされているという数値です。
業績とウェルビーイングの関連性も調べてみましたが、明確な根拠は見つかりませんでした。ただ社員の満足度と熱意は高まっています。EYは世界150以上の国と地域に700のオフィスがあり、40万人のメンバーがいます。2024年に全グループで行われたエンゲージメントサーベイ(従業員満足度調査)で、EY Japanが最も高いスコアを獲得しました。
この調査結果も活用しており、明らかに悪いスコア(4点以下)を特定し、悪化したウェルビーイングへのアプローチも行い続けています。
人が、いい状態で気持ちよく働くことが、組織の持続的な成長につながり、その軸に「ウェルビーイング」があります。後編では、ウェルビーイングが低い層はどこか、社員にどのようにアプローチしているか、具体的に紹介していきます。
撮影/五十嵐美弥(小学館) 取材・文/前川亜紀