
2025年6月から、職場における熱中症対策が事業者の義務となる。本記事では、義務化の背景や対象となる事業者、具体的な対策内容、違反時のリスクまでをわかりやすく解説する。
目次
気温の上昇が問題視される中、職場での熱中症リスクが深刻な社会課題となっている。特に屋外作業や高温環境下での業務では、労働災害としての発生件数も年々増加しており、命に関わる事故も後を絶たない。
こうした背景を受け、2025年6月1日から労働安全衛生規則が改正され、事業者に対して熱中症対策の実施が法的に義務付けられることとなった。
本記事では、義務化の背景や対象事業者の範囲、実務で求められる対策内容、違反時のリスクまで、企業が押さえておくべきポイントをわかりやすく解説する。
なぜ今、熱中症対策が義務化される?背景と目的
2025年6月1日から、労働安全衛生規則の改正が施行され、事業者に対して熱中症対策が義務付けられる。まずは、その背景と目的を解説していこう。
■猛暑の常態化と熱中症リスクの高まり
近年、気候変動の影響により猛暑日が常態化し、職場での熱中症リスクが深刻化している。2024年には、熱中症による死傷者が1,195人にのぼり、うち30人が死亡したという。これは労働災害による死亡者数全体の約4%に相当し、その多くが屋外作業中に発生している。
今後さらに高温傾向が続くと予測される中で、職場での安全確保を強化する必要があるとして、事業者に対する熱中症対策の義務化が進められた。
出典:厚生労働省|職場で起こる熱中症「熱中症の発生状況(2015~2024年)」
■「働く人の命を守る」ための安全衛生対策強化
これまでの法令でも、事業者には高温環境での健康障害を防止する措置が求められてきたが、熱中症の初期症状への対応や重篤化の防止については明確な規定がなかった。その結果、初期症状の見逃しや対応の遅れによる死亡災害が多発している。
こうした背景を踏まえ、2025年6月からの労働安全衛生規則改正では、働く人の命を守ることを目的に、熱中症の早期発見と重症化を防ぐための具体的な対応を、事業者の義務として明文化することとなった。
熱中症対策義務化のポイントを理解する|対象事業者と基準
2025年6月から、一定の環境下で作業を行う事業者には熱中症対策が求められる。ここでは、対象となる事業者や判断基準を解説する。
■義務化の対象となる事業者
熱中症対策の義務化は、すべての事業者に一律で適用されるわけではない。対象となるのは、暑さ指数(WBGT)28度以上または気温31度以上の環境下で、1時間以上連続、もしくは1日4時間を超えて作業が行われる職場だ。
例えば、建設業や運輸業、農業などの屋外作業。また、空調設備が不十分な屋内での製造業などが該当するケースもある。業種にかかわらず、暑さ指数や気温の条件を満たす作業であれば、対策の義務が生じるというわけだ。
対象作業に該当するかどうか判断が難しい場合は、作業時間や環境条件を記録し、事前に基準との照合を行うと良い。判断を曖昧なままにしておくと、対策の遅れや指導対象となる可能性もあるため注意が必要だ。
■判断基準となる「暑さ指数(WBGT)」とは
暑さ指数(WBGT)は、気温だけでなく湿度や風の有無、地面からの照り返しなども加味して、熱中症リスクを総合的に評価する指標だ。気温のみでは把握できない「体にかかる暑さ」を可視化する目的で用いられ、2025年6月からの義務化においても基準となる。
作業の強度に応じて許容されるWBGT値は異なり、画像のように安静時から激しい作業まで5段階で分類されている。例えば、重い荷物を扱う作業では、同じ気温でも熱中症リスクが高まるため、より厳しい基準値が設定されている。
暑さ指数は、原則として現場で測定することが推奨されており、測定が困難な場合は環境省の熱中症予防情報サイトなどを活用することが求められている。
参考:環境省|熱中症予防情報サイト「全国の暑さ指数(WBGT)」
企業が実施すべき熱中症対策とは
法改正を受けて、職場における熱中症対策の具体的な実施が求められる。ここでは、企業が現場で行うべき基本的な対策について解説する。
■実務で求められる主な措置内容
暑さ指数(WBGT)が基準値を超える場合には、冷房による作業環境の改善、作業の強度を軽減する工夫、あるいはより涼しい場所への作業変更といった対応が求められる。
事業者はこれに加えて、WBGT値の測定や記録、直射日光を遮る屋根の設置、冷房付き休憩所の整備、作業時間の短縮、水分・塩分の定期摂取、通気性の良い服装の着用、作業中の巡視、そして労働衛生教育の実施など、さまざまな予防措置を計画的に講じる必要がある。
こうした対策は、マニュアルやチェックリストなどのかたちで文書化しておくことで、日々の点検や従業員教育にも活用できる。
■対応フローの作成や記録義務の有無についても確認
事業者は熱中症対策の「対応フロー」の整備をする必要がある。具体的な義務は、以下の通り。
1.自覚症状のある労働者や周囲が異変に気づいた際の報告体制の整備
2.作業離脱・冷却・搬送などの手順をあらかじめ定める「実施手順」の作成
3.その内容を労働者および関係者に周知徹底すること
加えて、職場巡視やバディ制、ウェアラブルデバイスの活用など、早期発見を目的とした取り組みも推奨されており、現場で機能する実践的な対応フローの構築が重要となる。
■熱中症対策を後押しする補助金も活用
国や自治体では、事業者を支援する補助金制度が用意されている。熱中症対策に取り組むにあたり、企業としては、こうした制度の活用を検討すると良いだろう。
代表的なものに、厚生労働省の「エイジフレンドリー補助金」がある。60歳以上の労働者を雇用する中小企業を対象に、職場環境の改善や安全衛生対策にかかる費用を支援する内容だ。
補助金は毎年実施されるとは限らず、申請・交付には要件があるため、最新情報を自治体や省庁のホームページで随時確認することが重要だ。
義務を怠った場合、企業にどんなリスクがある?
熱中症対策を怠ることは、法的な罰則だけでなく、企業の信用や社会的評価にも大きな影響を与える。ここでは、想定されるリスクを確認する。
■罰則の対象になる
2025年6月からの法改正により、熱中症対策は罰則付きの義務となる。事業者が義務付けられた熱中症対策の対策を怠った場合、6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される。企業は安全配慮義務の一環として、形式的ではなく実効性のある対策を講じなければならない。
■企業イメージ悪化のリスクも
熱中症対策を怠った結果、労働災害や死亡事故が発生した場合、法的な罰則にとどまらず、企業の社会的信用やブランドイメージに深刻な影響を及ぼす恐れがある。
特に近年は、従業員の安全配慮を重視する社会的な風潮が強まっており、安全管理の不備は報道やSNSなどを通じて瞬時に拡散され、企業の信頼失墜につながりかねない。法令遵守はもちろん、企業の持続的な成長のためにも、実効性のある熱中症対策が求められる。
※情報は万全を期していますが、正確性を保証するものではありません。
文/編集部