
2021年に誕生した「アースアンドユー(Earth∞You)」はワイン用ブドウの副産物から生まれたエシカルコスメブランド。大手酒類メーカーに勤務する北林健さんが副業としてスタートし、北林さんの妻であり、酒類業界で働く鈴木更紗さんと二人三脚で商品開発を進めてきた。今回はコスメ開発に興味を抱いたきっかけや副業を始めてみて感じたことなど、起業の裏側にあるストーリーを北林さんに伺った。
当初は社内の新規事業として準備をスタート
――北林さんは新卒でキリンビールに入社し、酒類の商品開発やマーケティングをはじめ、さまざまな事業に携わってきたそうですね。それとは別に、ご自身でエシカルコスメブランド「アースアンドユー」を立ち上げるに至ったきっかけを教えてください。
北林 起案し、事業開発を始めたのが2018年なのですが、実は、最初は社内プロジェクトとしてスタートしたんです。当時、社会課題の解決と経済的価値の両立を目指すCSV戦略を推進する部署に所属していたのですが、部内から「CSV戦略を実現できる事業をまずは自分たちが立ち上げて、成功させることが大事なのではないか」という意見が出まして。そこで、新規事業案をみんなで100個くらい出したところ、ひとつだけ進んだのが、僕が出したスキンケアの事業だったんです。
――当初から、ワイン用ブドウの副産物をスキンケアに有効活用するというアイデアがあったのでしょうか。
北林 そうですね。グループ会社にワインの製造販売を専門に行っているメルシャンがあることもあり、ブドウの未利用部分を活用して、人々の美容や健康、環境保護、地域経済の活性化など、さまざまなメリットを生み出せないかと考えました。具体的には、ワイン用ブドウの栽培や、ワインの醸造の過程で生じる副産物から、ポリフェノールの一種であるレスベラトロールという成分を抽出するというものです。
――レスベラトロールといえば、抗酸化作用が強いうえに抗炎症作用(=肌あれ予防)や潤い、弾力を保つ作用(=シワやたるみの予防)、さらには美白(=シミの予防)などの効果があるといわれている成分ですね。それを活用して、スキンケア製品を作ろうと。
北林 もともとキリンビールではレスベラトロールの飲用に関する研究を長く行っていましたが、美容に対してもひとつの成分で幅広いニーズに応えられる高い能力があるという話を聞き、この成分に着目しました。ただ、スキンケア製品として納得のいく効果を実現するには、レスベラトロールを高濃度に抽出する必要があるんです。その方法を模索していたタイミングで、社内の別事業との兼ね合いでプロジェクトそのものが頓挫してしまって。
コスメのもつポジティブな力に惹かれて
――なんと……それは悔しかったでしょうね。
北林 思いっきりやさぐれましたね(笑)。僕はもともとコスメのマーケティングをやりたくて、大学時代の就職活動も化粧品業界と迷っていたんですよ。実際、スキンケアやヘアケアの商材を扱う消費財メーカーからも内定をもらっていたんですが、悩んだ結果、新卒で入るなら幅広い経験ができるほうがいいかなと思ってキリンビールを選ばせていただいたという経緯がありました。
なぜコスメに携わりたかったのかというと、人を笑顔にする仕事がしたかったから。誰かの役に立つ仕事は世の中にたくさんありますけど、コスメにはなにげない日常が豊かになる、自分に自信をもてるようになるといったポジティブな力がある。そこに魅力を感じていました。お酒にも同じような面があって、そこが好きなんです。
そんなわけで、若い頃に抱いていた夢をようやく叶えようとしていた僕としては、プロジェクトが頓挫してからはずっと心のどこかでモヤモヤしていたんですが、それから半年後、副業が社内で解禁されることになったんです。
――それで、頓挫したプロジェクトの続きにご自身の力で挑むことにしたんですね。
北林 妻の更紗に相談して、思いきってチャレンジしてみよう、と。会社に許可をもらったうえで、かつて一緒にプロジェクトを担当していたチームメンバーたちにも「副業としてイチからやり直したい」と伝えたところ、ありがたいことに背中を押してもらいました。プロジェクトが進んでいた間に得た知識や人のツテも活かせることになったので、ゼロからの起業と比べると有利だったかと思います。悔しい思いもしたけれど、すべてはつながっていて、全部が準備であり、無駄なことはひとつもないのだと実感しましたね。
――あえて化粧品業界に進まず、酒類・飲料業界を選んだことに対しても、意義を感じていますか。
北林 あのとき化粧品業界に進んでいたら、今頃はよくも悪くも“普通”のモノづくりをしていたかもしれません。キリンビールに入社して初めて担当したのがアグリバイオ事業で、花農家さんのご自宅に泊めていただいたりしながら、農業とそこに真摯に取り組む人たちの心に向き合いました。また、お酒の新商品開発を通して、自分は味や香りの微差に敏感なタイプなのだということにも気づけました。マーケティングに携わったときは、本物のモノづくりのよさを世の中のニーズを汲みながらどのように価値化して伝えていくのか、そこに自分の出番がありそうだな、と感じることができましたし。いろんな経験がすべて糧になっていると感じています。
手触り感のあるビジネスはヘルシーだと思う
――副業を始めてみて、考え方にどんな変化がありましたか。
北林 大企業のルールの中で生きるのと、起業して自分がルールを作るのとでは、気持ちの面は大きく違いますね。どちらがいい悪いということではないのですが、僕はふと思いついたアイデアを「やりたい!」と純粋に思ってしまうタイプなので、起業のほうが合っているんだなと副業を始めてから気づきました。
大企業は企画が実現するまでにいくつものフィルターがあって、そこを突破していくことも醍醐味のひとつかもしれません。ただ、僕の場合は起業のほうがのびのびやれるし、不安よりもその喜びのほうが断然大きいです。
妻の更紗がよく言うのは、「今の自分たちのビジネスには手触り感がある」ということ。二人きりのスモールビジネスで、商品を使ってくれているお客さんの顔が見えるというのは、僕自身の根源にある「人を笑顔にするものを生み出したい」という仕事観にマッチしているし、「手触り感のあるビジネスってヘルシーな感じがするね」とよく話しています。
取材・文/志村香織 撮影/横田紋子