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大学院で今までの20年を棚卸し、楽しみながら社会貢献できるわさびの普及活動に転身

2025.05.01

外資系企業で役員を務めるなか、他の人が大学で学んでいるような当たり前のことを知らないから“なんとかしたい”と感じた金子美愛さん(60才)は、経営全般を体系的に学べる経営大学院に入学します。学びを経て、楽しみながら社会貢献できるテーマに邁進することになったいきさつを伺いました。
※年齢などは取材当時

30代後半で外資系企業に入社後、1年で管理職に

「キャリアウーマン志向でしっかり仕事したいと思っていたわけではなくて、実は小さい頃から“夢見る夢子”だったんです」

金子美愛さんは1963年生まれの60才、宮崎県出身。大学卒業後、外資系ホテルに勤務します。その後、30代半ばで外資系の生命保険会社に転職しました。外資系企業で役員とは、さぞや厳しい競争を勝ち抜いたのではとたずねると、たまたまのご縁なのだとのお答え。

「私が入社したのは、生命保険会社がばたばたと破綻をしたあと、顧客対応が見直された時期でした。私はホテルで働いていたから、カスタマーサービスセンターや契約者からの問い合わせなどの分野ができるだろうと採用されて。たまたまのご縁だったんです」

金子さんは、入社して半年で正社員に、たった1年で管理職になります。

「それもたまたまなんです。当時の保険会社は、サービスのマニュアルもない状態。顧客から問い合わせを受けた社員も、たくさんの商品の全部を知っているわけではありません。私はもちろん知識がない。だからベテラン社員に聞いて資料を作って、自分のユニットにフィードバックしました。他のユニットからも、資料がほしい、研修をやってほしいと言われるようになって。そんなことをしているうち、正社員に登用されました。さらには女性の管理職がいないからと推薦してもらえたんです」

管理職になった金子さんは、勉強して何か強みを持たなくてはと思いました。名ばかり管理職で戦力にならないのは嫌だと、コーチングの勉強をし、社会保険労務士の資格を取ったりもしたといいます。

建設的な議論ができるスキルを身に付けたい

金子さんが、機会をとらえては学び続けてきたのには、理由がありました。

「実は、私は大学の専攻が芸術系で、経営とか経済じゃないんです。今振り返ってみると、コンプレックスがあったんでしょうね。自分は他の人が大学で学んでいるような当たり前のことを知らないから“なんとかしたい”というのが、ひとつのエネルギーにもなっていたと思います」

執行役員になった金子さんは、さらに“なんとかしたい”と思うことになりました。

「それまでは自分の担当分野について、法律にしても課題や対応策にしても、分かっていました。ところが執行役員になって、担当もふえると、部下のほうが詳しかったりする。それから執行役員会議で、財務とかリスク管理とか全然知らない話が出て、私は『ホー!そうなんだ』って聞いているだけ。ちゃんと建設的な議論ができるスキルを身に付けなくてはと思ったわけです。

男性の執行役員たちには、若い時期に大学院を卒業している人も結構いましたね。アメリカだと、企業のほとんどの役員が修士を持っています。日本でも外資系は大学院卒が多いように思います。

その上、男性はジェネラリストとして、経理畑からなにから各部門を回っていることが多いけど、こちらはそうではない。だからなんとかしたいと思いました。私、負けず嫌いなところがあるんです。いただくもの以上のアウトプットをしたがりなんですね」

女性として初めて法曹界で活躍したNHK連続テレビ小説「虎に翼」の主人公・寅子と同じように、金子さんは男性ばかりの外資系保険会社で、困難に立ち向かい続けていきます。

なんとかさらにスキルアップをしたいと思っている金子さんの前に現れたのが、経営大学院。それまでは、パーツパーツで学んできたけれど、経営大学院は経営全般が体系的に学べるのが魅力だったといいます。

入試準備は3か月。学費285万円は有益な投資だと自分を説得

「法政大学院を選んだのは、学生の年齢層が比較的高いし、経営者や会社役員のかたが多いようだったから。先輩や同級生から学べるものも大きいんじゃないかと思ったんです。結果的にそれは正解でした」

準備は試験前の約3か月。小論文対策として、日経新聞の社説を原稿用紙1枚に要約し、経営やマーケティングでよく使われるイノベーション、ゲーム理論、レピュテーション、人的資源管理などといった用語も整理したといいます。

法政大学経営大学院の授業料は2年間で259万4000円。入学金が27万円で1年の授業料と教育充実費が116万円×2年間です。

「教育訓練給付金で何割か戻ってくるとはいえ、高いとは思いました。ただ、海外でMBAを取得したりするのに比べれば、払えない金額ではありません。もしも毎週ゴルフに行ったりすれば使ってしまう金額です。そう考えれば有益な投資だと自分を説得しました。夫には学費の額は内緒にしていましたが(笑)」

金子さんが入学したのは、新型コロナ禍が始まる前年の2019年でした。

「1年目は対面の授業があって、2年目はコロナでオンラインになってしまいました。1年目の前期は平日週3回。夜仕事が終わって、6時ぐらいから10時ぐらいまで。90分が2コマ、セットになっているんです。土曜日は午前・午後。2コマ2コマ。もう疲労困憊で、後期は調整しました。日曜日だけは休めるけど、レポートなどもありますから。

卒業してから、大学院にもう1回行っているかたがいますけど、私はもうあんなことは無理だと思いますねえ。

レポートは、すきま時間を使っていました。朝は5時から夫が起きてくるまでの1時間。お昼は、12時から1時まで。自分の執務室があったので、簡単に作ったお弁当とかコンビニのサラダとかを食べながら一所懸命書いていました。蓄積もあるから、学生時代よりは楽だったかもしれません。

修士論文は、楽しく書けそうな「わさび」に方向転換

金子さんの、修士論文のテーマは突然の「わさび」。

「はじめは、なにを書きたいかというより、どれなら書けるかと考えていました。他に書けそうなものがなくて、いろんな企業の女性活躍推進の取り組みを分析するぐらいしかできないのかなと。

ところが、ある時、ゼミで担当教授が『だれかわさび、研究する人いない?』とおっしゃったんです。『なんでわさびなんですか?』ってうかがったら、『実は、岐阜大学の植物学者と研究しているんだけど。わさびを食べる文化を作らないと途絶えちゃう危機的な状況で。毎年、誰かやらないって聞いてるんだよね』というお話でした。

私は、実家の山にもわさびがあって、昔から好きだったので、あれって思ったんです。やる人がいないなら私がやるしかないでしょって、まったくロジカルではない選択です。

うちの猫にわさびという名前をつけていたぐらい、わさび好きだったから、だけなんです。同級生には『金子さん、あの話に乗せられちゃったの?』って、びっくりされました。

「ちっともツンとしてないんですけど」という愛猫のわさびちゃん14才

若者を中心にわさび離れが進んでいること、生産量が減っている上、温暖化で作りにくくなっていること……状況を調べた末に、金子さんはわさびの研究を自分がすると手を挙げました。

「女性活躍推進のほうは、私が論文に書かなくても国や企業が取り組んでいるけど、わさびはそうではない。会社にお金を出してもらって大学院に行ったわけではないので、修士論文のテーマを報告する義務はないわけですし。『わさびのほうが楽しく書けるかも』って思っちゃったんです。それは半分間違いだったんですが……」

書きはじめたら、苦労の連続。法政の修士論文は「プロジェクト」と呼ばれていて、ただ分析するのではなく、ビジネスモデル化しなくてはなりません。しかし金子さんは生産現場も物流もわからないところからの出発でした。

「12月の中間発表で、大手スーパーと提携するという解決策を提示したんですが、先生がたから、コテンパンに言われました。こんな提案じゃスーパーに失礼だよ。現実性も新規性もない、と。コテンパンの末、教授のおひとりが、インターネットで売ってみたらその結果から書けることが出てくるのではないかと言ってくださったんです。それで年末年始は、大変でした。

わさびとローストビーフを組み合わせた商品を作ってECサイトに出して。Facebookで広告も打って。売れたのは10件ぐらいだけでしたけど、発送もしました。結果的に、広告を見た人がページに行く割合をあらわす遷移率によって、一定数の人がわさびに対して興味があるということが、数値で実証できたんです。

中間発表があまりにもひどかったので『あそこからよくここまでやりあげた』と、優秀プロジェクト賞をいただけたんだと思います」

優秀プロジェクト賞受賞者には、企業の経営者たちにプレゼンする機会が与えられました。金子さんのプランは、社長たちに評判がよく、実現したらいいという話になっていきました。

自分が楽しく、世の中に貢献できる仕事を求めて退職

「会社員とは、会社の決めた目標を自分事として楽しみを見つけていくものだと思うのですが。大学院を終えたあたりで、そのサイクルから卒業したくなってきました。自分が楽しくてしかも世の中に貢献できるような仕事をしたいから、やめようかなって思ったんです。

わさびにはやることがいっぱいある。普及活動もECサイトを作ることもしなくてはならないですし。

夫にも母にもすごく反対されました。なんでやめるんだってさんざん言われましたけど、退社を決めました。経済的にはしばらくなんとかなるだろうと思いましたし」

会社をやめて、気分が軽くなったといいます。「金子さんはいつも元気ですね」と言われるとのこと。

「会社にいるときは、常に『こうしなければならない』というのがありました。自分で勝手に枠を作って、そこにはまろうとしていたのかもしれないけど。今思うと、会社の人間関係は表面的なつながりになることが多かった。退社後は、そうでないつながりが増えて、精神衛生上いいし、収入は大幅に減ったけど豊かだなと思います」

本当のわさびの味を!「日本わさび協会」を立ち上げ

金子さんは2021年、一般社団法人日本わさび協会を立ち上げました。マルシェや県のアンテナショップで販売したりして、本当のわさびの味を知ってもらおうとしています。力をいれているのが親子向けの体験教室。2024年の夏休みには、千代田区と港区で開催しました。わさび作りに湧き水や豊かな森が必要なことを学び、わさびを調理して食べてみる。西伊豆で森や湧き水・わさび田をみてからの郷土料理体験も提供しました。

上の写真は、ねぎま鍋で有名な「旬菜鮪処 英」(文京区根津)で5月に行った「鮪に本わさびと日本酒を愉しむ会」。

法政大学院の先輩である農産物プロデューサー・フードデザイナーの新田美砂子さんが「金子さんが飲食店ともつながるといい」といって紹介し、手伝ってくれています。

刺身やまぐろステーキとあわせて、わさび4種類の食べ比べ、ねぎま鍋、日本酒4種類&わさびのお土産もついたイベントを、おいしいもの好きたちが堪能。ぜひ次回開催をとの声が上がっているそうです。

「加工品のチューブわさびは、ホースラディッシュやわさびでも先の細くて辛いところを使ったうえで、塩・砂糖・油脂などを加えて作られた調味料。わさびとは別物なんです。ほんもののわさびは、そんなに辛くない。学生や大人も、ほんもののわさびを食べてもらうと、おいしいといいます。始めは辛いだろうと怖がっていた子どもたちも食べていくうちに『もっとないの?』っていってくれるんですよ。

私がよくやっているのは、わさびご飯。ご飯の上に鰹節のいいのをたくさんのせて、おしょうゆをちょっとたらして、その上にすりおろしたわさびをのせて一緒にかきまぜて食べるんです。そうするとおいしいねーってことになります。アイスクリームにわさびをのせて食べたり、お肉とかポテトサラダにわさびを添えて食べたりすると、油分が辛みを包み込んで風味だけが残るので、わさびのおいしさ自体を体感できます」

記者もわさびを買ってみました。お刺身はもちろん、あなごの白焼き・ざるそば・豚肉のソテーなどがぐっと贅沢に。金子さんから、キッチンペーパーに包んだ上で鮮度保持袋かジップロックのような袋に入れておいたら1か月以上もつと聞いていた通り。2週間以上、何度も楽しめて、1本1400円の元はしっかり取れました。わさびご飯、おすすめです!

大学院に行ったからこそ夢がかなった

「大学院でやりたいことを見つけて退社したけど、企業で身につけたことが、わさびの仕事にもすごく役に立った。プロジェクトマネジメントとか工程管理とか。今までやってきた20年が、大学院で棚卸しできた感じです。ここは得意だとか、ここは得意じゃないから誰かの力を借りればいいとか整理できた。大学院に行ったからこそ今があると思います」

金子さんの、少女時代に夢見る夢子さんだった素地が、会社員時代と50代での学びを経て、表に出てきたということのようです。

「わさびの未来を夢見る夢子なんです。長いこと私の奥にあった、楽しいことがしたいという夢がかなった感じです」

■金子美愛さんが運営する「日本わさび協会

取材・文/新田由紀子

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