
2023・24年王者のヴィッセル神戸が序盤から苦戦し、オリジナル10の名門・横浜F・マリノスや名古屋グランパスも停滞感に包まれるなど、想定外の展開になっている2025年J1。そんな中、第10節時点でクラブ史上初のトップに立ったのが、アビスパ福岡である。
2022年後半からベスト電器スタジアムで団子販売を開始
彼らが横浜に2-1で勝って単独首位に浮上した4月12日。本拠地・ベスト電器スタジアムのバックスタンド側で団子販売に奔走していたのが、元Jリーガーで中村北斗だ。
かつて平山相太(仙台大監督)、兵藤慎剛(早稲田大監督)とともに「国見三羽ガラス」として名を馳せた右サイドバック(SB)は2004年にアビスパ入り。FC東京、大宮アルディージャ(現RB大宮)を渡り歩いて2015年にはアビスパに復帰した。そして2018年には故郷のクラブであるV・ファーレン長崎に赴き、2019年末に16年間の現役生活にピリオドを打ったのである。
引退後の1年間はアビスパU-18コーチの職に就いたが、コロナ禍の真っ只中だったこともあって「新たなビジネスをやりたい」という思いが湧いてきたという。
それを実行に移したのが2021年頭。長崎を拠点に豆腐スイーツなど大豆製品の移動販売を手がける「GOCHISOY(ゴチソイ)」の仕事をスタートさせるに至った。だが、そのチャレンジは思いのほか長続きせず、1年足らずで断念にするに至ったのだ。
「豆腐スイーツに目を付けたのは、アレルギーで苦しむ僕の子供を含め、多くの人々のプラスになるという思いからでした。ただ、賞味期限が短い分、短時間で大量に販売する必要があり、そのメドをつけるのが想像以上に難しかった。僕としては移動販売車を購入し、先行投資もしましたけど、『これで採算を取るのは厳しい』と数カ月で判断しました」と彼は4年前の困難を打ち明ける。
そこで「移動販売車を有効活用できる異なる業態を見出したい」と考えていたところ、地元の先輩であるつつみ団子の創業者・大石将太さんから「団子ビジネスをやらないか」という誘いがあった。中村にとっては、まさに”渡りに船”だったのだ。
妻が営む福岡市東区和白丘に自身のフランチャイズの店を出すところからスタート
「つづみ団子は2018年創業で拡大途上だったんですが、大石さんから『福岡のエリアマネージャーをやらないか』といきなり言われたのにはビックリしました(笑)。その時点では福岡にはまだ1店舗しかんかったんですが、僕としては徐々に学んでいこうと考えました。
まだ豆腐スイーツの仕事も続けていた2021年夏にフランチャイズで自分の店を構えることも決まって、本当に話が早かったです。その後、つづみ団子は福岡でも急拡大し、今ではエリア内だけで4~5店舗ありますね」と彼は短期間で団子ビジネスが急成長したことを説明する。
中村が出したフランチャイズ店は福岡市東区和白丘。妻が営む雑貨店に団子を置いて販売することにしたのだ。そうすれば、新規店舗を構える必要はなく、初期投資はショーケースなどの備品購入だけで最低限で済む。店舗を構えていれば数百万円はかかっていただけに、大幅なコストダウンが実現した。一度、豆腐スイーツでとん挫している分、彼は堅実な経営判断ができるようになっていたのだろう。
「店を開いたのは2021年9月。団子も豆腐スイーツ同様に賞味期限が短い食品ですが、独自技術で冷凍保存できるので販売計画を立てやすい。そこが最大の違いで、僕自身も助かりましたね。ただ、この頃はまだコロナ禍で、大々的な告知もできなかった。最初は苦戦を強いられました」と本人は語る。
最初の1年はこの店を起点にコツコツと営業し、しばしばイベントなどで出店する形を採っていたが、2022年秋に大きな転機が訪れる。古巣のアビスパから「ホームゲーム開催時に出店してみないか」という誘いがあり、実際に商売できるようになったのだ。
14時開始の試合日は朝から夕方までフル稼働
「14時キックオフの試合日だったら、当日は朝9時前にはスタジアムに到着して、11時半頃から店をオープンします。搬入から陳列、販売まで全て1人でやりますし、キックオフが近づくほど店が混雑するので、かなり大変な作業ではあります。試合後も買いに来てくれるサポーターがいるので、クローズするのは17時頃。そこから片づけて、販売者に備品を乗せて帰って売り上げの計算をするという形で、本当に丸一日の仕事です。
プロサッカー選手時代はキックオフ1時間前にスタジアム入りして、ウォーミングアップをして試合に出て、終わったらクールダウンして帰るだけだったので、拘束時間も短かったですし、正直、楽だった。真夏なんかは汗をかきながらずっと販売を続けるわけですし、地道な仕事の大変さがよく分かりましたね」と中村はほぼ1日立ちっぱなしで団子を売り続ける苦労を打ち明ける。
アビスパでの実績が買われ、2023年からはシーズン年間契約を締結。今季からはレノファ山口でも年間契約を勝ち取った。それ以外にもロアッソ熊本、RB大宮アルディージャでの販売を手掛け、さらには大分トリニータでの出店も考えている。彼自身のネットワークと積極的な営業が奏功し、ビジネスは着実に上向いているという。
「実は今年からは高校サッカーの強豪校である東福岡高校・中学校の指導を本格的にやることになったんです。昨年までは中学生をメインに毎週火・水曜日の夜に教えるだけだったんですけど、今年からは高校も入ってきて、火・水・金曜日と週末の試合にも行くようになりました。もちろんアビスパのホームゲームの時は団子販売がメインなのでそちらに行きますが、僕としてはサッカー指導と団子ビジネスを2本建てでやっていければいいと考えています。
そのためには仕事を任せられる新たな人材を育てていくことも大事。今も山口のホームゲームには後輩の元Jリーガーに行ってもらっているのですが、引退後の選手が新たな人生を切り開ける土台を作れたら一番いいですね。Jクラブもサポーターも元選手がスタジアムのお店で働いてくれるのは嬉しいでしょうし、親近感を持って接してくれる。お互いにとってウイン・ウインの関係になれると思うんです」と中村は目を輝かせた。
かつてのチームメート・神山竜一には店を手伝ってもらっている(筆者撮影)