
数あるネット銀行のなかでも成長を続ける「PayPay銀行」。群雄割拠の業界でなぜ彼らは特別な地位を占めたのか。その裏側には、現場から「アイデアが出まくる」社長の習慣+組織の習慣が存在した。
LINEヤフーの子会社であるZフィナンシャルの連結子会社。ヤフオク、PayPayとの相性がよいほか「金融サービスを空気のように身近に」をミッションに掲げ、2024年の「NIKKEI Financial 銀行ランキング」1位、「2024年 オリコン顧客満足度調査」では「初めてのカードローンランキング」1位を獲得、UI、UXの進化に注力する。口座数も右肩上がりで拡大し、24年5月には800万口座を突破。
PayPay銀行を押し上げた「ダメ出し力」
──「斜め会議」という仕組みから影響を受けたとか。
はい。どんな現場にも、直属の上司に言いたいけど言いにくいことってあるじゃないですか。「斜め会議」は、仮に私が部長なら、隣の部長が私のチームのメンバーに話を聞いて、私にフィードバックをくれる仕組みです。メンバーから見ると斜めにいる部長が話を聞いてくれるから「斜め会議」と呼ばれています。
──何か言われたのですか?
ヤフーでいくつかプロジェクトを並走させていた2012年頃のことです。私は自分がハードワークするタイプなので「皆も結果を出して自己実現したいはず」と思い込んでいたのですが、メンバーは「ついていけない」と不満だったのです。ショックでした。でもこの経験から、フィードバックをもらう習慣がついたのです。例えば取材の後も、広報担当から「この話が分かりづらかった」などと、3つダメ出しをもらいます(笑)。
──経営にも生きていますか?
フィードバックは当社成長の源になっています。お客様や社内の声を聞き、例えばよく使うボタンを画面に大きく表示するなど、UI、UXを進化させつづけています。興味深いことに、こういった改善を行なうと、お客様の取引回数が徐々にですが確実に増えていくのです。またネット銀行の黎明期には、今ほどUI、UXが大切といわれていませんでしたが、我々は当時からその改善に注力していました。正しい方向に進化してこられたのは、お客様が何を望まれるのかを伺ってきた結果です。
WEB会議で本音を聞き出す「裏技」
──社長として心がけていることってありますか?
言いたいことを言える環境をつくることです。何でも言える環境をつくれば、現場から「この手続きをなくせばお客様の負担が減る」とか「ここを簡略化すれば現場が効率的になる」など様々なアイデアが出てきます。これは幹部からでは見えない貴重な意見です。
──何でも言える環境をつくるため、具体的にされていることは?
まず、どんな意見にも返信します。例えば定期的に社員全員へWEB会議でメッセージを発信し、アンケートを募るのですが、仮に100件質問があれば、100件コメントを返します。返事がないと「読んでいないのかな?」と、意見をもらえなくなるからです。
あと、会議では最後に発言します。幹部が何か言うと、その後の議論が幹部の意見に寄ってしまうことがあるからです。匿名も活用します。お互いの名前が分かる時に意見や質問を求めると「今後のビジョンは……」といった、どこか高尚な質問が来ます。ところがWEB会議で名前をニックネームに変え、チャットで意見を受け付けると「もっとお給料を下さい」などと本音が出てくるんです。
──(笑)。でもそんな雰囲気からいい意見が出てくるんですね?
そうなんです。私は意見が出ない組織に進化はないと思っています。ルールもシステムも古びていきますし、古びても「昔からこうだった」と慣性が働きやすいですよね。それを変えるのは「このままじゃダメだ」「非効率的だ」と感じた人の声なのです。
また、新規性が高い事業を行なえば、必ず、何が正解か分からず手探りで進んでいく場面があるはずです。そんな時、現場やお客様のご意見に従えば、大失敗はしないものです。
──その結果、具体的に変わったことは?
数字に表われた結果がいくつもありますよ。口座数が増えているのは「カードがなくてもスマホで預金が下ろせる」といった進化を地道に積み重ねてきた結果です。昨年、「預金革命」というプログラムを始めました。詳細は説明しきれませんが、円とドル両方を預けると金利が2%になります。これも無駄がなく効率的な組織をつくったから実現できたことです。PayPay銀行 代表取締役社長
田鎖智人(たくさり・ともひと)
1972年、東京都生まれ。95年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本信販へ入社。2003年にヤフーに入社し、06年にジャパンネット銀行(現・PayPay銀行)取締役に。17年に同行の代表取締役社長に就任し、以来現職。銀行業務にヤフーのビッグデータを活用するなど斬新な経営を進め、同行をネット銀行トップクラスの口座数に。