
つい先日、「光を99.98%以上吸収する至高の暗黒シート」が開発されたというニュースを目にした。
調べてみると開発自体は2023年なのだが、「触れる素材で黒さ世界一」という触れ込みに加え、暗黒に魅せられ暗黒を追い求め、暗黒シートを開発した研究者・雨宮邦招さんにも興味が湧いた。
私生活でも黒い服を好み、愛車も黒、さらには飼い猫も黒猫で名前も暗黒からとって『あんこ』だという。その、あんこちゃんがまた可愛い。
世界を驚かせる研究成果と黒猫あんこちゃんがどうしても気になり、今回、産業技術総合研究所物理計測標準研究部門の雨宮邦招さんに話を聞かせていただいた。
世界一の黒が誕生したことで我々の生活はどう変わるのか?そしてSNSでもバズった黒猫あんこちゃんはどれほど可愛いのか?筆者も今回、暗黒を追い求めてみようと思う。
まずは基本的な情報を整理しておこう。
雨宮さんが開発した「光を99.98%以上吸収する至高の暗黒シート」とは…
⚫︎触っても崩れない耐久性を持つ暗黒シートとしては世界一の黒さ
⚫︎従来の暗黒シートと比べ可視光の反射率が低く、レーザーポインターの光も消えて見える
⚫︎明るい場所でも沈む圧倒的な黒さを実現
⚫︎背景の映り込みを防止できるため視覚表現にかつてない高いコントラストを提供可能
光を当てた時の写真でもその凄さが分かるはず。一般的な樹脂板や2019年に雨宮さんが開発した従来の暗黒シートと比べても、至高のそれは漆黒が際立っている。
今まで黒色の光の反射など考えたこともなかったが、比較すると脳がバグるというか現実離れした衝撃を感じられるほど。
今日は、この「至高の暗黒」を雨宮さんに分かりやすく教えていただこう。
――そもそも「至高の暗黒シート」はどのような理由で開発されたのでしょうか?
「産総研の計量標準総合センターでは「光の計量標準」、つまり、世に出回る照明機器などの明るさの基準を決めています。産総研は日本の明るさの基準の大元になっているので、できるだけ正確に光の量を計測する必要があり、黒い吸収体で光を全て吸収して検知することが求められるんです。そのため、我々は黒い材料の研究を10数年前から始めていました」
「当初は、黒さの原理を紐解くことから始め、仕組みがわかってきてからはより黒いものを実現するために絵具や塗料なども含めて調べ、より黒い素材の製造方法の研究開発を続けてきました」
つまりは、明るさを正確に測るための光の吸収材を研究開発した結果、世界が驚愕する「至高の暗黒シート」が生まれたということだ。
明るさの基準値を測るときは、光を当てた吸収材の温度がどれだけ上昇するかで測る方法があり、その際重要なのが「光を逃さない吸収材」。
もともと黒色は光を吸収しやすく温度も上がりやすいが、雨宮さんは、より反射しない「黒」を探し求め、世界一の黒にたどり着いた。
ではなぜ、これまでになかった「光を99.98%以上吸収できるシート」が実現できたのか?その秘密はシートの構造にある。
「シートの表面にミクロな凹凸の「光閉じ込め構造」を用いて、紫外線や可視光、赤外線のあらゆる光をとらえて逃がさない構造を採用しました。凹凸の角度やサイズを何度も調整して研究した結果、光吸収率を極限まで大きくできることがわかったんです」
これは2019年に雨宮さんが発表した、光を99.5%以上吸収する「究極の暗黒シート」と同様の構造。表面に凹凸を作って光の反射を減らす試みは以前からあったそうだが、「至高の暗黒シート」は、ひと味違う。
「表面の凹凸で光吸収率99.9%超(反射率0.1%未満)を目指すには、円錐状の穴の壁面をできるだけ急こう配にして、エッジはできるだけ鋭くする必要があるということが計算機シミュレーションによってわかりました。そのような洗練された凹凸構造の作製事例はこれまで無かった。この構造要件を初めて実現したのが、暗黒シートの光閉じ込め構造なんです」
「さらに今回は、シートの材料をカシューオイル黒色樹脂に変えました。これにより、光が当たった際に散乱する「くすみ」を以前より格段に抑えることができたんです」
「黒」への追求、「黒」へのこだわりが実を結び、至高の暗黒シートがお目見えしたわけだが、当然計り知れない苦労があった。
「ある程度の黒さでよければ、表面に凹凸を作ったり、フェルトのような布地を用いたりすることで実現できるのですが、至高の黒さを求めるなら、凹凸はよほど凝ったものを用意する必要があります。また、基材の黒さの質(くすみがないこと、より専門的には黒色顔料などによる散乱反射が少ないこと)も求められます。そのしくみの解明までに時間が掛かりましたし、くすみの小さい黒色基材を探すのも苦労しましたね」
暗黒に小躍りし、暗黒で家庭は円満になる
実はこれまで、世界一黒い材料とされてきたものがあった。それはカーボンナノチューブ配向体。あらゆる光を99.9%以上吸収すると言われていたが、素材がもろく、触ると性能が損なわれるものだった。
以降、0.1%を下回る反射率の素材は誕生しなかったのだが、雨宮さんの研究チームが「至高の暗黒シート」を開発したことで世界は変わった。
そんな、大発明とも言える「至高の暗黒シート」だが、これが広く使われるようになったら我々の生活や日常にどのような変化があるのか?
「たとえば、望遠鏡などではレンズ鏡筒の内面で余計な光の乱反射を可能な限り防ぎたいという要望があり、黒ければ黒いほどよいと言われています。同様に光を使う分析などでも、迷
光を除去するのにとても苦労しているようです。暗黒シートのような黒さがあればこれらの性能を向上できるかもしれません」
「また、身近なことで言えば車のダッシュボードは黒いようでいて直射日光にさらされると反射光がフロントウインドウに映り込んで視界が悪くなります。こうした照り返しの防止用などにも広く役立つようになればいいなと思っています」
10年以上、誰も見たことがない「黒」を追い求めてきた雨宮さん。「黒」の魅力とは?
「黒の研究の面白さは、結果がデータの羅列だけではなく、見た目にもはっきりとわかる形で現れること、でしょうか。人間の目は、実は黒さの違いにとても敏感です。究極レベルの黒同士の比較では反射率がわずか0.1%違うだけで明確に識別できます」
「研究開発の結果、未知なる至高の黒さにたどり着いたとき、まさに目を疑うほどの黒さだったので、実験室でひとり、小躍りしたことを今でもはっきりと憶えています」
もともと黒色がお好きだという雨宮さん。先日、暗黒シートを超える勢いでバズったのが、雨宮さんの愛猫あんこちゃんだ。
猫好きで黒猫好きな筆者だけに、暗黒シート以上に詳しい話を聞かせていただきたい所存。あんこちゃんのプロフィールから家族に迎え入れたきっかけを聞いた。
「あんこは女の子でおそらく3歳だと思います。保護猫の譲渡会に立ち寄った際にちいさな黒猫に出会い、ひとめぼれしました。性格はツンデレで、暗黒にちなんで「あんこ」と名付けました笑」
――あんこちゃんと暮らして良かったことは?
「とにかくかわいくて見ているだけで癒されます。かくれんぼ(というか、だるまさんがころんだ?)をするのが特に楽しいです。時々、人間の寝床を奪われたりしますが、それもまた悪くないです。あんこのおかげで、家庭もより円満になった気がします」
ちなみに雨宮さんのX(@AmemiyaKuniaki)には、黒が充満している。愛猫あんこちゃんを始め、黒い車やブラックカレー、黒いスイーツ、黒い甘酒まで、世の中の気になる黒のポストがずらり。気になる方は是非チェックして欲しい。
黒を愛し、黒に魅了され,黒を極めた雨宮さんが今後、挑戦したいこととは?
「さらなる黒さへの興味は尽きないです。暗黒シートは原理的に99.99%越えを目指せそうだという試算が得られています。ただ、現時点の技術で到達可能な範囲まではやりつくしたと思っています。暗黒シートは光の計量標準以外にも多くの用途でお問合せをいただいているので、今後は量産化ですとか実用化の方に軸足を移していきたいと考えています」
取材協力:産総研
文/太田ポーシャ