
■連載/ヒット商品開発秘話
繁盛店で長年愛されてきたサワーの名酒が満を持して一般販売され、快調な滑り出しを切った。そのサワーは、サッポロビールが2025年2月に発売した『サッポロサワー 氷彩1984』(以下、氷彩1984)。ワインを蒸留したホワイトブランデー仕立てのプレーンサワーで、発売から約1か月半で売上数量1000万本(1本350ml換算)を達成した。
『氷彩1984』は1984年に発売された『サッポロホワイトブランデー 氷彩』をルーツに持つ。『氷彩』ブランドは以後、飲食店専用商品として85年に『氷彩サワー〈レモン樽〉』を近畿・中国・名古屋エリア限定で発売し(2021年に全国発売)、2000年に『氷彩サワー〈プレーン樽〉』を全国発売した。飲食店向けも現在『サッポロサワー 氷彩1984樽詰(プレーン・レモン)』とリニューアルされている。
ホワイトブランデー仕立てのまろやかで飲みやすい口当たりが特徴で、プレーンサワーにありがちな飲みにくさがない。ロック、水割り、ソーダ割りで楽しめるだけではなくカクテルベースとしても使え、多彩なアレンジで幅広い楽しみ方ができる。
繁盛店で長年愛されてきた『氷彩』がRTDで市販化。まろやかで飲みやすい口当たりが特徴で、食中酒として最適だ。キーコピーは「サワーにも、名酒があった」
愛されるRTDブランドになるチャンス
飲食店での『氷彩』は、チェーン店というよりは古くから地域に根ざした繁盛店を中心に扱われてきた。「氷彩サワー」として提供されることがある一方で、アレンジしたことで別の名称で呼ばれることもあることから、認知率が必ずしも高いとはいえなかった。
「狭い範囲で深く愛されていることをより多くの人に知っていただければ、RTD(開栓したらそのまま飲める低アルコール飲料。Ready To Drinkの略)で愛されるブランドになるチャンスがあると判断しました」
このように話すのは、『氷彩1984』のブランドマネージャーであるマーケティング本部ビール&RTD事業部の森田隆文氏。RTDはおいしくて飲み飽きないことと品質がいいことのほかに、食中酒として楽しめることも選ぶ際に重視されてきたことがその理由だ。繁盛店で長年愛されてきている歴史は確かなおいしさが感じられることを担保する要素になった。
サッポロビール
マーケティング本部ビール&RTD事業部
森田隆文氏
また同社によれば、物価が上がり節約志向が高まりリーズナブルな商品のニーズが高まっている中、お酒に関してはリーズナブルなことに加えいいものを求めるニーズが高い。『氷彩』ブランドを活用すれば手頃だけどいいものを飲みたいというニーズを叶えることができると判断した。
繁盛店要素と歴史要素を盛り込んだパッケージ
こうして『氷彩1984』は2023年に企画され、開発がスタートする。『氷彩』らしさを守りつつ缶に適したものにすることから、飲食店に提供しているものよりやや甘みを抑えることにした。長年提供している飲食店向けとはやや異なる仕様になることから、『氷彩』らしさが守られているかの判断には外食担当も関わった。
開発で課題になったのは商品の見せ方。飲食店で長年愛されてきた商品であるため、新しい商品としていかに期待感を持ってもらうかに知恵を絞ることになった。
期待感は『氷彩1984』という商品名で示すことにした。確かなおいしさが感じられ期待できる新商品だという印象を持ってもらうために、『氷彩』ブランドが誕生した年である1984年を商品名で示すことにした。森田氏は「RTDのおいしさに対する期待感は、味の特徴や機能とひも付くことが多いのに対し、歴史的な面から期待してもらうことを優先することにしました。パッケージについても歴史を軸にしてデザインをつくっていきました」と明かす。
歴史を軸にしてデザインされたパッケージは、真横に入るカッパー(銅色)帯内にあるフレーズ「繁盛店で愛され続ける美味しさ」で繁盛店を表し、その上に歴史を表す「1984」を配置した。サッポロビールのロゴマークである星と、星に沿って配置された「品質本意」の文字をカッパーで彩ったこと、そして「サッポロサワー」のフォントをレトロチックにしたことも、歴史と味への自信を感じさせるためであった。
缶とリキュールを同時に発売した理由
『氷彩1984』は350ml缶と500ml缶の発売と同時に、炭酸水で割ってつくるリキュール『氷彩1984素』も発売している。500ml入り瓶と1.8L入りペットボトルの2種を展開中だ。
飲食店での取り扱い拡大と、自宅で好みの量や味わいで飲んだりアレンジを究めたりできるようにするため、缶と同時に発売されたリキュール。500ml入り瓶と1.8L入りペットボトルの2種で展開中
同社は『男梅サワー』と『濃いめ』シリーズでも缶のほかにリキュールを展開しているので、RTDブランドからリキュールを発売すること自体は珍しくない。ただ、この2ブランドはブランドの立ち上がりと同時に缶とリキュールの両方を発売していない。『男梅サワー』は缶を発売した後、『濃いめ』シリーズは缶を発売する前にリキュールが発売されている。『氷彩1984』のように缶の発売とともにリキュールも展開されるのはやや異例のことだ。
ブランドの立ち上げと同時に缶とリキュールを同時に展開することにした理由を、森田氏は次のように話す。
「リキュールは飲食店での展開を目指すためのほか、自宅でアレンジして楽しみたい人や自身の好みの濃さや量で飲みたい人向けの商品です。こうしたリキュールのニーズも満たすと同時に、飲食店で行なわれているアレンジの楽しみを体感いただきたいことから、缶とリキュールを同時に発売することにしました」
2種類のリキュールは容量だけではなくアルコール度数も異なる。500ml入り瓶はアルコール度数が25%なのに対し、1.8L入りペットボトルのアルコール度数は40%。1.8L入りペットボトルは基本的に業務用として飲食店に販売するものだ。
飲食店にはこれまで樽で提供していたので、サーバーがないと取り扱えなかった。ペットボトルで提供することにより、サーバーを置いていない飲食店でも取り扱えるようになる。家庭で楽しめるようになったと同時に、飲食店での飲用機会の拡大も図ることにしたわけである。
きゅうりをはじめとしたアレンジを各種提案
『氷彩1984』の年間販売目標は200万ケース(1ケース:350ml×24本)。販促はまず、『氷彩』ブランドを知ってもらうことに重点を置いた。「サワーにも、名酒があった」をキーコピーとし、テレビCMの放映やウェブ広告、交通広告の出稿を実施。話題にしてもらうことやトライアルの獲得を目的に、SNSを使った情報発信やキャンペーンも行なっている。
『氷彩』ブランドの認知率は低いものの、歴史があることのメリットを販促では活用した。メリットとは、『氷彩1984』の発売より前にすでに味を知っている人たちが多くいること。すでに飲食店で親しんできたユーザーの声をブランドサイトなどで広く紹介することにし、初めて知る人たちに期待感を抱かせることにした。
プレーンサワーであることを生かし、アレンジの提案も拡販につなげている。ブランドサイトでは『氷彩1984』をベースにしたアレンジ例を紹介。オレンジ仕立てなど実際に飲食店で提供されている例が紹介されている。意外なことにきゅうりとの相性がよく、きゅうり仕立てのレシピがブランドサイトで紹介されているほどだ。
アレンジは多彩で、柑橘類だけではなく野菜との相性もよい。きゅうり仕立て(写真)とトマト仕立てはおいしさに定評がある
「きゅうりやトマトといった野菜とも相性がいいです。これは『氷彩』ならではの特徴だと思います。飲食店でも私たちがビックリするようなアレンジを提案しています」と話す森田氏。トマト仕立ては提供している店が実際にあり、きゅうり仕立ても提供している店があるといわれている。
季節と情緒が感じられるネーミング
発売後のユーザーの反応は、総じてポジティブ。以前から『氷彩』を知っている人は「待ちわびた」といった歓迎の意を示し、初めて知った人たちは「おいしい」といったように味を好意的に受け止める声が多数を占めている。
また、早くも数量限定フレーバーの展開が始まっている。まず4月に『氷彩1984 晴れやかライム仕立て』が発売された。
4月に数量限定発売された『サッポロサワー 氷彩1984 晴れやかライム仕立て』。晴れ晴れとした季節にぴったりな爽やかなライム仕立ての味わいに仕上げた
「ライムを使ったアレンジは、『氷彩』で長年提案されてきた定番といえるものです」と森田氏。アレンジとしてはなじみ深いことから、初の数量限定品としてふさわしいと判断された。春に合いそうなライムを季節感があり情緒的という観点から、〈晴れやかライム仕立て〉とした。
7月には『氷彩1984 涼しレモン仕立て』が数量限定で発売される。暑い夏に発売することもあり、情緒的かつ涼感のあるネーミングとした。
7月に数量限定発売される『サッポロサワー 氷彩1984 涼しレモン仕立て』。爽やかなミントを添えた清涼感のあるレモン仕立ての味わいに仕上がっている
取材からわかった『サッポロサワー 氷彩1984』のヒット要因3
1.情緒価値の提示
RTDが食中酒として重視されるようになったことを受け、飲食店専用ブランドだった『氷彩』を活用。1984年誕生の歴史あるブランドであること、繁盛店で愛されていることを打ち出した。食事との相性がいいことが直感的にわかると同時に、他のRTDにはない情緒的な価値の訴求ができた。
2.万人受けしそうな味わい
一般的なプレーンサワーには飲みにくいイメージがあるが、これはほんのり甘く飲みやすい。苦手な人でもこれなら飲めると思えるほどで、万人受けしそうな味わいに仕上がっている。
3.応用がきき幅広く使える
そのまま飲むのはもちろんのこと、カクテルベースとして活用することも可能。ほんのり甘いこと以外、味にクセがないことがその理由だ。自分好みの味わいを究めたい場合は、缶と同時に発売されたリキュールを使うことができる。
味以外では機能性で訴求することが多いRTDにあって、歴史や繁盛店といった情緒的な側面を訴求する『氷彩1984』は独自の世界観を築き、存在感を発揮している。話題性が高くなるのはある意味必然であり、好調なスタートダッシュを切ることができたのも頷ける。
ブランドサイト
https://www.sapporobeer.jp/hyosai1984/
取材・文/大沢裕司