
大排気量のスポーツカーや頑強なオフロードSUVはいかにも男性的な趣味のクルマという感じを受けるのだが、では電気自動車には人々はどのようなイメージを抱いているのだろうか。
最近の研究によると、「電気自動車が女性っぽい」と感じている国民が多い国では電気自動車が普及し難い傾向があるという。
女性的な文化的志向を持つ国はEV普及率が高い
フランス語の名詞は全て男性名詞と女性名詞に分かれているのだが、意外なことにフランス語では自動車(voiture)は女性名詞である。フランスの自動車メーカー、ルノーの大衆車などはどことなく女性的な印象の車種もあるかもしれないが、一方、アメリカのスポーツカーやピックアップトラックなどの車種には男性的な“マッチョ”なイメージもある。
日常生活の足として使い倒してこそのクルマだが、そうは言っても資本主義社会において自動車は単なる移動手段というだけではなく、文化的および象徴的な意味を持っていることがこれまでの研究で示唆されている。歴史的に内燃機関の自動車は、パワー、スピード、支配力を表す男性らしさと結びつけられる傾向が強いともいわれている。
では年を追うごとに無視できない存在となっている電気自動車(EV)について、人々はどのようなイメージを抱いているのだろうか。
スイス・ザンクトガレン大学の研究チームが2023年に「Travel Behavior and Society」で発表した研究は、EVの普及におけるジェンダー観の役割について調査し、より女性的な文化的志向を持つ国では、EVの普及率が高い傾向があることを報告している。女性的価値観がより共有されている国ではEVは広く受け入れらているのである。
研究チームはこうした自動車の性別との関連性が、国家レベルと個人レベルの両方でEVの普及に影響を与えるかどうかを2つの研究を通じて検証した。
研究チームは31カ国のヨーロッパの国々の男性らしさ、女性らしさのスコアとEV市場シェアを比較した。比較には国民1人当たり名目GDP、自動車所有率、国家環境政策、ガソリン価格、電気料金などが含まれる。
調査結果では文化的女性らしさとEV市場シェアの高さとの間に強い関係があることが示された。ノルウェー、アイスランド、スウェーデン、オランダはより女性的な文化的志向を示し、男性らしさのスコアが低く、EVの普及率が著しく高かった。
対照的に、スロバキアやハンガリーなど男性らしさのスコアが高い国はEVの普及率が低い傾向があり、権力と競争を重視する伝統的な文化的価値観が、消費者にEVの選択を思いとどまらせている可能性があることを示唆している。
分析されたすべての文化的要因の中で、男性らしさと女性らしさの要素は、経済的および政策的影響を考慮しても、EVの普及の最も強力な予測因子であった。その国の自動車の象徴的および文化的意味が、国家レベルで消費者行動に重要な影響を及ぼしている可能性が示されることになったのだ。
“自動車=男性らしさ”という根強い認知バイアス
2番目の研究では、比較的男性的な国であるもののEVの普及がヨーロッパ平均に近いドイツの参加者429人を対象にオンライン調査を実施した。
参加者は特定の概念をどれだけ早く関連付けるかを分析することで無意識の偏見を測定するように設計された心理学的ツールである暗黙的関連付けテスト(IAT)を受けた。このテストによって参加者がEVを女性らしさ、あるいは男性らしさと関連付けているかどうか、また関連付けている場合はどの程度強く関連付けているのかが測定された。
テストの回答を分析した結果、ドイツの消費者は一般的にEVを女性らしさと関連付けていることが明らかになったが、男性は女性よりもEVを女性らしさと関連付ける傾向が強かった。さらに重要なのは、EVの購入に最も関心の薄い男性は、EVと女性らしさの関連が最も強かった。つまりEVが女性的であるとより強く感じている男性ほど内燃機関自動車に乗り続ける可能性が高いことになる。
対照的にEVの購入に前向きな男性と女性は、性別による関連がはるかに弱く、すでにEVに乗っていたりを検討している人は“自動車=男性らしさ”、そして“EV=女性らしさ”という文化的ステレオタイプの影響を受けにくいことを示している。
内燃機関自動車と男性らしさの結びつきは、時には複雑で興味深い働きを見せることもあるようだ。主観的に自分のペニスが小さいと感じている男性は、そのコンプレックスの反動からなのか、スポーツカーに乗る可能性が高まるというのである。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのダニエル・リチャードソン教授の研究チームが2023年に「PsyArXiv Preprints」で発表した研究は、18歳から74歳までの男性200人のうち半数に、平均よりも長いペニスサイズを平均であると伝えて欺くことから始まっている。
欺かれた参加者の多くには自分のペニスサイズが平均よりも小さいという“劣等感”が引き起こされたことになるのだが、この状態で贅沢品や高級品の画像を見せられて評価を求められると、スピードの出るスポーツカーをより望ましいものであると高く評価する有意な傾向が見られたのである。
リチャードソン教授は「男性参加者に自分のペニスが比較的小さいと感じさせたところ、スポーツカーに対する欲求が高まった」と説明している。
もちろんスポーツカーに乗る乗らないは個人の選択だが、EVの普及のためにも無駄な散財を抑えるためにも(!?)、多くの文化における“自動車=男性らしさ”という認知バイアスがいち早く緩和されていくことを望みたいものだ。
※研究論文
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214367X23000443
文/仲田しんじ
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