
東京ガスといえば、社名の通りガスや電気を供給するインフラ企業というイメージが強い。しかし近年では長年培ったノウハウを活かし、エネルギーの枠組みを超え、一般家庭や企業、地域社会が抱える様々な課題を解決するソリューション事業ブランドを新たに展開している。『IGNITURE』と銘打った本ブランドが描く未来とは。
東京ガスがソリューション事業に取り組む理由
「日本資本主義の父」と称される明治時代の実業家、渋沢栄一が中心となり1885年に創立した東京ガスは、140年にわたりガスや電気といったエネルギー供給を通じて人々の暮らしを支えてきた。
しかし、近年のコロナ禍や地政学的リスクの高まりにより、市場環境は急速に変化している。この変革期において持続的な成長を遂げるためには、新たな価値を創出することが求められる。こうした背景のもと、東京ガスはソリューション事業を中核事業の一つとして新たに位置づけ、本格的に展開することとした。
目指したのは、東京ガスの持つ「ガスや電気を提供する会社」というイメージからの脱却だ。エネルギー供給だけでなく、課題解決型の企業へと進化するため、2023年11月に新たな事業ブランド『IGNITURE』を立ち上げた。
ブランド名のIGNITUREは、英語の「IGNITE(灯す)」と「FUTURE(未来)」をかけ合わせて生まれており、多様なソリューションを提供するという東京ガスの意志を体現しているのだ。
IGNITUREが提供する3つの価値
IGNITUREは課題解決によって顧客に提供する価値として、「脱炭素」「最適化」「レジリエンス」の3つを掲げている。
「脱炭素」は暮らしや事業活動でカーボンニュートラルの実現を推進し、次世代以降の持続可能な社会の構築を目指すものだ。「最適化」はエネルギーだけでなく時間や空間、経営資源といったあらゆるリソースの効率化を図り、暮らし・事業・地域やコミュニティの全体最適を追求する取り組みを指す。日常的なトラブル対応に加え、災害発生時でも迅速に復旧できる仕組みを構築し、社会全体の安全・安心をもたらす「レジリエンス」も重要だ。
一見すると、一般消費者にとって「脱炭素」や「レジリエンス」は直接的な関心事ではないように思える。しかし、消費者意識の変化により、これらの要素に対する意識は年々高まっている。
東京ガス都市生活研究所が2024年12月に発行した『生活トレンド予測レポート2024』によると、コストパフォーマンスを重視する消費者ほど環境意識も高い傾向にあると報告されている。一方で防災意識に関しては、課題を感じつつも具体的に何を備えていいか分からないという生活者の実態も明らかになっている。社会情勢が不安定化、多様化する中、「脱炭素」「最適化」「レジリエンス」は今後の生活基盤を支える不可欠な要素となりつつある。
家庭、企業、地域それぞれのスケールに合わせた形で「脱炭素」「最適化」「レジリエンス」の価値を提供するのがIGNITUREの目指す姿だ。
こうした価値を具体的に体現する事例の1つが『IGNITURE蓄電池』だ。停電時における安心を確保するだけでなく、太陽光発電による余剰電力を蓄電することで、電気代削減と脱炭素に貢献する仕組みも備えている。さらに、東京ガスによる充放電の遠隔制御が可能であり、地域単位での電力需給の最適化にも寄与する。例えばあらかじめ余剰電力を充電しておき、電力の供給が不足している時間帯に放電することで電力需給を平準化するといったことも、IGNITURE蓄電池で可能だ。まさに「脱炭素」「最適化」「レジリエンス」の3要素を兼ね備えたソリューションといえる。
企業、地域、社会全体に広がるIGNITURE
IGNITUREの事業展開は、ハウスクリーニングや機器交換といった身近なサービスにも及ぶ。今後はリフォーム事業の取り組みをさらに強化し、住まいをトータルでサポートする体制を構築していく。「『困ったらIGNITURE』と選ばれる存在になりたい」と語るのは、設備ソリューション事業部マネージャーの恩田直樹さんだ。
恩田直樹さん
東京ガス株式会社 設備ソリューション事業部
設備ソリューション企画グループ マネージャー
「特に機器交換やリフォームは頻繁に行なわないので、お客さまと事業者では情報の非対称性が大きく、いざ故障・交換となると適正価格や品質の判別が難しいですよね。東京ガスは長年培ってきたノウハウを活かし、お客さま一人ひとりに寄り添った提案ができます。将来的には、IGNITUREというブランドをお客さまの暮らしを支える、なくてはならない存在にしていきたいです」(恩田さん)
ハウスクリーニングでは、共働き世代で時間がない夫婦を最も大切にしたい顧客と考えている。そこで、通勤や昼休みといったすきま時間でも手軽に利用できる仕組みを整えた。
「スマホから最短10分で手軽に申し込み可能です。面倒な作業員との日時調整は不要で、スムーズに予約できます。清掃当日も、使用状況を踏まえたクリーニングを行い、これまでにないストレスフリーな体験を提供します」(恩田さん)
給湯器やコンロをはじめとした機器交換では、明朗な価格設定はもちろん、オンラインならではの価格設定や写真を撮るだけの簡単見積り、スピーディーな工事が強みだ。
「アフターフォローも含め、お客さまの手間を最小限に抑えることを重視しています」(恩田さん)
リフォームにおいても、顧客の抱えている不満や不便といった〝不〟の要素を解決することを最優先にしている。
「例えば内窓リフォーム。室内環境の改善はもちろん、高い断熱効果による電気代削減や結露軽減に加え、遮音性や防犯性の向上といった多面的な効果が見込めます。我々は単に窓を売るのではなく、省エネの商材を選ぶための時間や現地調査の日程調整や立ち合いの手間を極力減らし、補助金も適用することで、お客さまにとって無理なくお手軽に住まいを理想の快適・省エネ空間にすることをIGNITUREの提供価値として進めていきます」(恩田さん)
IGNITUREはBtoCにとどまらず、BtoBや地域社会全体への展開も進めている。
「企業向けには電力最適化を支援し、エネルギーコストの削減とCO2排出量の低減に貢献しています。具体的には、1つのガスエネルギーから発生した電力や熱を効率的に活用するガスコジェネレーションシステムとAI活用を組み合わせた最適制御を導入しています。加えて、環境コンサルやカーボンオフセット都市ガス等の環境価値提供を推進しています。地域レベルでは、行政や自治体への脱炭素ソリューションの提供、避難所などのレジリエンス強化をつうじて持続可能な魅力あふれる街づくりを地域のお客さまとともに考えていきます」(恩田さん)
今後は顧客だけではなく、サービス提供者側の課題解決にも注力していく。
「この20年で大工の人数は半減し社会問題になりつつあります。良質なサービスがあっても、人手不足では成り立ちません。作業者の課題に寄り添い解決することも、IGNITUREの重要な役割の1つ。それが結果として、住まいや地域の暮らしをより良くすることに繋がるのです」(恩田さん)
IGNITUREの目指す「社会課題を含めたあらゆる課題を解決するソリューションブランド」という理想に向け、東京ガスはエネルギーの枠を超えた挑戦を続けていく。
取材・文/桑元康平=すいのこ 写真/小倉 雄一郎 イラスト/asterisk-agency