
■連載/ヒット商品開発秘話
暖かくなり汗ばむ季節になると用意しておきたいのが汗拭きシート。汗が原因の肌のベタつきや不快感を軽減するのに欠かせないが、汗を乾かし続けることで長時間快適さが持続するとして好評なのが、花王の『ビオレZeroシート』である。
2024年3月に発売された『ビオレZeroシート』は、水分たっぷりのシートで拭いた瞬間、肌がサラサラになるのが特徴。汗を乾かし続ける高蒸散パウダーの配合によりヴェールのように包み込む持続型パウダーヴェールが肌に形成され、拭いた後の肌のサラサラ感が長時間持続する。発売から1年間で最初に発売した5アイテム(やさしいせっけんの香り、可憐なフローラルの香り、無香性、クール さわやかなせっけんの香り、クール 無香性)の累計出荷数が870万個に達した。
2024年3月に発売された『ビオレZeroシート』。吹いて汗を拭った瞬間、高蒸散パウダーが肌上に広がり持続型パウダーヴェールを形成。肌触りはサラサラしていながら汗を乾かし続ける。左から無香性、やさしいせっけんの香り、可憐なフローラルの香り、クール 無香性、クール さわやかなせっけんの香り
湿度・温度ストレスからの解放
『ビオレ』は“Clean & Protection”という考え方に基づき環境ストレスに対応している。Cleanはメイク落としや洗顔料、ボディウォッシュなど肌を洗浄するアイテムを通じて肌本来の機能を高めることだが、肌本来の機能を高めるだけでは環境ストレスの外的要因にまでは対応できないことが増加。肌にアウターバリア機能をまとうProtection志向の商品開発の強化を模索するようになった。こうした流れから2021年に『ビオレZeroシート』が企画された。
開発にあたり着眼したのが、汗や汗のベタつきによる不快感である湿度・温度ストレスだった。『ビオレ』のブランドマネジャーであるスキンケア事業部の小林達郎氏は次のように話す。
「湿度・温度ストレス社会をどうにかして変えていきたい、肌を通じてストレス社会から生活者を解放していきたいという想いから、肌の上に快適をまとうアウタースキン発想のスキンプロテクションを提供する『ビオレZero』を新シリーズとして立ち上げることにしました」
『ビオレZero』は『ビオレZeroシート』のほか、『ビオレZeroお風呂で使う汗ケアローション』などをラインアップしている。
スキンプロテクションという発想は、日本の夏の暑さが厳しくなったことに加え、コロナ禍を境にして生活者のペインポイント(生活者がお金を払ってでも解決したいと考えている悩みなど)が「脇の臭い」から「汗による全身のベタつきや不快」にシフトしたと判断したことがあった。外出先で使う汗拭きシートをコロナ禍真っただ中に企画したのは、人流が回復したアフターコロナ社会を見据えてのことだった。
パウダーはシートに固定され拭いた瞬間に解除
シートに含まれている高蒸散パウダーは、不快感の元になる塩分や皮脂を吸着し汗を乾きやすく改質。肌上にできた持続型パウダーヴェールに乾きやすくなった汗が広がることで汗が速く乾き、サラサラ感が持続するというわけである。開発担当者の実感レベルだが、持続型パウダーヴェールのサラサラ感は3時間程度持続する。
高蒸散パウダーは、汗のベタつきは汗に含まれている塩分や皮脂だけではなく水分そのものも原因になっていることが解明されたことに基づいて開発されたもの。夏の暑さが厳しくなった2010年代後半から研究開発が加速していった。
汗を素早く乾かすという観点から高蒸散パウダーは多孔質体とした。塩分や皮脂を吸着できるパウダーを選び、さらに多孔質体にすることで、多孔質の広い表面積を使って汗がべたつかず乾きやすい性質に変える。高蒸散パウダーにより肌上につくられるヴェールは肌の表面に広がる汗を速く乾かす
高蒸散パウダーは水分に溶ける性質のものではないが、機能を安定して発揮するためにはシート全体に満遍なく分散している必要がある。小林氏によれば、汗拭きシートにパウダーが含まれているとパウダーが沈んでしまうので、一番下にあるシートにパウダーが集まってしまう。何も対策をしなければ一番下のシートと中ほどのシートではパウダーの含有度合いが異なり、機能を安定して発揮できないことになる。
「この課題を解決するのは難しいことでした」と明かす小林氏。液の成分の種類やシートに使われる不織布の種類で検討を重ねたことに加え、シート1枚1枚にパウダーを均一に固定させつつ拭き取ると固定が解除されて肌にパウダーが転写される技術を新たに開発して解決を図った。
2024年だけで50万人以上が体験
社内では『ビオレZeroシート』について、使うと誰もが驚き、肌がサラサラになる点を評価。使えば驚かれることに自信を深めた同社は、広告投資もさることながら驚き体験を起点にしたマーケティング活動を徹底的に展開することにした。流通向け説明会でも、資料を使って説明するより使ってもらうことに時間を使ったほどだ。
汗拭きシートでは珍しいが、一部の店舗では実験的にテスターを設置。来店客に気軽に体験してもらえる点が好評だったことや、使い終わったシートの後始末や無くなった後の補充といった課題の解決法が見えたことから、2025年は全国3000店舗にテスター設置店舗を拡大することを始めた。
ごく一部の店舗に設置されたテスター付き陳列台。商品の左側にテスターと使用済みシートを捨てるゴミ箱がある。写真はテスターのフタを閉じた状態
メディアやインフルエンサー向けの発表会も同様に体験を重視。発表会で商品を紹介する際、会場の一角に体験できる場を設けた。実際に使い驚いたことや実感をメディアやSNSで紹介してもらうことにつなげた。
一番こだわったのは生活者向けの体験イベント。渋谷スクランブルスクエアや@cosmeOSAKAなど全国10か所以上の会場で体験とサンプリングを実施した。2024年だけで50万人以上の人たちに体験してもらうことができた。
大阪の@cosmeOSAKAで2024年4月17日から期間限定で開催されたポップアップイベントの様子
「ある意味非効率なのですが、イベントなどで使っていただいた時の驚きはSNSで広がっていきます」と小林氏。1枚当たりの単価がこれまでの汗拭きシートの約2倍することから価格なりの価値を認めてもらえるかどうかが懸念されたところだったが、体験を重視したマーケティング活動が奏功し懸念を払拭した。
もうひとつマーケティング活動で特徴的なのが、9月以降も実施したこと。汗拭きシートのマーケティング活動は例年、8月のお盆が明けた頃には終わるが、日本の夏が猛暑になっただけではなく長引くようになったことを受けて、あえて9月以降も実施した。渋谷スクランブルスクエアでの体験イベントも9月に実施している。
9月にもマーケティング活動が展開できたのは、メントールを使っていない商品仕様も一因になった。「とにかく冷たい感覚を与えるだけではなく、ちょっと汗ばむ時期にも快適さを提供することができます。日常のちょっとした汗、ベタつきの不快感にまで対応した商品ですので、4月から9月、10月まできちんとマーケティング活動を継続していくことにしました」と小林氏は明かす。
外で手軽に使うことに特化するために採用されたウェーブ模様
『ビオレZeroシート』の発売に伴い、『ビオレ』ブランドから発売になっていた汗拭きシートは『ビオレZero』に集約される流れとなった。2023年2月に発売された『ビオレZ するり肌感シート』が『ビオレZeroシート化粧水成分in』として主要5アイテムと同時に発売。1999年に発売された『ビオレ さらさらパウダーシート』も『ビオレZero』に集約されることになり、2025年2月に装いも新たに『ビオレZero さらさらパウダーシート』として発売された。
『ビオレZeroシート化粧水成分in』。元は2023年2月に発売された『ビオレZ するり肌感シート』で、ヒヤッと感じるメントールやエタノールを配合しておらず季節を問わず使える
2025年2月に発売された『ビオレZero さらさらパウダーシート』。1999年に発売された『ビオレ さらさらパウダーシート』の名称を変えたほか高蒸散パウダーを配合するなどリニューアルして『ビオレZeroシート』と同様の機能を持たせた
『ビオレZero さらさらパウダーシート』は大判サイズの『ビオレZeroシート』と異なり小判サイズで携帯性に優れている。単にブランド名称を変更しただけではなく、商品自体もリニューアルした。
最大の変更点は高蒸散パウダーを採用し『ビオレZeroシート』と同じ機能を持たせたこと。たっぷりの水分で汗を拭き取れるようにするため弱くて破れやすいところがあったシートの材質を見直し、丈夫で強いものに変更した。
シートのサイズ以外で異なるのが、シート全体に凹凸ができるウェーブ模様をつけたところ。外で手軽に使うことに特化するために採用したもので、サッと拭き取るだけで汗のベタつきが拭えるとともに、サラサラとした持続型パウダーヴェールを肌に形成することを可能にした。
大判サイズの『ビオレZeroシート』と小判サイズでウエーブ模様が入った『ビオレZero さらさらパウダーシート』を並べたところ。大判は230×200mmで小判は150×100mmなので、大きさの違いは一目瞭然
また、この4月に新たな香り『ビオレZeroシート スパイスマジック』を数量限定で発売。来る夏に向け、新たな香りに対する強いニーズに応えることにした。
2025年4月に数量限定発売された『ビオレZeroシート スパイスマジック』。スパイスマジックの香りは、はじける果実と華やかなフローラルの香りに太陽のきらめきをひとつまみしたイメージでつくった
取材からわかった『ビオレZeroシート』のヒット要因3
1.社会的なニーズに対応
汗のベタつきや不快感は生活者にとって苦痛の種。汗を拭った瞬間、肌上に形成されるパウダーヴェールで汗を乾かし続けることで、湿度・温度ストレスから解放する。年々深刻になる汗やベタつきに対する悩みに対応するものなので、社会的なニーズに応えた。
2.体験を起点にしたマーケティング活動
使ってもらえば驚かれる自信があったことから、体験を起点にしたマーケティング活動を重視。ユーザー向けの体験イベントだけではなく、流通関係者やメディア向けの発表でも体験重視を徹底したほど。SNSやメディアでの話題づくりだけではなく店頭でのテスター設置にもつなげた。
3.マーケティング活動の延長
例年8月のお盆明けあたりで終了する汗拭きシートのマーケティング活動を9月や10月も実施。暑さが長引くようになったこと、メントールを使っていないので夏以外でも使いやすかったことがマーケティング活動の延長を可能にした。
ユーザーの反応もさらさら感に言及したものが多い。さらさら感が持続することで「暑い日でも外に出ることが苦にならなくなった」「気分よく外回りができる」といったようなものだ。
「汗を拭いて気持ち良さが実感できた瞬間、肌がサラサラして、快適さが持続することで湿度・温度ストレスから解放するという商品価値は示すことができたかと思います」と小林氏。今後はユーザーの細かなニーズに応えていきたいという。
取材・文/大沢裕司