
派手なラベル、なのにどんな飲み物かわからない…
少し前から、よく行く映画館で、不思議なコーヒー売り場を見かけるようになった。
ラベルは3000種類以上、名前やメッセージなども自由に入力してカスタマイズ
一見してペットボトル飲料の自販機のようなのだが
・ラベルの絵柄が一つひとつ違う
・パッと見ただけではドリンクの情報がわからない
・たまに行列ができている
いったいこれは何だろう、と思って調べてみたら、サントリー食品インターナショナル株式会社(以下「サントリー食品インターナショナル」)が2021年9月から、映画館などの娯楽施設に導入しているサービス「TAG COFFEE STAN(D)」(タグコーヒースタンド)というものらしい。その日の気分に合わせて自分好みのコーヒーの味わいにカスタマイズできるほか、ラベルも3000種類以上の選択肢からデザインを自由に選択でき、名前やメッセージなども自由に入力してカスタマイズできるのだという。
「TAG COFFEE STAN(D)」ブラック550円~、ラテ600円~(税込み、以下同※画像提供:サントリー食品インターナショナル)
サントリー食品インターナショナルといえば、サントリーホールディングス傘下の清涼飲料事業子会社であり、「サントリー天然水」、「BOSS」(コーヒー)、「伊右衛門」(お茶)、「サントリー烏龍茶」などの主力商品はいずれも、清涼飲料市場で大きなシェアを占めている。そんなトップメーカーがなぜ、映画館にペットボトル飲料の売り場を作ったのか。
サントリー食品インターナショナル株式会社の高橋大樹氏に聞いた。
コーヒーに、カスタマイズの楽しさとスピードをプラス
「我々はBOSSブランドに代表されるRTD(Ready to drink=ふたを開けてすぐにそのまま飲める飲料)コーヒーを展開しており、工場で抽出したコーヒーをペットボトルや缶に詰め、スーパーやコンビニ、自動販売機を通じて販売しています。そこで培ったコーヒーの美味しさを引き出す技術をもっと活用して新しい価値を創れないかと考え、新しいサービスやビジネスに挑戦するプロジェクトを2016年にスタートさせました」(高橋氏)
そのプロジェクト第一弾として同社が2019年6月、日本橋にオープンしたのが、サントリー「BOSS」のボトルコーヒーをカスタムして購入できる新感覚のコーヒーショップ「TOUCH-AND-GO COFFEE」。「コーヒーショップでは朝と昼が混み合うためコーヒーを買うのに時間がかかる」「紙コップだとオフィスに持ち帰りにくい」というオフィスワーカーの声をもとに考えられたサービスで、事前にLINEから好みの味やカスタマイズしたラベルをオーダーし決済すれば、店舗に設置された受け取り用のロッカーから、自分好みにカスタマイズしたボトル入りコーヒーを取り出すことができる。
2019年にオープンした「TOUCH-AND-GO COFFEE」₍2021年8月に閉店)。LINEで事前にカスタマイズして注文し決済。店舗でロッカーから取り出せるので並んで待つ必要がない ※画像提供・サントリー食品インターナショナル
確かにこれなら、出社前や昼休みなど、コーヒーショップが混み合う時間帯でも並ばずに、スピーディに好みのコーヒーを購入することができる。また2019年当時であればスタッフと会話せず、非接触でコーヒーを受け取れることも歓迎されただろう。さらに店舗側としても、バリスタを店舗に配置する必要がなく、誰でも基準を満たしたコーヒーを簡単に作れるという大きなメリットがある。
「TOUCH-AND-GO COFFEEはテイクアウト専門業態で、店内にイートインスペースがありませんでした。日本橋はオフィスワーカーのお客様が中心でしたので、紙コップだとオフィスまで運びにくいいため、取り出してそのままカバンの中に入れられる、RTD飲料のようなボトルでショップコーヒーの味を提供するというサービスを始めました。またカスタマイズの楽しさをより感じていただくため、カスタマイズしたラベルを付けられるサービスも提供することにしました」
オフィス街にもかかわらず、購入者の男女比率は1:99!
すると、意外な反応が起こった。ラベルのカスタマイズを、推し活に使用する若年層の女性客がどっと押し寄せたのだ。「ラベルのカスタマイズによって、コーヒーという飲料をコミュニケーションツールや自己表現ツールとして承認してくださるお客さまが非常にたくさんいらっしゃるということに気づきました」(高橋氏)
同ショップのコーヒーは価格が250円~300円とRTDドリンクの2~3倍だったにもかかわらず、スーツケースを持参して10本20本とまとめ買いする人もいたという。購入者の男女比はなんと1:99で、20代の若い女性が最も多かった。また一般的にテイクアウト業態のコーヒー店が込み合うのは朝と昼の時間帯だが、同店の場合は東京ドームなどでコンサートが行われるタイミングが非常に混むという現象が起こった。こうした現象から同社は、「日常的な嗜好品としての価値にとどまらず、エンターテイメントを含めたこれまでにない価値を提供するサービスになり得るのでは」と考え、エンターテイメント方面へと方針を大きくシフトした。
エンターテインメントと親和性の高い、映画館向けのサービスを展開
エンターテイメントと親和性の高い施設として同社が着目したのが、映画館。そこで、以前から館内のドリンクバーに炭酸系のディスペンサーを設置していた東急レクリエーションと提携して、コーヒーの味わいやラベルデザインを自分でカスタマイズできる新サービス「TAG COFFEE STAN(D)」を考案。TOUCH-AND-GO COFFEEを21年8月にクローズし、同年10月8日に、109シネマズ川崎に導入。翌月には109シネマズ二子玉川にも導入した。
「TAG COFFEE STAN(D)」。現在は川崎と双子玉川を含め、全国で8館の映画館に拡大。エンターテインメントとの親和性の高さから、アニメイトカフェが運営する「DECOTTO by animate café」(池袋)にも進出している ※画像提供・サントリー食品インターナショナル
TOUCH-AND-GO COFFEEから大きく変えた点は2つ。ひとつは運営形態。TOUCH-AND-GO COFFEEはコーヒーショップなので同社の直営店として運営したが、映画館のドリンクバーでのオペレーションについては経験がなかったため、経験豊富なスタッフの多い東急レクリエーションの直営とした。
もうひとつは、注力ポイントを提供スピードからラベルのカスタマイズにシフトし、カスタマイズ機能をさらに充実させたこと。
ブラックかラテか→ホットかアイスか→ラベルはオリジナルかバナーが大きい「ワイド」か→3000種類以上のデザインから選択 ※画像提供・サントリー食品インターナショナル
名前やメッセージをオリジナルで入れられる ※画像提供・サントリー食品インターナショナル
コーヒーのカスタマイズの選択肢 ※画像提供・サントリー食品インターナショナル
疑問(1) 「使い捨て容器で600円は高くない?」
だが、素朴な疑問もいくつか浮かぶ。最大の疑問は価格帯だ。TAG COFFEE STAN(D)のコーヒーは約400mlで550円~600円。サントリーの「クラフトボス ブラック」は500mlで希望小売価格が200円だから、2~3倍の価格ということになる。もちろん、中身は通常のRTDコーヒーよりも高価格帯のものを使っているのだろうが、それにしてもラベルという付加価値を付けたところで、通常、飲み終わったら捨てるペットボトルに対して、消費者はそこまでお金をかけるだろうか?
これに対して高橋氏は「購入後の行動をリサーチすると、自分でカスタマイズしたボトルは捨てずに、その後もインテリアグッズとして再利用し続ける人が非常に多いのだという。またラベルはきれいに剥がせるようになっているため、剥がしたラベルをノートなどの小物に貼ってカスタマイズしている人も多い。確かにそう考えると、飲料込みでこの価格もありかもしれない。
疑問(2) 「推しグッズとしてなら1個持てば満足するので、継続性がないのでは?」
RTDの飲料であれば、日常的に繰り返し購入することが収益につながるが、こうしたエンターテインメントとの親和性が高い商品は、そのイベントの時のみの購入になるので、持続的な収益になりにくいのでは?
「このサービスは面白いことに開始以来、売り上げが上りも下がりもせず、一定のペースを保っているのです。あるコンテンツの人気が高い時は、購入するために1時間も行列ができるようなこともありますが、一段落すると新規流入があったりするので、飽きるというよりは対象が変わっていくんですね。その結果、一定のペースで安定した売り上げが続いているのでは」(髙橋氏)。
疑問(3) 「飲料メーカーなのに、ボトル目当てでいいの?
飲料メーカーとしては、中身の飲料よりも容器が目当てで購入されていくことに、複雑な思いはないのだろうか。
「こういうコンテンツ寄りの商品は、話題性だけで売れていて中身はそんなに美味しくないというイメージがありますよね。でも、このサービスに関しては中身の飲料にも絶対の自信を持って提供していますので、飲み物を楽しむということの延長線上に、このラベルのカスタマイズサービスがあるという風にとらえています。お客さまにとっても、単なるドリンク、よくあるファングッズを買うのとは違う、新しい体験となっているので、繰り返し購入していただいているのではないでしょうか。もちろん、コーヒー紅茶という非常に普遍的な飲料を売っているわけですが、ある意味でこのサービスはプラットフォームのようなものかもしれないと感じています」(髙橋氏)
新展開!よりコアなマニアのための企業向け新サービスもスタート
推し活のためにお金を使いたくてしょうがない層が一定数いることを考えると、映画館よりもコンサート会場や劇場などのほうがより親和性が高い気もするが…?
「我々もそういうジャンルでのニーズがより高いかもしれないという気づきがあったので、実は法人向けの新サービス『TAG LIVE!LABEL(タグ・ライブ・ラベル)』を2023年から展開しています。これは専用のラベルシステムを用いることで、導入先の企業が保有するコンテンツやその場で撮影した写真をラベルに加工・出力し、専用の缶に貼ることができるサービスです。映画館と同じ形で提供するにはドリンクバーのための機材が必要なのですが、簡単に設置したり、スタッフにオペレーションを教育したりできるわけではありません。ですから、1~2日で終わるコンサートのために設置するのは現実的ではないですし、コンサートや演劇だと提供時間も限られて、3分かかるとわかるといらないと言われてしまいます。でもこの形であれば、自販機で販売できますので、よりグッズに近い形で提供できるのです」(高橋氏)
2023年4月から始めた「TAG LIVE!LABEL(タグ・ライブ・ラベル)」 ※画像提供・サントリー食品インターナショナル
企業が販売する従来の推しグッズは、数千個単位のまとまった数でなければ作ることができなかった。そのため、人気コンテンツやキャラクターに限定され、代わり映えしない定番グッズが多かった。だが「TAG LIVE!LABELは5ケース(120本)から注文でき、印刷するデザインのパターン数はロット制約なくご自由に作成可能なので、レアなキャラクターにも対応可能。イベントごとにデザインを変更することもできる。また自販機に入れて販売すれば、マンパワーは補充など最小限で済む。
「ルミネthe よしもと」導入事例 ※画像提供・サントリー食品インターナショナル
「飲料を楽しむ」から「飲料で楽しむ」へ
「このサービスは『狭く深い分野』と非常に相性がいい。広いものはすでにたくさんあるので、よりニッチなニーズを掘り起こしていきたいですね。そしてシーンやお客様の属性に合わせてサービス形態を使い分けながら提供していくことで、単純に『喉を潤して飲料を楽しむ』から『飲料で楽しむ』へと、サービスを広げていきたいと考えています」(高橋氏)。
近年の推し活は多様化・細分化しながら急成長しており、矢野経済研究所は1兆円市場まで成長すると類推している(2024年の調査)。RPDドリンクは競争がし烈なレッドオーシャンだが、「カスタマイズラベル付きドリンク」は大きな可能性を秘めたブルーオーシャンかもしれない。
取材・文/桑原恵美子
取材協力/サントリー食品インターナショナル株式会社