
1974年創業、奈良県に6店舗を展開する老舗書店・啓林堂書店が本を読むための場所「書院」をオープンした。
書店が本を買うための場所から読むための場所を作る理由とは。
街の本屋さんが次々と無くなっていく中、リアル書店の在り方を考えさせる取り組みを紹介したい。
デザインにこだわった「書院」という空間
近鉄奈良駅のすぐ目の前にある小西さくら通り商店街。
昔ながらのお店と垢抜けたファッションビルが混在する地元の方々から愛されている商店街だ。
その一角に啓林堂書店 奈良店がある。
世界遺産『古都奈良の文化財』に最も近い書店として、歴史や宗教など奈良に関する本を取り揃えている。
2023年12月にリニューアルしたことをきっかけに、店舗の2階に新しく「書院」という空間を作った。
ブランドコンセプトは「頭と心、動く。」
「書院」という場は、落ち着いた環境で本を読むことそのものを心静かに愉しむ時間を提供。「すべてのブックライフによりそう」という理念の一端を形にしている。
日差しの明るい大きな窓には、書院のロゴと共鳴する縦勝ち障子を採用。空間に柔らかな光を拡散させ、人々が自己の内面に目を向け深い思考に没入するのに適した環境を作り出している。
席空間は「籠」「書」「読」「囲」の4つの異なるタイプを用意。「籠」は心地よいプライベート感を味わえるおこもり席、「書」は作業に適した電源席、「読」は読書に適したブース席、「囲」は複数名で共に過ごせるテーブル席。
街の本屋の新しい可能性を提案
10万冊の蔵書、時間制での利用(800円/時間, 2000円/1日, 税込)、フリードリンク、無料Wi-Fiなど、空間デザインだけでなく充実した設備も魅力だ。
しかし本が読める場所やカフェを併設している書店は、多くないながらも存在をしている。
なぜ、ブックカフェではなく「書院」と名付けたのだろうか。啓林堂書店の説明によると次の通りだ。
「かつて心静かに書を読み、文を綴った場所を書院と呼んだことから、今の時代こそ必要だと考え、時間がゆったりと流れる奈良の地にひらきます。
世情に惑わされず、じっくりと本に向き合い、自然と思考を広げ、感情が鮮やかになることを大切に、そのきっかけとなるような場作りを目指します」
新たな地域の書店の在り方を提案し「書院」を企画したのは2022年に就任した3代目社長となる林田幸一さん。
京都の大学を出て就職したのちに地元に戻ってきて家業を継ぐことを決めたというエピソードがある。林田さんは「書院」にかける思いを次のように説明している。
「本プロジェクトでは奈良と縁のある方々の協力を得て、地元奈良の皆さまは勿論、文化的資源豊かな奈良を訪れる旅行者にも魅力的な目的地となることも目指しています。書店が次々と閉店する現状に対し、本を中心に据えた新しいひとつの形をつくり、書店の未来に少しでも明るい兆しを感じられるよう取り組んで参ります」
林田さんは過去のインタビューで「『啓林堂書店に本を買いに行く』から、『啓林堂書店を使ってる』って状態に変えたいんですよね」と語っている。
「書院」の公式Instagramのフォロワー数は7000人を超える。街の本屋さんのSNSとしては決して少ない数字だ。
本を買うための場所から、本と出会う場所、本に触れる場所という新しい価値の提供。その取り組みは応援していきたいものである。
文/峯亮佑