
天才的なクラシック音楽演奏家というと、ストイックに音楽を追求する芸術家肌の人物を思い浮かべるもの。
しかし、今、最も世界的に注目されている日本人クラシック音楽家の反田恭平氏(30歳)は、ショパン国際ピアノコンクールで2位になった「日本で最もチケットの取れない」ピアニストであり、同時に世界的なオーケストラから共演を熱望される気鋭の指揮者であり、音楽マネジメント会社NEXUSの社長を勤め、管弦楽団ジャパンナショナルオーケストラ(JNO)のCEO。更には音楽コンクールや音楽祭、音楽院設立を目指している……、というパラレルワークの超人だ。
どのような思考を持って、日々の仕事に向き合っているのか。そのクラシック(=古典的)ではない発想術に迫った。
●反田恭平 プロフィール
1994年生まれ。ピアニスト、指揮者、実業家。元々は指揮者になるためにピアノを習い始める。2012年、18歳で「第81回日本音楽コンクール」第1位入賞。18年、24歳で株式会社NEXUSを立ち上げると同時に、同年代の実力派アーティストを迎え「MLMダブル・カルテット」を結成しプロデュース。19年、オリジナルレーベル「NOVA Record」を立ち上げ、20年にクラシック音楽で初の有料オンラインコンサートを開催。21年、「第18回ショパン国際ピアノコンクール」で日本人では半世紀ぶりに第2位受賞。MLMは2021年に「ジャパンナショナルオーケストラ(JNO)」へと発展、株式会社化し自らCEO、指揮者として奈良を拠点に活動。21年からは若手音楽家とファンを繋ぐコミュニケーションの場となるオンライン音楽サロン「Solistiade」を立ち上げ運営。24年、フォーブス誌の「世界を変える30歳未満 アジア 2024」に選出された。活動拠点はウィーンで、世界中に活躍の場を広げている。
クラシック音楽は“異種格闘技戦”!? 何を掛け合わせれば面白いか
例えばクラシック音楽界では最も最初にDX化に取り組んでイープラスと有料オンラインコンサートを開始したり、自治体(活動拠点の奈良市)と「ふるさと納税」でコンサートチケットを返礼品にしたり、と反田氏は、革新的な試みを次々に実現している。
その自由な発想はどこから生まれるのだろうか?
「僕、電車の中吊り広告やタクシー車内の広告とかを見るのが好きなんです。隣のタイトル同士を掛け合わせて楽しむと、異種格闘技戦みたいで、思いがけないアイデアが出てきそうで(笑)。
僕が社長をやっている音楽マネジメント会社の社名のNEXUSは、「N日本」「Eエンタメ」×「Uユア」「Sonority響き」と言う意味です。ネクサスにはネットワークの「結節点」の意味もある。自分が結節点になって、さまざまな人たちと新しい響きを作っていく、と言う意味もあります」(反田さん)
クラシック音楽に、異種の何を、誰を掛けていけば面白いか?を常に発想しているというわけだ。「チャンス」と思えばどこにでも直ぐに行く反田さんは、そこから出会いやチャンスが次々と生まれてくると信じている。
ちなみに、今回インタビューを行った場所は、東京・麻布台ヒルズのBMWブランド・ストア「 FREUDE by BMW」(フロイデ バイ ビーエムダブリュー)。
文化や芸術、スポーツの発展を通じて、人生に“駆けぬける歓び”を増やしていくBMWの文化芸術振興活動「BMW BELIEVES」プロジェクトのキックオフイベントで、ブランド・フレンドの反田氏によるスペシャル・コンサートが行われた。この時も、クラシック音楽×自動車、という掛け合わせを自ら楽しみ、取材陣に丁寧に解説してくれたのだった。
東京・麻布台ヒルズの「FREUDE by BMW」でのサロンコンサート。「このリストの曲はドラマチックで叙情的、堂々としていて繊細、BMWのイメージにピッタリではないかと思います」
「JNOのスポンサーになっていただいているDMG森精機の社長との出会いも、ドイツの音楽イベントで出演予定の演奏家が怪我をして、メールで【明日、ドイツで演奏できませんか?】と呼ばれて日本から直ぐに行き演奏したんです。たった15秒ほどの面会の時に『何か夢はあるの?』『オーケストラを作りたいんです』と伝えたことがきっかけでした」
今年の夏、出演すること自体が最高の栄誉とされる世界最高峰の音楽祭、オーストリア・ザルツブルク音楽祭で故・小澤征爾さん以来、日本人で2人目の指揮者(兼ピアニスト!)としての参加が決定したのも、昨年のコンサートのリハーサルを音楽祭の副総裁がたまたま聴いていて、オファーが来たという。チケットは既に完売済みだ。
音楽もサッカーもビジネスも同じ。ゴールを逆算して戦略を練る
2021年、ショパン国際ピアノコンクールで日本人最高位対となる2位を獲得し、一躍、世界的ピアニストになった。技術はもちろんだが、なんと身長170cmで47kgと細身だった体重を筋トレもして大幅に増やしたのも、広いコンテスト会場で音を響かせるための戦略だったという。
「ゴールを見据えて戦略を作るというのは、企業も音楽も似ていると思います。僕は子供の頃、サッカーに熱中していましたが、サッカーのチーム戦も好きです。色んなタイプのプレーヤーと一緒にやり、戦略を作ってゴールを目指す。コンサートでも、コース料理のように、前菜からメイン、デザートまでの曲目を決めていくんです」
今年3月に行った「BMW Japan Presents 反田恭平&ジャパン・ナショナル・オーケストラコンサートツアー 2025」でも、曲目はイタリアンのコース料理のように、前菜から魚料理、メイン、スイーツを楽しむイメージで決めたという。
メインはショパンコンクールでも弾きポーランドの聴衆から大喝采を浴びたショパンの傑作『英雄ポロネーズ』。ポーランドの独立を希うショパンの心情を解説しつつ、情熱を込めて演奏。演奏家が自ら曲の説明をすること自体がクラシック音楽では珍しく、反田氏の伝道師(エヴァンジェリスト)しての矜持を感じさせた。
クラシックの殿堂「サントリーホール」でのコンサート。ジャパンナショナルオーケストラの仲間たちとの会話を冒頭に盛り込むことで、会場の雰囲気を一気に柔らかくした。
指揮ぶりは、指揮台から飛び出しそうと思うほど、軽快な動きで非常にダイナミック。
上から目線ではなく、《皆んなで魔法を起こそう》というような、演奏家たちと同じ目線で楽しんでいる指揮。海外の名門オーケストラも、反田氏の指揮ぶりには心を許し、その心の繋がりが魔法を起こす。まさにNEXUS(結節点)のファンタジスタ。
デジタルやDXを活用しながら、情熱や義理人情を大切にする
「この春のコンサートツアーも、「来て欲しい」と言われた島根県の2ヶ所(地方の小都市である益田市と出雲市)からスタートという、今までのクラシック音楽界では常識破りのスケジュールでしたが、どちらも満員になりました。僕、義理人情という言葉が好きなんです。人のネットワークや一つ一つの出会いや縁を大切にしたいし、恩返ししたいと思うから」
「DMG森精機さんは精密機械製造会社ですが、音楽も「職人」と言うキーワードが共通していて、技術と伝統を引き継いでいくもの。職人は技術も大切だけどコスト意識も必要、ものづくりには勇気も必要。冷静でありながら情熱を持つ、というところが共通する気がします」
ザルツブルク音楽祭が開催されるオーストリアの地方都市ザルツブルクは、モーツァルトの故郷であり、世界遺産にも登録されていて、世界中の音楽ファンが訪れる。奈良にもそういう可能性を感じているようだ。
「奈良をJNOの本拠地にしたのは、もちろん森精機さんの創業地というのもありますが(森精機がコンサートホールや練習場を提供している)、空気が綺麗で、自然も文化も豊かだったから選んだんです。決めて3ヶ月くらいで移りました。奈良は日本の歴史的なエリアで、外国人もすごく訪れてくる。いつかは音楽祭や音楽学校も作りたい、音楽コンクールもやりたい。自治体と協力して、小学校での音楽教室もスタートしています」
最後に「今まで周りに話すと怒られると思って言ってないけど」と笑いながら、「例えばクラシック×ファッションも面白いから、子供のクラシック音楽用のファッションのブランドをやりたいですね」と、次の目標を語った。
「音楽は料理と一緒で、生(ライブ)でなければ、その魔法を体験できません。ぜひコンサートに聴きにきてください」と、稀代の魔法使いは、(チケットは争奪戦だが……)優しい笑顔で誘ってくれた。
反田恭平 SORITA KYOHEI OFFICIAL SITE
取材・文/福田 誠 撮影/田中麻衣