
日本で最初の「地ビール」が登場したのが1995年。それから30周年を記念して、さる4月9日~13日の5日間、千葉県・幕張メッセで「ビアEXPO2025」が開催された。201の醸造所、40社の関連企業が参加した日本初のカンファレンス&展示会同時開催のビアフェスである。開催者のひとり、「日本クラフトビール業界団体連絡協議会」の藤原ヒロユキ氏と、事務局を務めたヤッホーブルーイングの森田正文氏に、その成果と、今感じているクラフトビールの課題などを聞いてみた。
2025年4月9日~13日に幕張メッセで開かれたビアEXPO2025。専用グラスもあり。
日本初! カンファレンス同時開催のワケ
ビアEXPO2025を開催したのは、「日本クラフトビール業界団体連絡協議会」(以下クラビ連)。2022年に「全国地ビール醸造者協議会(JBA)、日本地ビール協会(CBA)、日本ビアジャーナリスト協会(JBJA)の3つの団体が結束して発足したものだ。
参加醸造所201社は国内最大級だが、ビアEXPO2025は単なる大規模ビアフェスではなかった。最大の特徴はビアパブや飲食店、原料や機材のメーカーなども参加し、さまざまなカンファレンスと展示会が同時開催したことだ。
カンファレンスは4日間で40セミナーが開かれた。内容は「アロマとフレーバーを高めるドライホッピングテクニックガイド」「醸造設備の洗浄の重要性」「ラガースタイルの達人に聞く」など醸造技術に関するものや、「ブルワリーの知的財産を守る方法」「クラフトビールにおける物流と流通拡大への取り組み」「ECを効果的に事業成長に結びつけるには」など醸造所の経営・運営方法に関わるもの、さらに「飲食店ができる高品質のビール提供方法」「ビア・ペアリングの極意を伝授すぐに試せるペアリング講座」など、ビアパブや飲食店向けのセミナーも開かれた。
展示企業は醸造設備、モルトやホップなど原材料、水、食品、ビール容器や包装、流通企業など40 社が参加した。
これまでも醸造設備の食材や機材メーカーが出店、協賛するビアフェスは見られたが、これだけ包摂的にクラフトビール業界のB to Bを取り込んだイベントは国内初だ。
5日間で13,000人が来場したビアEXPO2025。週末は試飲し放題という、夢のようなビアフェスだった。
醸造所は900を超えた。今こそ底上げが必要だ!
主催者のクラビ連はどのような成果と手応えを感じているだろうか。
■藤原ヒロユキ氏
ビアジャーナリスト。イラストレーター。日本ビアジャーナリスト協会会長。地ビール時代から30年、クラフトビールの普及、啓蒙に尽力するビール伝道師。現在は京都でホップ栽培を行っている。近著に『BEER LOVER’S BOOK 一生ものの趣味になるビール入門』。
■森田正文氏
クラビ連事務局長。ヤッホーブルーイングの製造部門責任者。開発に携わったビールは90銘柄以上、国内外のビールコンペティションの審査員も務める。
藤原ヒロユキ氏(以下、藤原) 私は今回、カンファレンスが盛況だったことが大きな収穫だったと思います。以前から、醸造技術や経営についての質の高い情報提供が必要だと感じていたので、30周年の節目に実現できてよかった。
森田正文氏(以下、森田) カンファレンスと展示会の初の同時開催ということで、B to Bのチケットの売り上げが想定の300%を越えました。特に技術系は盛況でしたね。カンファレンスルームに140席、椅子を用意していたのですが、満席になって立ち見が出るほどでした。
藤原 裏返せば、こういう機会が不足しているということ。日本には醸造術をきちんと学べる学校がほとんどありません。だから醸造所を始めたい人や醸造者になりたい人は、実績のある醸造所に弟子入りして、修業してから独立することが多かった。しかしここ数年、そうした修業を経ずに醸造所を立ち上げる人が増えています。その人たちは業界内のネットワークも少ないから、技術的なことや運営的なことで悩んだときに誰に聞いたらいいのかわからない。そのニーズを汲み取れたことはよかったのですが、同時にそこに課題があります。
――どういうことでしょうか?
藤原 日本のクラフトビール醸造所は、この春、900か所を越えました。いいビールもたくさんあるし、そうでないものもあります。この質のばらつきが気になります。
どんな商品でもそうですが、消費者は商品グループの一番下の質で全体の印象を評価します。たとえば10本のクラフトビールを買ってきて、その中に2~3本、おいしくないものがあったら、クラフトビール全体にダメな評価をされてしまいます。今、日本のクラフトビールの状況はトップグループと、そこまで至らないグループの差が開いてきている、その意味で、全体のレベルの底上げが非常に重要です。
――昔の地ビールブームからの教訓のように聞こえます。
藤原 よく、地ビールは失敗だったと言われますが、その要因はまさに質のばらつきにありました。二の舞は絶対に踏みたくないですからね。
かつて一部の地ビールの「高い、まずい」が人気下落につながったと言われる。30年前から日本各地の地ビールを飲み応援してきた藤原氏だけに、その思いはことさら強いと感じた。
ビアEXPO2025では醸造所や飲食店、その他関連業界向けのカンファレンスが同時開催され大盛況だった。
日本はクラフトビール後進国? の危機感
現在、クラフトビールはどれくらい売れているのか。クラビ連が2024年に発表している国内のビール市場のデータを見てみよう。数字が令和4年度(2022年4月~2023年3月)と少々古いのは、国税庁のデータを使用するためである。
課税移出数量は、まず「ビール+発泡酒」市場では1.7%。次に「ビール+発泡酒+新ジャンル(第3のビール)」市場では0.96%。
醸造所数の激増ぶりと比べ、シェアの伸びが鈍い。その理由をどのように分析しているのか、聞いた。
藤原 10年前と比べて醸造所数が4倍くらいに増えているのだから、シェアは少なくとも2倍になっていてもいいと思うのですが、なっていません。それでも少しずつ上がり続けてはいるのですが、ただ、この状態を放っておくと、数年後には右肩下がりになると危惧しています。
単純な比較はできませんが、クラフトビールのシェアはアメリカでは20%近く、近隣の韓国、台湾、シンガポールなどは、日本よりクラフトビールを始めたのは遅いにもかかわらず日本より上です。平たく言うと、日本はクラフトビールの後進国になってしまっている。その認識が希薄であることが問題だと思います。
森田 大手のビールとの比較で、価格のハードルはもちろんあると思います。日本はここ30年、ほとんど物価が上がって来なかったので、相対的にクラフトビールの高さが目立ちます。
もうひとつ、日本特有のハードルとして、アルコール飲料の選択肢が多いことが挙げられます。何十年も前から缶チューハイをはじめ、おいしいRTDが揃っています。最近、アメリカでもハイボールやRTDの人気が高まる一方で、クラフトビールの出荷量が減っているのを見ると、日本はもともとタフな市場であると言えると思います。
なぜか頭が決まっているビールの価格破壊なるか
藤原 そもそも日本の大手がつくるビールがおいしい(笑) しかも、次々と工夫を凝らしたビールを投入してくる。それがあの値段で飲めるのですから、消費者としてはそれで十分、という。
――確かに、あの値段であのクオリティ。ある意味、幸せだと思いますが、その中でクラフトビールは何が強みになりますか?
藤原 ストーリーでしょうね。ビールを造る理由、その地域への思い、原材料へのこだわり。たとえば、京都・与謝野で育てているホップを使っている、すべて手摘みのホップを使っているビールがクラフトにはあります。なぜそれを使うのか。そこには何か理由があります。そうしたストーリーを伝えていくことがクラフトビールに求められ、またそれができるのがクラフトビール。ただし、ストーリーだけではダメ。醸造技術が伴い、ストーリーと両輪で回っていくことが大事です。
——それが高価格の価値になりますか?
藤原 もうひとつ、日本はなぜかビールだけ、価格の頭が決まっている。ワインやウイスキーの場合、「価格はモノによる」ことが理解されているのに、ビールに限って、だいたいいくらという価格設定が日本人の頭の中に棲みついています。数千円するビールはありますが、何万円もするビールはありません。
――なぜでしょうか。
藤原 ワインやウイスキーは何年熟成という時間軸があり、それが上限のない価値になっています。何年も熟成できるビールは少ないけれど、もっと高価格帯で売れるビールはたくさんあるはずです。日本人の頭に刷り込まれたビール価格を打破していくことも、これからの課題です。
森田 来年、ビール系飲料の酒税が一本化*され、みな同じスタートラインにつきます。大手には勝てないので、今後も適正な減税のために業界を挙げて取り組んでいきたいと思います。
*2026年10月に、ビール、発泡酒、第3のビールのいわゆるビール系の酒税が統一される。(350mlあたり54.25円)
「本当においしいビール」は宝探しだ
この十年で激増したクラフトビールだが、近所のスーパーや酒屋で買える銘柄は限られる。数多の中から自分好みのビールと出会うコツはあるのだろうか。
藤原 本当においしいビールに出会おうと思ったら、やはり数を打つことです。お店で迷ったら、ちょっと乱暴ですが、私は“ジャケ買い”でもいいと思います。
――ユニークなデザインが多いのもクラフトビールの楽しさです。
森田 実績あるビールコンペティションの受賞ビールは、いちおう目安になります。少なくともその年のものは。ただ、それが自分の好きなスタイルでないと元も子もないので。自分の好きなスタイルを知ることが、はじめの一歩です。
藤原 ビアパブに行くのもおすすめ。ビール用語を使う必要はなくて、黒っぽいのが好きとか、フルーティなのか好きとか、苦みが好きとか。好みをお店の人に伝える。銘柄で覚えているなら、それの何が好きなのか。香りが好きなのか、苦味がちょうどいいのか。ひと言、具体的に伝えればバーテンダーがちゃんと選んでくれます。そうやってグッドエクザンプルをいろいろ飲む中から自分のベストが見つかるんじゃないかな。クラフトビールはもともと多彩だから、好みを見つけるのは宝探しみたいなもの。はじめに宝のありかを聞いてしまうより、自分で探すのが楽しい。それがクラフトビールの楽しさだと思いますよ。
――なかなか見つからないもの楽しそうですね。今日はありがとうございました。
日本の地ビール解禁から30年、紆余曲折を経てクラフトビール醸造所は今900か所を越える。世界的なコンペティションで最優秀賞を受賞するビールが現れる一方で、ビール市場におけるシェアは伸び悩む。ビアEXPO2025で示された業界全体の底上げの取り組みが、今後も継続されることを願う。クラフトビールは宝探し。手間もお金も時間もかけて探したいという。
取材・文/佐藤恵菜