
カギの持ち歩きや受け渡しが不要、時限付きのカギを発行できる、開閉の履歴が残るなど、従来のシリンダー錠にはない様々なメリットを持つスマートロック。スマホやICカード、パスキーなどで解錠できるため、カギを紛失する心配がなく、オートロックによって閉め忘れも防げる。
インターネットを通じて遠隔操作ができる製品も人気だが、一方でハッキングなどのリスクを懸念する声も根強い。そこで今回は、現行のスマートロックの課題についてチェックしていく。あわせて、課題を解消するための最新技術について、メーカーの開発者を取材した。
お話を伺った大崎電気工業(株)の三浦 裕氏(右)と、(株)ラ・クラシン CIOの杉本憲昭氏(左)。中央は現行のスマートロックの課題を解消する最新モデル
課題01 夏場は特に注意。両面テープは落下の危険性あり
個人で導入されることが多いスマートロックのひとつが、今あるシリンダー錠に後付けできるタイプ。比較的安価かつ簡単に導入できるのが特徴で、サムターンの上に被せるように、ネジ止めまたは両面テープで取り付ける方法が一般的だ。
ただしネジ止めはドアに傷がつくため、退去時に原状回復が必要な賃貸では使いづらい。一方で両面テープは、温度、湿度などの条件や経年劣化で粘着力が弱まることがある。実際に夏場にドアが高熱になるなどして接着剤が溶け、落下するトラブルも起きている。
「両面テープ以外にもドアを傷つけずに、取り付けられる製品はあります」と話すのは、大崎電気工業 ソリューション事業部 事業統括部 スマートソリューション部 技術部長の三浦 裕氏だ。
同社が手掛けるスマートロック『OPELO』シリーズでは、既存のシリンダー錠と一体化する独自の取り付け方法を採用。特許技術により、原状回復が可能かつ落下リスクのない取り付けができると説明する。
既存のシリンダー錠と一体化した独自の取り付け方法を採用する『OPELO』シリーズ
課題02 インターネットにつながるのはリスクでもある
スマートロックには、Hubと呼ばれるオプション機器を通じてWi-Fiに接続し、インターネット経由で様々な操作ができる製品も多い。遠隔操作によるカギの開閉や、一時的に使用できるカギの発行、クラウドサービスと連携した入退室管理など、つながることで利便性は向上するが、一方でハッキングのリスクもゼロとはいえない。
通信は暗号化されていたとしても、クラウドサービスのIDやパスワードが盗まれて、遠隔操作される危険性はある。インターネットにつながっている限り100%安全とはいえないのは、スマートロックに限らず、すべてのデバイスに言えることだろう。
オフラインでスマートロックを使用するメリットを熱く語る杉本氏
そこで『OPELO』シリーズでは、「敢えてインターネットに接続しない、オフラインにこだわりました」と話すのは、大崎電気工業(株)のグループ会社で、スマートロックの開発を手掛ける(株)ラ・クラシン CIOの杉本憲昭氏だ。
三浦氏も、スマートロックにインターネットは必ずしも必要ではないと言う。
「『OPELO』を導入いただくのは、物件のオーナーや管理会社。入退去時のカギ交換の手間を省くことや、一時的なパスキーの発行など、スマートロックとしての利便性は、インターネットに接続しなくても提供できます」
インターネットに依存しないことで、たとえば空室物件など電源やWi-Fi設備のないところにも、安心して設置できるメリットもあると説明する。
課題03 Bluetooth&アプリのタイムラグと不安定さ
現在のスマートロックの多くは、スマホとBluetoothで接続して解錠する仕組みを採用している。スマホやスマートウォッチの専用アプリから操作するほか、ビーコンという微弱な電波を発信する仕組みを使い、近づくと端末が電波をキャッチして自動で接続・解錠できるハンズフリータイプもある。
アプリ操作では、アプリを立ち上げる手間があるうえ、接続までにタイムラグが発生することがある。ハンズフリーでは、屋内にいてもスマホが近くにあるとドアが開いてしまうことがあり、どちらにも利便性の反面、課題が残っている。
さらに杉本氏は、Bluetoothの電波自体が安定していない点も課題として挙げる。ご存じのようにBluetoothは、キーボードやマウス、ヘッドフォンなど身近な機器にも多く採用されている汎用性の高い通信規格だ。またBluetoothが使用する2.4GHz帯はWi-Fiのほか、電子レンジでも使用されている。
汎用性の高さゆえに、近くに似た電波や強い電波があると影響を受けやすい。
「Bluetoothの電波は全方向に広がります。Bluetooth自体は周波数ホッピングという方法により、ある程度干渉に強く設計されていますが、使用環境によっては接続が不安定になることもあります(干渉に強い5GHz帯もあるが屋外やIoT機器では対応に制限がある)。セキュリティ面でも、スマートロックなどの用途では盗聴やリプレイ攻撃などを防ぐため、暗号化や認証の実装が重要であり、カギの解錠に使用するにはリスクが低いとは言えない方式と思います」と杉本氏。
ビーコンを用いたハンズフリーについても、「微弱とはいえ常に電波を発するため電力を消費するのはデメリット」だと指摘する。
こうしたBluetoothにまつわる課題をまとめて解消できるのが、NFCを活用する方法だ。外側にリーダー端末を設置する必要はあるが、電波干渉やアプリ起動&操作の手間、接続時に生じるタイムラグ、電力消費など、Bluetoothの抱える課題をクリアし、ICカードまたはスマホやスマートウォッチをかざして、スピーディーに解錠できる。すでにオフィスやホテルなどで多く採用されているしくみだ。
課題04 位置情報を用いたハンズフリー解錠は本当に使えるか?
スマートロックの中には、前述のようなビーコンやGPSによる位置情報を用いて、登録したスマホが近づくと自動的にカギが開く、ハンズフリー解錠を採用するものもある。ただし、この仕組みには課題も多い。
最大のネックはGPSの精度だ。使用するスマホによっても異なるが、一般に数メートルの誤差が生じると言われている。またGPSが受信できない屋内では、正しく機能しない。「集合住宅は多層なので、垂直方向の精度が低いGPSは階層の判断ができず、そもそも使えません」と杉本氏。
位置情報とビーコンを組み合わせてハンズフリー機能を実現しようとする場合でも、精度を保つには細かい調整が欠かせないという。
新技術UWBを用いることで、従来の課題をクリアしたハンズフリーを実現できると杉本氏
注目の新技術「UWB(Ultra-Wide Band)」とは?
未だ課題の多いBluetoothに代わって、今注目を集めている新技術が、アップルが『AirTag』に採用したことで注目を集めている「UWB(Ultra-Wide Band)」だ。
「Bluetoothやビーコンが一方向に発信するだけの使い方であるのに対し、UWBは双方向通信が柔軟に使えて、電力消費も抑えられます」と杉本氏。Bluetoothは前述のように電波が全方向に広がるので、距離の精度も低く、方向がわからない。
対してUWBでは、「方向や位置まではっきりわかります。電波干渉も受けづらいので、Bluetoothとは違い、メリットのある通信ができる」という。
『AirTag』のほか、BMWなど自動車のリモートキーにも採用されている「UWB」。三浦氏と杉本氏はこの新しい通信技術を、大崎電気工業(株)の最新スマートロック『OPELOⅡ』に搭載した。赤ちゃんを抱えていたり、荷物で手がふさがっていたりしても、スマホを取り出すことなくカギを開けられる、ハンズフリー解錠を実現している。
次回はUWBを採用する最新スマートロック『OPELOⅡ』について、詳しく解説する。
取材・文/太田百合子 撮影/小倉雄一郎