
大小400以上もある日本の離島のうち、最大の島が新潟県の佐渡。昨年、金山が世界文化遺産に登録され、注目されている。
豊かな自然に恵まれ稲作も盛んで、古くから日本酒が造られてきた。そんな佐渡で革新的な取り組みをしてきた酒蔵、尾畑酒造の五代目蔵元・尾畑留美子さんに、これからの地域活性化について話を聞いた。
【取材協力】
●尾畑酒造の五代目蔵元 尾畑留美子さん
新潟県⽣まれ。慶応義塾⼤学卒業後、⽇本ヘラルド映画(当時)に⼊社、宣伝を担当。95年尾畑酒造⼊社、2008年同社専務に。
廃校を利用した酒蔵「学校蔵」で注目を集める
佐渡でかつて金の採掘が盛んだったころ、金山周辺には5万人以上の人が住み、江戸時代末期には島内に200以上の酒蔵があったという。現在、佐渡で日本酒を造る蔵は5軒だが、そのひとつ、「真野鶴」醸造元・尾畑酒造は最近、国内外から注目されている。
廃校となった小学校を2つ目の酒造りの場として再生した「学校蔵」を2014年にスタート。
一般的な酒造りは冬場に行われるが、ここでは夏場に冬の環境を作って酒造りを行う。
酒造りに実際に携わることができる「一週間の酒造り体験プログラム」を実施し、毎年生徒を受け入れている。
これには海外からの参加者も多く、初回から10年以上を経て世界にコミュニティが広がっている。
2017年には、NTT東日本とコラボ。もろみの温度や麹室の温度と湿度の計測し、ロボコネクトが計測値を管理者へ伝えるとシステムで、酒造りのデータを可視化し蓄積。伝統的な酒造りと情報通信技術のコラボということで注目された。
さらに2023年には、東京大学の未来ビジョン研究センターと芝浦工業大学の地域共創基盤研究センターが、学校蔵内にサテライト研究室を開設。新たな協業や共創が期待されている。
脱酸素の取り組みからコミュニティとして循環
尾畑酒造・蔵元の尾畑留美子さんは、この春から東京大学工学部でライフサイクルシステム工学を学び始めた。
「学校蔵内に東大未来ビジョン研究センターのサテライト研究室が設置されて2年近くが経ち、今後より進化した研究を進めるために、週一回ですが専門分野の受講をスタートしました。資源利用効率や環境性能の解析に必要な方法論を学びます。
佐渡は物理的に制約もある離島ですから、以前からエネルギーについて考えていました。エネルギーも地産地消しないと地域は豊かにならない、できるだけ地元のエネルギーを使うべきだと。そこで、学校蔵では早くから太陽光パネルを導入し、酒造りに必要な電力はこれですべてまかなえるよう目指しています」
2022年に、佐渡市は環境省が募集する「脱炭素先行地域」に選定されている。
「まず、私たちの脱炭素での酒造りという日常が、魅力ある観光コンテンツという非日常につながっていきます。そして、これらが非常時の防災ともバックアップとして機能する。この3つの要素が自立自走のコミュニティとして循環していくことが大切だと考えています。
以前、佐渡の一部地域で長期間の停電が発生して、1週間電気のない生活を余儀なくされた方々がいました。その際、少しサポートさせていただき、防災について実感しました。
佐渡で起こることは全国どこで起きてもおかしくないし、離島でなくても陸の孤島的な場所もありますよね。佐渡での取り組みが他の地域でも役立つかもしれません」
資源もエネルギーもヒトも循環させる“サステナブル・ブリュワリー”
学校蔵では再生エネルギーだけでなく、生物多様性を促進する地域資源も取り入れている。
「佐渡は豊かな自然を擁していて、標高1000m以上の山もあれば、汽水湖もある。中心部の広大な国中平野をはじめ、ミネラルの豊富な水があり健康な稲が育ちます。
岩首地区の昇竜棚田など山間の地域での稲作は、重労働のため後継者不足です。そこで棚田の保全と支援のため、学校蔵では棚田米を用いた酒造りも行っています」
2022年には学校蔵の元職員室をリノベしたカフェもオープン。
「学校蔵で造る日本酒の原材料は、オール佐渡産です。学校蔵カフェでは、その酒造りの副産物である酒粕や麹を地元の食材と発酵メニューにしています。地元資源の活用だけでなく、フードロスの削減にもつながると考えています。
また、学校蔵では毎年6月に『学校蔵の特別授業』と銘打ったワークショップを開催しています。島外からも様々な方が参加され、人と人との出会いが小さな化学反応を起こすようです。酒造り体験プログラムの生徒さんも再訪してくれたり、人の循環も始まっています。資源もエネルギーもヒトも循環させる“サステナブル・ブリュワリー”として続けていきたいです」
トランプ政権で混沌とする世界情勢下での今後
近年、海外でも日本酒需要が伸び始めていたが、2025年、世界は混沌とした情勢だ。
「海外へは20か国近くに商品を輸出していて、アメリカが一番の市場ですから、関税問題は痛手ではあります。でも、かつての円高時代と比べるとさほど変わらないのではという人もいます。
最近、海外でSAKEを造りたいという人が多く、酒造り体験プログラムの卒業生のなかには本気で日本酒造りを考えている人もいるので、そうした人たちを応援しながら海外のネットワークは生かしていきたいですね。
ちなみに、新潟大学では2022年に大学院日本酒学コースを開設。ワインの醸造を学ぶ場として世界的に有名なフランスのボルドー大学やアメリカのカリフォルニア大学デービス校とも連携しています。世界情勢に左右されず、日本酒の魅力が広がっていくことを願っています」
<尾畑酒造>
https://www.obata-shuzo.com/home/
<学校蔵の特別授業2025>
https://www.obata-shuzo.com/home/gakkogura/gg_school_form2025.asp
取材・文/インディ藤田