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「アートがもたらす安らぎ、人や社会とのつながりを音楽家・研究者として伝えていく」東大先端研特任教授・近藤薫さん

2025.06.29

セカンドライフのデザインや「ケア・リテラシー」などをテーマに、東京大学農業生命科学研究科で産学連携のプロジェクト研究を進めるコスタンティーニ ヒロコさん。音楽家と研究者というパラレルキャリアを歩む近藤薫さんをゲストに迎え、アートの社会的な価値や重要な役割についてトークが弾むスペシャル対談後編です。

前編はこちら

科学だけでは解決し得ない難題にアートの分野からアプローチ!音楽家・近藤薫さんが研究者として拓くパラレルキャリア

【対談】近藤 薫さん(東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター、東大先端研特任教授)×コスタンティーニ ヒロコさん(東大農学生命科学研究科准教授) セカン...

PROFILE
コスタンティーニ ヒロコさん
兵庫県生まれ。のどかな田園風景の広がる丹波市で5人きょうだいの末っ子として育つ。ハーバード大学およびオックスフォード大学などで社会科学を学び、生後10日の3女を抱きかかえながらオックスフォード大学で修士課程を開始。ケンブリッジ大学で博士号修得、パリ政治学院、オックスフォード大学で研究と教育に従事した後、セカンド・ステージのため20数年ぶりに日本へ帰国。現在、東京大学 農業生命科学研究科 地球生物環境学講座 IPADSプログラム 准教授。研究分野は社会的サステナビリティ、ソーシャル・イノベーション・デザイン、「ケア・リテラシー」など多岐にわたる。

PROFILE
近藤 薫さん
東京藝術大学大学院修士課程修了。2015年から東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスターを務める他、フューチャー・オーケストラ・クラシックス(旧・ナガノ・チェンバー・オーケストラ)、バンクーバー・メトロポリタン・オーケストラでもコンサートマスターを務める。長野市芸術館シーズンプログラム・プロデューサーとしてリヴァラン弦楽四重奏団を主宰。東京大学先端科学技術研究センターでは先端アートデザイン分野の設置に尽力、現在、特任教授としてアート的な感性による新しい社会概念の構築を目指している。
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/research/AAD_Lab.html

「今日は生きていてよかった」の言葉に込められた現実の重さ

コスタンティーニ ヒロコ(以下、コスタンティーニ) 病院や障がい者施設などでの演奏活動のエピソードは?

近藤 薫(以下、近藤) 重複障がいの子どもたちの病棟で演奏会をしたことがあります。子どもたちは寝たまま移動できるベッドで集まってくれましたが、意識がはっきりしていないような子もいれば、自力でまばたきができないため、まぶたをテープで貼って眼球の乾燥を防いでもらっている子もいる。壮絶に苦しい毎日を生きている子どもたちに、ショックを受けました。その子たちのためにできたのは、音楽家にできる最小限で最大のこと、ただただ無心に演奏することだけでした。

コスタンティーニ どんな曲を演奏したのですか?

近藤 ちょうどタカちゃんという子の5歳の誕生日だったので、「ハッピーバースディ」を弾きました。そうしたら、お母さんが泣き崩れました。後で「今日は生きていてよかった」というお母さんの言葉を聞いたとき、そのお母さんが抱えている現実の重さに震えました。

コスタンティーニ 音楽が、お母さんの心の深いところに響いたのですね。

近藤 タカちゃんは、その後約10年間、精いっぱい生きたそうです。こうした演奏活動が教えてくれたことは、私にとって本当に大きなものでした。

病棟での「G線上のアリア」

コスタンティーニ 訪問演奏の活動は、近藤さんにとって大きな影響を与えたのですね。

近藤 実は、話はこれからです。ドクターから、集まってきた子たちは比較的軽症だということ、生命維持装置の機器を外せないため、病室から出られない子もいると聞かされたのです。「その子どもたちの病棟まで行って弾けますか?」と聞くと、「感染症予防のため1曲だけなら」という返事だったので、病棟にお邪魔して演奏することにしました。選んだ曲は、バッハの「G線上のアリア」です。

コスタンティーニ 重度の障がいがあって寝たきりの子どもたちにとって、楽器の生の音を聴くのは、本当に貴重な機会なのだと想像します。

近藤 私が気になったのは、一番奥の病室でした。中学生ぐらいで、基本的に昏睡状態というか、身動き一つしない男の子がいる病室ですが、そこまで音がしっかり届かないのです。そのとき、ドクターが「よし、ベッドを音がきこえるところまで動かそう」と言い出しました。すると、突然、スタッフがザワっとなって…。

コスタンティーニ それはなぜ?

近藤 ベッドを動かすということは、生命維持装置の電源コードをコンセントからいったん外し、また差し直すことを意味します。つまり、ほんの数十秒であれ、生きていくために不可欠の生命維持装置から切り離されてしまうのです。当然、命の危険があります。

コスタンティーニ それほど大きなリスクを考えた上での発言だったのですね。

近藤 ベッドは2~3m動かされました。もちろんドクターは専門家として安全性を判断され、細心の注意を払っていらっしゃいましたが、人生のほとんどをベッドの上で過ごしてきた子にとって、ほんのわずかな移動でも、文字通り、命を懸けた大冒険だったに違いありません。

コスタンティーニ 確かに、大冒険です。

近藤 日々、命の意味を肌で感じて過ごしているドクターの決断から、命の意味を教えてもらったような気がしました。

コスタンティーニ それらの体験は、近藤さんの音楽にどう影響しましたか?

近藤 もともと、演奏するときは、自分のすべてをさらけ出して弾きます。ですから、自分が感じたものがそのまま音になります。その後、私のヴァイオリンの音は明らかに変わり、さらに大きなことに気づきました。

コスタンティーニ それは?

近藤 東京オペラシティで演奏したときのこと。彼の前で演奏した結果、奏でる音が変わった自分がいて、その自分が今、他の人の前で演奏する……。それは、彼の生きている命と世界がつながること、交わることを意味しているのだと感じたのです。

コスタンティーニ アート(音楽)による、人と人のつながりを実感されたのですね。

アートがもたらす、孤独ではないという安らぎ

コスタンティーニ アートの社会的な価値に改めて気づかされた気がします。アートはすごい力を持っているんですね。

近藤 そうなんです。アートに興味を持ち、普段から演奏を楽しんだり、鑑賞したりすることで、「社会と歴史の中に存在する自分」を認識できます。つまり、孤独ではないという安らぎを得られるのです。欧米ではアートに対する寄付活動がさかんですが、「社会の一員として、アートという人類の宝物をみんなで大切にしていこう」という社会的な意識が浸透しているからでしょう。今後、日本でも、そういう意識が深まるといいなと思います。なぜなら、アートは一人ひとりの豊かさや幸福にもつながっているからです。

コスタンティーニ というと?

近藤 私は常々、関係性の中で生かされていると思っています。楽器づくりや修復の職人を始め、作曲家、歴代の演奏家がいて、聴衆がいる。そのつながりの中に自分もいる。音楽を巡る関係性の中で生かされている、自分が人やその集合体である社会とつながっていると思うと、とても気持ちが安らぎます。幸福です。

コスタンティーニ 素敵な考え方、素敵な生き方だと思います。音楽という目に見えぬ糸で人と人とを結びつけるような、静かで力強い信念を感じます。奏でられる音が、人の心を、命を、震わせる。その瞬間の重みこそ、アートの根本的な力であり、可能性なのですね。

近藤 古代ギリシアの医者ヒポクラテスの言葉に「Ars longa, vita brevis」、直訳すると「技術は長い、人生は短い」というものがあります。Ars はArtの語源となった言葉ですが、私は「一人ひとりの人生は短いけれど、アートの歴史は綿々と受け継がれていく。だからこそ、多くの人が関わり、つなげていくべきである」と解釈しています。

コスタンティーニ アートの永遠性と刹那的な人間の命との交錯。それを現代の空間で実践されている近藤さんご自身、時と空間を超える存在なのかもしれません。

近藤 どうでしょう(笑)。ただ、自分の生きてきた道のりが、そのまま音楽になっているとは思います。これからも、演奏家として研究者として、音楽の魅力や価値を広く伝えなくてはいけないと感じています。

コスタンティーニ 先生の音、さぞ素敵でしょうね。

近藤 (ヴァイオリンの音)♪♪♪~

コスタンティーニ ファンタスティック! ありがとうございました。

左/近藤 薫さん(東京フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター、東京大学先端研特任教授) 右/コスタンティーニ ヒロコさん(東京大学農業生命科学研究科准教授)

***

■コスタンティーニ’s notes

近藤先生が語られた「自分は、関係性の中で生かされている」というお言葉、その姿勢や価値観には、音楽という目に見えぬ糸で人と人とを結びつけるような、静かで力強い信念を感じます。また、先生のヴァイオリンの音色に触れ「(自分が)生きていてよかった」と涙をこぼし、崩れるように泣かれたという重度の障がいを持つ子どもの母親のお話。音が、心を、命を、震わせる。その瞬間の重みは、芸術の根本的な力がにじんでいると感じました。

取材・文/ひだいますみ 撮影/五十嵐美弥(小学館)

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