
「DEI(ディー・イー・アイ)」は、「Diversity(ダイバーシティ、多様性)」「Equity(エクイティ、公平性)」「Inclusion(インクルージョン、包括性)」の頭文字を合わせた言葉です。
社員と顧客双方のWell-Being(ウェルビーイング)を目指し、DEIを経営戦略の根幹として推進する、パナソニック。
エレクトリックワークス社(以下EW社)の挑戦を追ってみました。
誰もが遠慮は無しに公平に一緒にイキイキ働ける=DEIをわかりやすく伝えることから開始
日本は人口減少社会となっています。少子高齢化が懸念される中、労働力不足が問題となっています。
そこで、労働参画しづらい人も、全員参加する必要が生じています。
また、AIなど技術進化することで、多くの人が付加価値仕事に専念することが可能となります。
加えて、価値観の変化や多様化により、仕事至上主義だけではなく、仕事以外の人生の要素を尊重する必要があります。
つまり、業務において誰もが、短時間集中で質の高いアウトプットを出す、「一人ひとりの力」の必要が生じています。
そして、多様な視点や知恵、偏りのない視点を持ちあわせて、「チームの力」として、社会課題や顧客ニーズに対処する必要もあります。
そこで、EW社はDEI推進室を中心に社内・社外のDEIを推し進めることとなりました。
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社 DEI推進室 室長 栗山幸子さん
初めの挑戦は、DEIの認知を社内で高めることでした。
そこで、DEIを日本語で表現。「誰もが 遠慮は無しに公平に 一緒にイキイキ働ける」をキャッチコピーとして、社内認知向上への取り組みが始まりました。
下の画像で、同社のDEIのアイコンに金太郎と宇宙人が肩を組んで微笑んでいる姿が使われているのがわかるでしょうか?
これは何度切っても同じ顔が現れる金太郎飴から、同質性を想起。異質な宇宙人と肩を組むことで、同質と異質が相交わる姿を象徴します。
社員の幸せと顧客エンゲージメントを最大化~DEIと業務プロセス改革は両輪~
EW社は、DEIに取り組むにあたり、DEIと業務プロセス改革は相互に作用、両輪で推進すると定義しています。
これは先述した、「一人ひとりの力」と「チームの力」を集約するために、業務起点でのアプローチとして、業務プロセスの改善を行い、人起点でのアプローチとして、DEIを推進する。それが相互作用して両輪となり、社員の幸せ、顧客エンゲージメントを最大化する原動力となるからです。
そして、ジェンダーや障がい、男性育休、介護、LGBTQ+、その他マイノリティといった属性ごとの課題に対して、個別強化を推進。
さらに、「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見や思い込み)」への対応や、「心理的安全性(チームや組織のメンバーが安心して自分の考えや意見を言えて、失敗を恐れず挑戦できる環境)」の醸成、「マジョリティ(多数派)前提の仕組み」の公平化を共通テーマに、全体理解を促進しています。
DEI推進のカギは〝当事者〟を地道に増やすこと。トップコミットメントとボトムアップで挟み撃ち
さて、EW社はDEI推進室を設立し、経営戦略の根幹としてDEIを位置づけましたが、とはいえ、DEIがすぐに社内で浸透するわけではありません。
そこで、DEI推進体制の確立が必要となります。
まずは、トップコミットメントとリンクするため、DEI推進室は社長と直接応対できる体制となっています。
また、各部門にDEI責任者や推進リーダーを擁立。全国150人居る、推進リーダーがボトムアップを担い、トップコミットメントとボトムアップ双方から、DEIを推進する体制となっています。
そして、2022年度からこれまでに39回実施された、経営層との密な議論の場である「DEIステアリングコミッティ」や、2025年度から約120名が参加する組織責任者同士の少人数対話「DEIダイアローグ」を実施。さらに、社長と社員が対話して、社長自らが現場の声を吸い上げる「No Border Talk」を全国で40回超実施しました。
また、ジェンダーギャップへの取り組みとして、女性基幹職が集まりジェンダー課題を議論する場を通して人脈形成を促し、相互成長につなげる「女性基幹職ネットワーク」や、製造現場で女性がリーダーになる上での課題を議論し当事者のマインドを醸成する「製造女性リーダートーク」、2023年度からのべ300人以上のみなさんが参加した「女性の上司とのラウンドテーブル」といった活動も実施しています。
経営会議で議論白熱。時には社長が聞き役に徹することも
EW社は経営戦略の根幹にDEIを位置づけていますが、経営層との密な議論の場「DEIステアリングコミッティ」は、毎度議論が白熱するといいます。
言うべきことを言い合えるEW社を実現するには、役員ともフラットであることが望ましいとの言葉通り、90分の会議は白熱し、毎度延長。担当秘書から時間超過について栗山さんが注意される……そんな場面が多々あるそうです。
「みなさんが発言する中で、大瀧社長はずっと黙って議論の聞き役になってくれることがあります。みなの話を受け止めて、自らも意見を述べる。これは、相互で心理的安全性を感じられるからこそできることだと思っています」(栗山さん)
例えば、男性育休が議題になったことがあるそうです。栗山さんによると、「当社では、男性育休取得について『目安』がなかったことで、育休が取りにくいという意見がありました」と言います。
制度として存在しながら、利用機会を失っていたわかりやすい例です。そこで、育休取得時に最大30日分、手取り相当額を支給する「育さぽ30」や、育休取得前後で職場コミュニケーションをとるための飲食費を支援する「育児L&C会」といった制度を創設。
また、男性育休取得者の経験を見える化したり、子どもが生まれた男性社員に役員自らメール発信するなど、さまざまな手段を講じることで、男性育休の取得率が100%間近の96.9%となり、平均取得日数も25日となりました。
これは法基準となる取得率75.0%、平均取得日数24日を越える成果となっています。そして、最長取得者は11か月となったそうです。
DEIの社内教育を徹底
DEIを広めるためには、正しい知識・知見の共有も不可欠です。
そこで、EW社はレイヤーや属性ごとに適した研修やセミナーで、DEIについての教育を実施しています。
さらに、DEI共通の3要素をパッケージ化して徹底。
アンコンシャスバイアスへの対応、マジョリティ前提の仕組みの公正化、心理的安全性の醸成を期しています。
また、マインド面への訴求に加えて、制度や仕組みの公平化にも取り組んでいます。
ジャンダーギャップについては、管理職登用を年2回にして、育休復帰者などの活躍停滞を減らし、昇格に挑戦しやすくしています。
介護については、実家や単身赴任元自宅など、通勤圏外からのリモートワークも可能にして、家族との時間をとりながら働けるようにしました。
そして、LGBTQ+については、同性パートナーも慶弔休暇、育児・介護支援、単身赴任手当など、配偶者として人事制度を適用可能にすることとし、また、オールジェンダートイレを設置するなどの仕組みを取り入れています。
DEI視点を取り入れた「カルチャーベース」が新しい風を吹かせる
EW社は2025年4月、主要拠点である大阪・西門真地区構内の社員食堂などが入る厚生施設「厚生会館」を、多様な活動を発信する文化発信基地にするため「Culture Base.(カルチャーベース)」に改めました。
ここは、EW社の前身となる松下電工株式会社の本社構内へ1973年に建設され、長年、社員食堂やクラブ活動の拠点として利用されてきました。
この〝古き良き〟会館をイノベーションして、食事はもちろんのこと、仕事や交流、健康など多様な用途を実現する施設、「カルチャーベース」へ生まれ変わらせました。
会社の取り組みが直接社員に伝わる象徴的な場として、誰でも使えて、そして使いたくなるDEIな場所に進化させています。
「カルチャーベース」は、コミュニケーション促進やウェルビーイング向上を図る場ですが、ソリューションの実証の場としても活用されます。
その取り組みについて主な3点をご紹介します。
実証1.誰でも利用できるオールジェンダートイレ「みんなのトイレ」
食堂がある建物1階のトイレに、EW社の社内施設としては初めて、オールジェンダートイレを設置しました。
名称は「みんなのトイレ」。誰もが利用できるように工夫されています。
例えば、食堂からの見た目や視線を配慮して、食堂とトイレの中間にホールを設けて、シンボリックな手洗いカウンターを配置。人々の心に安定感や平和をもたらすという円形や曲線を取り入れることで、性別にとらわれずに誰もが気兼ねなく利用しやすい雰囲気を、光や映像で演出しています。
車イス利用者のスムーズな動線のため、多目的・多機能トイレを入り口側に配置。また、トイレ側は人とのすれ違いを軽減させる回遊型の動線にして、男女がトイレを共有することで居心地の悪さをおぼえないよう、照明の明るさや植栽を配置し、プライバシーが守られやすい環境としています。
もちろん、男女共用のトイレの利用に抵抗がある人も居ます。そこで、従業員の声を元に選択肢を用意。2Fには女性用と男女兼用の個室をそれぞれ用意。3Fには男女それぞれの個室に加え、多目的・多機能トイレを配置。3Fには男性用の小用トイレも準備し、個人の気持ちや志向により場所を選べるよう対応しています。
実証2.さまざまな信仰に対応する「祈祷室」
建物3Fには、さまざまな信仰に対応した「祈祷室」を新設。宗教的多様性に配慮しています。
実証3.DEI視点を生かした「リトリートマルシェ」
2Fの一角には、交流スペース「リトリートマルシェ」を開設しました。
社員が自由にイベントを開催でき、従業員同士のコミュニケーションを促進します。
また、映像・照明・音・香りが連動する空間演出ソリューションを導入。均一照明や空調にとらわれず、日陰や西日時間に合わせた演出を行っています。
社内のDEI実現から社会のウェルビーイング空間を創造する
2023年1月に公布された内閣府令改正で、有価証券報告書に人的資本に関する情報を記載することが義務化され、「従業員の状況 等」の欄で「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金格差」の開示が必須となりました。
DEIの実現は、企業にとって喫緊の課題となっていますが、そのような社会環境の変化に先んじる形で、EW社はDEIの推進に挑戦してきました。
DEI推進室の室長である栗山さんは、「EW社のDEIへの取り組みは道半ば。〝奮闘中〟といったところ」だと話してくれます。
そして、「グローバルで当社に外国籍の社員は多いですが、国内に限れば外国籍の社員が非常に少ないです。また、社員食堂でベジタリアン向けや宗教にかかわる要望のある食事を供出することは、まだできていません」と、DEIへの課題例も率直に伝えてくれました。
EW社ではDEIについて「社内KPIを設定」(栗山さん)しており、課題解決に向けて全力で取り組んでいます。
まずは社内DEIを実現し、やがて社会のウェルビーイング空間を創造する……EW社の挑戦の今後に期待しましょう。
【参考】「DEI(Diversity,Equity&Inclusion)」とは?
取材・文/中馬幹弘