
情報はビジネスの成否を分ける大事な要素である。
だからこそビジネスパーソンは情報収集力を磨き、より多く、より高品質、より新しい情報をインプットしてきた。
しかし生成AIの登場で、従来の情報収集力(=インプット術)の価値が変わろうとしている。
AI時代において、私たちに求められる能力とは何だろうか。
生成AIの登場で、情報量の価値が変化
「生成AIの登場以前、以後でインプットの価値や意義が激変している」
そう語るのは電通のクリエーティブディレクターの嶋野裕介さんだ。趣味は新聞を読むことと研修に参加することと語る変わり者だ。
「今年2月、ChatGPTには『Deep Research』という超高度な情報収集ツールが追加されました。簡単に言うとAIが必要だと考える関連情報まで検索をして、その中から必要な情報を引っ張ってきてくれる機能。つまり私たちがこれまで行なってきた『検索』をすべて、これまで以上の精度と速度で行なってくれます。こうした機能が普及していくと単なる情報集めとしての“インプット“に意味は無くなってくるのは自明です」
情報の歴史を振り返ると、情報そのものに価値がある時代は長かった。
古くは1600年代の活版印刷から始まり、日本では1800年代の後半(江戸時代後期)に新聞が登場した。情報が乏しかった当時は生活者の身近な情報を扱う広告も人気だったと言う。
「1980~90年代にマーケティング活動が企業に普及することにより、情報の価値はますます高まりました。情報産業が今でも必要とされているのはそのためです。しかし、AIの情報の収集力、集約力が人間より優秀になる時代が来てしまいました。
これまでの情報を持っていることが強さの時代から、情報を判断できる感受性や判断力を持つことが大事な時代になると私は考えています」
洪水のように溢れる情報の波から「自分に必要な情報はどれか」「道徳的に正しさはあるか」などを見つけられる力こそが情報の感受性・判断力なのである。
インプットの変化はアウトプットの変化へ
インプットのゴールが「情報を増やすこと」から「情報を判断する力をつけること」へと変化するなら、私たちはどうすればいいのか。
「従来はインプット作業の内、情報を増やすこと自体にウェイトがありました。いまは、情報量の大切さは変わりませんがAIに任せることで情報のベースラインは構築できるようになりました。これまではインプットに費やしていた時間や労力が情報量:判断力を8:2ぐらいだったのが、これからは5:5、もしかしたら3:7ぐらいになるかもしれません」
そしてインプットの先にあるアウトプットにも変化が起こるかもしれない。
「私も今までなら1のアウトプットのために100のインプットが必要など話をしたと思います。しかしAI時代に必要なのはインプットの量よりも、質や視点です」
嶋野さんはAIで情報収集する際に、次の3つの視点が必要になってくるのではと考えている。
①社会視点
「検索結果と社会との接点を考え直す必要はまだあります。AIが端的にまとめた情報と今の時代や社会とマッチングしてるかは、私たちにしかわかりません。日頃から社会的にどうかと言う視点で物事を考えていきたいですね」
②歴史・他ジャンルの視点
「視点をずらす必要性です。一つ隣の業界から見たら、この情報はどのように捉えられるのか。そのジャンルの歴史的な流れはどうか。情報を判断するだけでなく、情報を集める段階から”視点のずらし”を入れていくことでより多角的なアウトプットにつながります」
③なんかイイorイヤ視点
「情報には理屈は正しいけど何かイヤ、気持ち悪いということがあります。そのままアウトプットしてしまうと、相手に不快な感情を与えてしまう。日頃からSNSなどで人間の感情の本音に触れていることで、その感性を養っておくことも大切かと思います」
誰でも平均点を出せるからこそ、その先の競争が激しくなる
生成AIが一番得意としていのは「平均点」を出すことだ。その特性を理解して次のステップを見据えることが、AI時代のインプットなのである。
「自分が不得意としているジャンルでも平均点を出してくれる点を見れば、AIは強い味方です。しかし、自分が得意としているジャンルで誰でも平均点を出されてしまう点を鑑みればAIは脅威になるでしょう。
自身の業界や得意ジャンルでは『誰でも出せる平均点』より『自分にしか出せない高得点や独創性』が求められる。ましてや平均点より下回ってしまうわけにはないかない。
古来よりビジネスシーンでは『セレンディピティ』(=偶然の産物)が、ビジネスの可能性を広げるカギとして期待されています。AI時代のインプットでも日頃から年齢や性別が異なったメンバーとリサーチすることや検索ワードに普段と違う単語を組み合わせてみることで変革を狙えるかもしれません」
嶋野さんは過去に社内研修で面白い発見があったという。
「参加者のSNSを交換してぞれぞれのタイムラインを見てみましょうという試みをしたことがあるんです。すると、同じテーマでもびっくりするくらいに違う意見が流れているんです。つまり人によって多数派に感じる意見が違うんです。
これはいわゆる『エコーチェンバー対策』で行なった研修だったのですが、SNSのアルゴリズムが高度化したことによって多様な意見を収集するには自分からアクションを起こさないといけないということ。
これもAI時代の情報収集テクニックのひとつかもしれませんね」
ChatGPTが大きな話題になり「生成AI元年」と呼ばれた2023年から2年。様々なAIツールの登場や私たちユーザーリテラシーの向上により日々AIは身近なものになりつつある。生成AIの能力へ懐疑的になる時代はまもなく終わるかもしれない。
今回、教えてくれたプロはこの方
嶋野裕介さん
株式会社 電通
zero クリエイティブディレクター/PRディレクター
東京大学卒業後、電通に入社。マーケティング局、営業局、シンガポール勤務などを経て、転局試験でクリエーティブ局へ。サントリー、トヨタ、ソフトバンク、森永乳業、青森県などのクリエイティブワークを制作。国内外のアワードの審査員を務める。著書「なぜウチより、あの店が知られているのか?- ちいさなお店のブランド学 -」
取材・文/峯亮佑