
大阪を代表するオーケストラ、関西フィルハーモニー管弦楽団。この春、総監督・首席指揮者に就任した藤岡幸夫さんは、四半世紀以上も指揮している。文化・芸術分野の団体は経営が厳しいといわれるなか、このオーケストラは健全経営だという。音楽面だけでなく興行面でもリードして支える藤岡さんには、独自の視点と行動力があった。
【取材協力】
指揮者・藤岡幸夫さん
英国王立ノーザン音大指揮科卒業。イギリスのマンチェスター室内管弦楽団、日本フィルを経て、現在、関西フィル総監督・首席指揮者、東京シティ・フィル首席客演指揮者。東大阪市特別顧問、滋賀県長浜市PR大使、きょうと城陽応援大使、門真情熱大使。司会として出演するBSテレ東『エンター・ザ・ミュージック』(毎週土曜朝8時半から放送)は、放送500回を越える人気番組。
地方都市に必要なステータスを得るため「関西に骨をうずめる覚悟」
指揮者・藤岡幸夫さんは、20代のころイギリスへ渡り、音楽を学んだ。1994年にロンドンの夏のクラシック音楽フェス「プロムス」でデビューし、以降、多くの海外オーケストラに客演。イギリスのマンチェスターでも長く過ごしたが、日本とヨーロッパの大きな違いを実感したという。
「海外に出てみて、初めて日本の良さがわかりました。その一方で、日本はすべて東京に一極集中していることが異常に思えた。ヨーロッパの先進国では首都以外の地方都市に、経済的にも文化的にもしっかりとしたステータスがありますから」
藤岡さんの日本での本格的なデビューは1995年。その翌年、DIME本誌でもロングインタビューの記事「平成仕事人事始」に登場している。
以来、日本国内でも活躍、大阪の関西フィルと仕事をする機会に恵まれた。
DIME本誌1996年10月3日号に掲載された藤岡さんのインタビュー記事。
「僕の母親もカミさんも関西出身でね。そんな縁もあったけど、関西フィルは音楽的にも素晴らしく、定期的に呼んでもらって2、3年目で、これは骨をうずめる覚悟で付き合っていかなくてはと感じました。以来25シーズンをともにして、今年で26年目です」
ひとつのオーケストラで、これほど長い蜜月を重ねる例はあまりない。BSテレ東での音楽番組『エンター・ザ・ミュージック』へのレギュラー出演は11年も続いており、東京以外の地方都市でのオーケストラとしては異例の発展を遂げている。
これには藤岡さんの音楽だけではない、独自の活動が効いているようだ。
大阪出身の世界的ヴァイオリニスト・神尾真由子さんとリハーサル中の藤岡さん。(C)金子 力
地域と密接に関わり、“情熱大使”にまで就任
城陽市(京都府)や吹田市(大阪府)では20年以上、毎年演奏会を指揮しているという藤岡さんは、関西の複数の都市と密接な関わりをもっている。
「東大阪市とは、ある時、パーティで市長と隣の席になって話が弾み、ぜひ地元でコンサートを開催しましょうという流れに。仕事ができる人はスピードが速くて、翌日にはオーケストラの事務局に電話してきてくれました。そこからとんとん拍子に話が進んで、半年後にはコンサートが実現。以来、毎年演奏会を実施して3年間チケットの完売が続いた。深くかかわることができて、今も毎年、東大阪市で演奏会を開催しています」
2019年、文化芸術の発信拠点、東大阪市文化創造館のオープン時に、藤岡さんは東大阪市の特別顧問に就任した。
さらに、大阪市に隣接した門真市は、現在、関西フィルの本拠地となっている。
「それまでの練習場が使えなくなって、新しい場所を探していました。2020年、コロナ禍のころです。当初、とても遠い場所か、近くてもお金のかかる場所しか候補がなくて。ある晩、昔のビデオを見ていて、ふと集客に苦労していた門真のことを思い出した。それで当たってもらったら、ご一緒できることになり、リニューアルしたばかりのホールで練習できるようになりました。今では市を挙げて応援してくれています」
門真市は、関西フィルと「音楽と活気あふれるホームタウンパートナー協定」を締結。藤岡さんは「門真市ふるさと大使」に委嘱され、その愛称は“門真情熱大使”に。同市の魅力を強く発信するPR活動の一翼を担っている。
藤岡さんが特別顧問を務める、東大阪市文化創造館での関西フィル演奏会。(C)樋川智昭
ホームタウンパートナー協定を締結している、門真市民文化会館ルミエールホールでの練習風景。
音楽活動とは別に、自らが営業に出向く
関西フィルは、他のオーケストラに比べ、地方各地への出張コンサートが多い。じつは以前から藤岡さんが自ら営業していたという。
「関西フィルの前の事務局長とも、あちらこちら営業に回りました。それで出張コンサートできる場所が30か所くらい増えたかな。下調べして脈がありそうなところへ行くんだけれど、つい先日も出向いて3件決まった」
こうした藤岡さんの行動力は、スポンサー企業にも効いている。関西フィルの協賛企業には、ダイキン工業、サントリーホールディングス、大日本除虫菊(KINCHO)、旭化成など有名企業の名が連なる。
「旭化成さんは、社長がテレビ番組『エンター・ザ・ミュージック』のファンで。それがきっかけ。この音楽番組は2014年から続いていますが、様々な広がりが出ていますね。地方に行くとホール関係者は必ずこの番組を見てくれているので、次の仕事に繋がることも多いです」
協賛スポンサー企業との取り組みでは、他のオーケストラでは見かけない趣向もある。演奏会によっては、指揮台に協賛企業名が入っているのだ。
「以前いた事務局長のアイデアでね。他のオケではないでしょ。なんでもやる。大阪ならではかもしれないけど(笑)」
スーパーマーケットのライフや関西みらい銀行などとも、招待企画やチャリティコンサートなど幅広い取り組みをしていて、普段クラシック音楽を聴く機会が少ない若い人や親子にも好評だ。
「関西フィルは25年間、赤字を出していない健全な経営ができています。これからはメンバーの人件費を上げていきたい。今後いい形でオケが残っていけるようにするのが、総監督・首席指揮者としての僕の今後の役目だと考えています」
指揮台に協賛企業名が入っているコンサート。(C)s.yamamoto
文化度の高い関西に再注目
藤岡さんは、昔、世話になったという阪急の元社長・小林公平さんの言葉が心に残っている。
「東京は情報量が多いけど、文化度は関西の方が高い、というのが小林さんの持論でね。東京はよそ者の集まりかもしれないけど、大阪は7割くらいは地元の人かな。まわりに左右されない気質があると思う。東京など関東は常に新しくしたがるけれど、大阪など関西はいいと思えば、とことん付き合ってくれて、大切にしてくれる。だから、こちらもマンネリにならないよう努力しています」
4つのオーケストラが同じステージで一堂に会する「大阪4大オケ」コンサートが毎年開催されているが、こうした取り組みも大阪ならではといえるだろう。
大阪から音楽を通じて文化を発信していく藤岡さん。この秋には、3冊目のエッセイ本も刊行予定。関西フィルの総監督・首席指揮者として「よりインパクトを持って動く」と語る藤岡さんの今後の活動に注目したい。
取材・文/インディ藤田