
博報堂ブランドコンサルティング局の岡田庄生さんによると、博報堂では雑談を大切にしていて、雑談している社員を見て「サボっている」と捉える人はいないのだと言う。打ち合わせをしていても「全然関係ないんだけど」や、「ふと思いついたんだけど」というセリフが頻繁に飛び出し、打ち合わせの半分は雑談に費やされているらしい。一見、無駄に見える雑談だが、「新しい発想は、人の頭ではなく、会話の中から生まれる」という考え方が社内に浸透している。
雑談がアウトプットの質を高めるために欠かせない武器になると同時に、雑談からアイデアを生み出したり、雑談を活用して問題解決やアイデアのブラッシュアップが可能になる。岡田さんはこのほど「博報堂のすごい雑談」(SBクリエイティブ発刊、定価1650円)で、武器としての雑談のやり方を解説した。今回はその中から、武器としての雑談の使い方に関する3つのヒントを紹介しよう。
武器としての雑談の使い方その1「拡散のプロセス」を大切にする
打ち合わせの際に、本題から外れた意見を言う際「よくわかんないんだけど」や「全然関係ないんだけど」、「ふと思いついだんだけど」と発言されることがある。ある主題について意見を述べている時に、こうした発言は本題から外れているように感じるだろう。しかし、話がのっている時に出されるこれらのセリフは、実はテーマの範囲内での発言であり、一見するとまったく関係がない話であっても、実は本質と密接な関係があり、問題解決のカギになる場合がある。
「よくわからないんだけど」という前置きをして、確かでないことを話題にすることで議論を拡散させることができるのである。例えばこんな会話を体験したことはないだろうか。
打ち合わせテーマ「バスケットボール人気を高めるには」
社員A アメリカではバスケットボールがとても人気のあるスポーツなのに、なぜ日本では人気が出ないんだろう?
社員Bよくわからないんだけど、夏の高校野球ってなんで野球に興味がない人でもハンカチ王子とか〇〇君って騒ぎ出すのかな?
社員Aテレビ中継のときに相手の顔をズームするからかな?
社員Cということは野球は「個人の顔がよく見えるスポーツ」とも言えるね?
社員Aだったら、バスケットボールは動きが早すぎて顔がよく見えないから、特定の選手を追える追跡カメラがあればファンが増えるのかもしれないね!
よくある社内の会話だが、今回は社員Bの高校野球についての発言があったからこそ、新しい提案へと発展していくことができたのである。この“よくわかんないんだけど”で拡散のプロセスが働き、会話が自由に発展していく。
とはいえ、実際に会議で全然関係ない話やよくわからない話題ばかり出し続けて行くと、打ち合わせの場が混沌としてしまう。私たちはよく議論がなかなか前に進まない打ち合わせに対して、これ本当に予定時間内に終わるのかな?大丈夫かな?二週間後にプレゼンがあるから早く企画書を書かないと・・・・・・などと心配してしまう。
しかし、博報堂の雑談では、そうした空気を察して、拡散をやめない。拡散のプロセスに渾沌は欠かせないからだというのが、その理由である。拡散のプロセスで最も大事なことは混沌を恐れないこと。新しいアイデアは混沌を突き抜けた先にあった。
むしろ、博報堂ではこうした混沌とした空気が漂うのはむしろ望ましいことで、混沌がないならみんなで集まって話し合う必要はないという考え方が浸透している。博報堂流雑談のコツは、こうした「最短距離で答えを出したい」という気持ちをグッと押さえて、あえて脱線をして横道に逸れたりしながら、じっくりと思考を広げて成果を上げている。
武器としての雑談の使い方その2「空気の読み合いを取り除く」
人は無意識にアイデアを取捨選択してしまいやすい。そしてもう一つアイデアや意見を出し切ることを邪魔する要因が「場の空気の読み合い」である。
このタイミングで若手の自分が意見を言ったら先輩に生意気だと思われてしまうのではないか?
上司の意見に反対の内容を言ったら上司の気分を害するのではないか?
他部署の人間に意見を言ったら余計なお世話だと思われるのではないか?
誰もが打ち合わせの時、こんなことを考えているはず。こうした場の空気の読み合いは新しいアイデアの出現を邪魔してしまう。
こうした「空気の読み合いを取り除く」ために重要なのは、場を仕切っている上司や先輩などが「意見は自由に発言していいよ」とか「言いたいことがあるけどまだ言っていない人は誰?」などと、頻繁に声をかけることである。
さらに社歴の短い社員は経験と知識が乏しいので、的を外した発言をしがちだ。しかし、拡散のプロセスではむしろ的外れに思える意見こそが、議論の思わぬ突破口になる場合もある。場の空気を読まない新人の発言が大きな飛躍を生むことがあると心得たい。
武器としての雑談の使い方その3「打ち合わせはあえて曖昧に終わらせる」
博報堂の打ち合わせでは「何が決まって何が決まらなかったのか」をあえて曖昧にしたまま打ち合わせを終わらせることはよくある。
様々な視点から話題を広げていくと、「このあたりに可能性がありそうだ」とか「何だかわからないけど違和感がある」と感じる場合が出てくる。そんな時、急いで結論をださないことが大きな飛躍につながる。
私たちは、打ち合わせをしたら、そのために何か結論を出さなければいけないとか、結論の出ない打ち合わせは無駄と考えがち。しかし、博報堂の雑談のやり方では、結論を無理に出そうとしない。「じゃそういうことで」と、いったん終わらせてしまう。そして、次回に持ち越す。
時間をおいて、内容を寝かせておくと、無意識のうちにテーマに関連するインプットが頭の中で整理され、新たなアイデアが閃いたり、ブレイクスルーのきっかけが見つかったりするからである。
テーマの一つやアイデアに集中しすぎてしまうと、かえって視野が狭くなり、質が劣っていく可能性もある。一度アイデアを放置することで、アイデアを客観的に見る事ができるという効果がある。
岡田さんは新刊「博報堂のすごい雑談」で、「いい企画は雑談から生まれる」と書いている。これはオンライン会議が増えても変わらない。テクノロジーが進化するにつれて、雑談の形は変わるかもしれないが、人の心を動かすイノベーションを生み出すには、人と人との化学反応である雑談は欠かせない。雑談に対する認識を新たにしたい。
博報堂 ブランドコンサルティング局
部長 / 博士(経営学)
岡田庄生さん
1981年東京生まれ。国際基督教大学卒業後、2004年株式会社博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局、ブランド・イノベーションデザイン局を経て、企業のブランド戦略・マーケティング戦略の立案を支援するブランドコンサルティング局に所属。著書に『買わせる発想 相手の心を動かす3つの習慣』(講談社)『博報堂のすごい打ち合わせ』(小社刊)、『プロが教える アイデア練習帳』(日経文庫)、『ユーザー発案者効果』(碩学舎)など。武蔵野大学客員教授。法政大学イノベーション・マネジメント研究センター客員研究員。日本マーケティング学会常任理事。
文/柿川鮎子