■連載/ヒット商品開発秘話
高機能・高価格のヘアドライヤーが各社から発売されているが、その中でも別格といってもいい8万円を超えるものが今売れているのをご存知だろうか? パナソニックが2024年9月に発売した『nanocare ULTIMATE(ナノケア アルティメイト)』シリーズから発売された EH-NC80のことで、現在計画の2倍もの売れ行きを示している。『ナノケア アルティメイト』は同社のヘアドライヤーの中で最も高い髪ケア効果を持つナノイーを搭載したシリーズで、他にも機能と付属品がやや異なるEH-NC50がラインナップされている。
特徴は、新開発の高浸透ナノイー(第2世代)を搭載したことで、第1世代の高浸透ナノイー(以下、第1世代)と比べて水分発生量が最大10倍になったこと(MOIST使用時。同社比)。これにより髪へのうるおいは2022年発売の『nanocare EH-NA0J』比で1.2倍と『ナノケア』史上最高のうるおい(MOIST使用時)を実現した。新搭載の高回転モーターと新開発の速乾ノズルにより、『ナノケア』史上最高の速乾性能も実現している。
2024年9月に発売された『ナノケア アルティメイト』。EH-NC80/NC50の2モデル発売になったが、写真のEH-NC80は1台8万4150円(パナソニック公式オンラインストア)。『ナノケア』史上最高のうるおい(MOIST使用時)と速乾性能を実現した
パーソナルケアを新たな価値として提案
同社のヘアドライヤーは2012年度から国内出荷台数シェアがトップ(一般社団法人日本電機工業会出荷統計、家庭用ヘアドライヤー国内出荷台数2012年度~2023年度)。『ナノケア』は2005年の発売以来、高価格でありながら人気を博してきたが、髪ケアを謳った高価格ドライヤーが乱立したことで同質化が進んでいた。そこで同社は2020年、『ナノケア』のブランド力を取り戻すべく髪ケアを追求した『ナノケア アルティメイト』を企画した。
「ヘアドライヤー市場の中でもっとも高いヘアケア効果を誇り、競合他社のヘアドライヤーとは一線を画すものをつくろうということになりました」
こう振り返るのは、ビューティ・パーソナルケア事業部ヘアケア商品企画課 の高野創志さん。新たな価値をプラスすることで、競合他社とは一線を画すヘアドライヤーをつくることにした。
新たな価値とすることにしたのが、ナノイーの水分発生量を18倍にまで高めた高浸透ナノイー(第2世代)だった。2019年にはじめて第1世代が『ナノケア』に搭載されたが、その直後から第2世代の検討に着手した。
高浸透ナノイーとともに新たな価値とすることにしたのはパーソナルケアだった。高野さんは次のように説明する。
「昨今、美の多様化が進み、髪の悩みも人それぞれ異なります。この点に着眼し、パーソナルケアを新たな価値として提案することにしました。1人ひとりの髪の悩みや、なりたい仕上がりに対応するものを目指すことにしました」
髪に関する日本人の悩みはほぼ、パサつき、うねり・クセ、ボリューム不足、手触りの4つに集約される。 4つの悩みに対応するメニューとして、EH-NC80は次のメニューを搭載することにした(カッコ内は仕上がりイメージ)。
パサつき:MOIST(しっとりまとまる髪へ)
うねり・クセ:STRAIGHT(癖を伸ばして指通りのいい髪へ)
ボリューム不足:AIRY(ふんわりボリューム感のある髪へ)
手触り:SMOOTH(サラサラな髪へ)
メニューによって、補水を担う高浸透ナノイーとキューティクルの密着ケアを担うミネラル(亜鉛電極を含む放電ユニットから発生される亜鉛粒子)、補正を担うマイナスイオンの発生量と風の温度が異なる。それぞれの悩みを解決できるよう、各メニューではこれらの最適なバランスを取った。
発生装置の大きさを変えずにさらなる水分発生量のアップを目指す
高浸透ナノイー(第2世代)は、第1世代より最大10倍の水分を発生する。「開発で一番時間を要したのは髪にとって一番効果がある条件を見極めるところで、その次がいかにドライヤーに収まるサイズを実現するかでした」と高野さんは開発チームの苦労を代弁する。
ナノイー、高浸透ナノイー(第1世代)、同第2世代の水分発生量の違い
ナノイー、高浸透ナノイー(第1世代)、同第2世代の髪のうるおいの違い
髪への効果をアップさせるため発生装置自体は突起の形状が変わるなどしたが、一番変わったのは回路の制御方式。水分発生量を高めるために高電圧をかけたいが、発生装置にかかる電圧が高すぎると放電が不安定になりナノイーが発生しなくなるからだ。安定的に高電圧をかけ続けられる制御方式に変更し、ドライヤーのサイズに収める工夫をした。
速乾性を高めるために新たに搭載することにした小型高回転モーターは強い風が吹き出されるものの、その風は細いため髪に当たる面積が小さい。風の面積が小さいと髪が絡まりやすく乾きにくくなることから、使いやすくするには工夫が求められた。
早くキレイに乾かせるようにするため搭載されたのが、新速乾ノズルだ。本体正面に内蔵されているが、中央部を塞ぎ風が出ないように設計。これにより風が分散されて髪に届く風は広くなることから扱いやすくいものにできた。
小型高回転モーターが発生させる強い風は新速乾ノズルにより分散され髪に広く届く
乾かすだけでつややかなうるおいのある髪に
試作品は専門モニターが使い、髪の仕上がりや速乾性、使い勝手などを評価した。専門モニターとは、ヘアケア商品を評価する社内の専門家。毛髪診断士の資格を持ち、髪への効果や使いやすさといった商品全般に渡り評価する。
専門モニターは評価の際、髪を乾かしては洗い、また乾かすことを何回も繰り返し実行している。ヘアケアの4つのメニューだけではなく、スカルプモードやスキンモードといった4つのモードの効果検証も担っている。
髪への効果はこだわり抜いた。ビューティ・パーソナルケア事業部ビューティ国内マーケティング課の巽(たつみ)敦子さんは次のように話す。
「EH-NC80はパーソナルメニューだけで4つあるので、評価や検証が通常の4倍かかりました。今回は髪の悩み別にモニター評価していただきながら開発しました」
高野さんも自分の髪を乾かして検証したが、初めて使ってみた時のことをこのように振り返る。
「見た目が変わったことに感動しました。乾かすだけで髪が黒々としたのです。しっとり感や手触りも使用前より良くなりました。髪が健康的でツヤのある状態になると、光の反射によって髪色のツヤが濃く見えるようになります」
色の見え方はメニューによっても異なる。巽さんによれば、ふんわり仕上がるAIRYを選択すると、光が入ることなどから同じ人でも髪色が明るめに見えるようになるという。
パナソニック ビューティ・パーソナルケア事業部 ヘアケア商品企画課 高野創志さん(右)/ビューティ・パーソナルケア事業部
ビューティ国内マーケティング課 巽敦子さん
天井に設置したドライヤーの風に当たる
『ナノケア アルティメイト』の販売に当たり同社は、それまでの『ナノケア』のイメージ打破を試みることにした。そのためにテレビCMを流したりやパナソニック公式YouTubeチャンネルで商品紹介動画を配信したりするなどし、早期の認知拡大と体験する機会の創出につとめた。家電量販店の店頭をはじめ、東京ミッドタウン日比谷、@cosmeの店舗など各地で体験イベントを実施した。
「使ってみたいけど価格的に無理と思われる方が多いのですが、一度使っていただけると良さを実感してもらえる自信はありました」と巽さん。実際に使った人たちの生の声や髪の状態もSNSで紹介するなどして、リアルな反応を広く伝えることにした。
同社の美容アイテムが体験できる東京・表参道の「パナソニックビューティ表参道」内に、天井に設置した8台のEH-NC80の風に当たることができる一角も設けた。髪が乾いたまま鏡の前に立つと、頭上に30秒ほど風が当たる。乾いた状態でも手触りがツルツルに変わったり、外を歩いていて乱れた髪がまとまったりするのが体感できるという。
取材からわかった『nanocare ULTIMATE EH-NC80』のヒット要因3
1. 期待からくる高い話題性
『ナノケア』はヘアドライヤー市場でシェアトップ。ヘアドライヤーのトップブランドから登場した究極(アルティメイト)を謳うモデルなので、否が応でも期待が高まった。8万円を超える価格も話題性を高めた。
2.乾かすだけで髪が変わる機能性
乾かすだけで髪のさまざまな悩みを解消できたり、これまで以上に髪をキレイにすることができたりする高い機能を持つ。髪は人の印象を左右するので、少しでも美しく見せたいと願う人たちの心をくすぐった。
3.体験を重視
安いものだと数千円から買えるヘアドライヤーの中にあって8万円を超えるものは簡単に手が出ない。しかし、体験してもらえれば良さが理解できる自信があったことから、体験できる機会をつくり、購入の検討につなげることができた。
高野さんによれば、ヘアドライヤーはだいたい3~5年ほど使われているとのこと。8万円を超えても3年間毎日使えば決して高い買い物とは感じられない人もいることだろう。使っているうちに髪の悩みが解消されたり、いままで以上に髪がキレイになったりするのであれば、なおさらだ。
ヘアドライヤーとしては高価かもしれないが、サロンで毎回トリートメントをするよりもコスパは高いと判断することもできる。一度体験したら購入に走ってしまうかもしれない。
製品情報
https://panasonic.jp/hair/c-db/products/EH-NC80.html
取材・文/大沢裕司