
監視社会化するオフィス、Z世代の反発と適応
パンデミック以降、アメリカの職場では、従業員の生産性を監視するためのデジタルツール、いわゆる「ボスウェア(bossware)」の導入が急速に進んでいる。従業員のキーストロークやメールのやり取り、カメラの映像までを追跡可能な監視ソフトが、ハイブリッド勤務やリモートワークの拡大に伴い、多くの企業で常態化しつつある。
Wired誌によれば、2025年までに大手企業の約70%が何らかの形で従業員を監視しているとの見通しがある。こうしたツールは、特に若手社員、なかでもZ世代に対して大きな心理的影響を及ぼしている。プライバシーの侵害であると捉える人もいれば、実際に生産性やパフォーマンスと直接関係のない作業のデータのみで解雇されることなどを理不尽に感じる人もいる。
■監視が生む「見せかけの生産性」とは?
本来、Z世代はデジタルネイティブであると同時に、職場における透明性や心理的安全性を強く重視する傾向がある。The Guardianの2025年4月の記事(出典)でも指摘されているように、2020年のパンデミック以前に主流になりつつあった比較的自由な職場文化に代わって、パンデミック以降徐々に増しつつある監視体制が強化される動きに対し、Z世代の多くが反発や適応の兆しを見せているという。
過剰な監視はかえって従業員の生産性を低下させる可能性があるという研究結果もある。従業員が「見せかけの生産性(productivity theater)」に時間を費やすようになること、つまり意味のないタスクに注力し、上司に対して「働いているふり」をすることにエネルギーが費やされることが問題なのだ。Z世代は、報酬だけでなく自己実現やメンタルヘルス、ワークライフバランスの実現などライフスタイルと相性の良い柔軟性を重視する世代でもあるため、このような監視体制は彼らの価値観と真正面から衝突することになりかねない。
一方で、Z世代は単に受け身でこの状況に直面しているわけではない。近年注目されているのが、「タスクマスキング(task masking)」と呼ばれる現象である。これは、パソコンを抱えて社内を歩き回る、キーボードをわざと大きな音で叩くなど、「忙しく見える」行動を取りつつ、実際にはタスクの進捗とは関係のない時間を過ごすという、新たなサバイバル術である。
この行動は、Z世代なりの自己防衛策であり、過剰な管理に対して皮肉を込め、SNS上で一種のミームとして投稿することで共感を集めることもできる、一種の抵抗でもある。同時に、企業文化、労働文化の変化が必要であるということを示すサインとも言えるだろう。若年層の離職率の高さ、労働環境への不満、そして例えば「静かな退職(quiet quitting)」のような「アンチ労働」のトレンドの広がりも、こうした職場環境の変化に根ざしている。
■優秀な若手人材を惹きつける要素は「監視技術」ではない
企業が今後も優秀な若手人材を惹きつけ、維持していくためには、単に監視技術を導入するのではなく、透明性と信頼に基づいたマネジメントを目指す必要があるだろう。たとえば、明確なタイムマネジメント制度や目標ベースの評価体制の導入により、監視に頼らない形で業績と成果を可視化する手法が求められている。
デジタル時代の職場においては、「監視」か「自由」かという二項対立ではなく、両者のバランスをどう設計するかが問われている。特にZ世代が中心となるこれからの職場では、「働くとは何か」という本質的な価値観そのものが大きく変わりつつある。テクノロジーも進化する一方であるが、企業がその双方の変化を理解し、共に未来を築く姿勢を見せられるかが、今後の人材戦略の鍵となるだろう。
文/竹田ダニエル
1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行ない、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌『群像』での連載をまとめた初の著書『世界と私のAto Z』(講談社)を上梓。そのほか、多くのメディアで執筆している。
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