
■連載/ヒット商品開発秘話
「パスタの味はソースで決まる」。こう思っている人もいるだろう。裏を返せば、麺においしさを期待していないとも受け取れる。
こんな見解に立ち向かったのがニップン。おいしさにこだわった乾燥パスタ『オーマイプレミアム もちっとおいしいスパゲッティ』(以下、もちっとおいしいスパゲッティ)を開発し2024年2月から発売を開始したところ、2025年1月までの累計出荷数が5000万食を超えた。太さ1.5mmと1.8mmの2種をラインアップしている。
『もちっとおいしいスパゲッティ』はその名が示すように、もちっとした食感が特徴。口当たりは従来のパスタらしいハリが感じられるが、かみ始めるともちっとした弾力があり、かみ終わりはむちっとしている。ほどよいハリとコシが感じられたら“パツッ”と切れる従来のパスタでは味わえない食感を実現した。
『オーマイプレミアム もちっとおいしいスパゲッティ』。黒バックに大きなシズル画像を配置したパッケージデザインは、店頭でおいしさしさを訴求するのにひと役買っている。1.5mmはミートソースなど、1.8mmはたらこソースなどがおすすめ
消費者はパスタのおいしさを諦めている
『もちっとおいしいスパゲッティ』はオーマイプレミアムから誕生した初の乾燥スパゲッティ。開発の背景には、同社のオーマイブランドが消費者から一番選ばれているブランドではないという現実があった。同社は最古参のパスタメーカーでありオーマイブランドも古くから親しまれているが、市場でトップシェアを獲得するには至っていなかった。
ニップン
マーケティング推進部 ブランド営業企画チーム
増田浩太さん
マーケティング推進部 ブランド開発チームマネジャー
石倉あすみさん
家庭用事業を強化したかった同社は2022年10月、乾燥パスタを見直すプロジェクトを立ち上げる。マーケティング推進室(現在はマーケティング推進部)を立ち上げ、開発や営業などから社員を集めて全社横断的なプロジェクトとして進めることにした。
プロジェクトでまず実施したのが消費者調査。消費者宅を直接訪問してパスタに対する印象や調理に関することのほか、保管や購入に関することなど多岐にわたる項目をヒアリングした。定量調査も含めるとのべ6万人の消費者から貴重なデータを得た。
調査から驚かされる結果が浮き彫りになった。いったい何に驚かされたのか?マーケティング推進部ブランド営業企画チームの増田浩太さんは次のように明かす。
「われわれにはおいしいパスタを発売している自負がありましたが、消費者はパスタのおいしさを諦めているところがあることがわかりました」
同社は消費者がおいしさを諦めてしまった理由を、ゆで時間や麺の太さを訴求したパスタが多く、パッケージを見てもおいしそうに見えるポイントが見当たらないことにあると分析した。
麺のおいしさに満足してもらう切り口は何がいいか?特定のソースとの相性をよくするなども考えられたが、消費者に提案したコンセプトで好評だったのが食感であった。
食感に可能性を見出したのは2023年1月。増田さんは消費者が食感を支持したことについて「そこなんだ」と思った反面、納得のいくことだった。それは次のような理由による。
「うどんだったら『もちっ』、そばなら『のどごし』というように、他の麺類は当たり前のように食感を形容する表現と一緒に語られることがありますが、パスタは食感を形容する表現と一緒に語られることが少ないです」
消費者調査から、もちっと食感でつくることで決まったのは2023年4月のこと。生パスタや外食のパスタでもちっとした食感が浸透していたことなどから、消費者の反応がよかった。
麺を変えただけでいつものパスタがおいしくなった
パスタは通常、デュラム小麦でつくるが、『もちっとおいしいスパゲッティ』はもちっとした食感を出すためにデュラム小麦に国内産の小麦粉を一部配合することにした。
もちっと感を強くしようとすると、パスタらしいデュラム小麦の風味が弱くなる。配合を工夫し、もちっと食感とパスタの風味のバランスを取ることが求められた。これは容易なことではなく、研究所では200種類以上の配合パターンを検証。乾燥パスタでは滅多に例がないほど多くの配合パターンを検証した。
最終判断は消費者に委ねた。マーケティング推進部ブランド開発チームマネジャーの石倉あすみさんは次のように振り返る。
「発売を決める最後のチェックゲートとした消費者の試食調査では、1回目ですべて合格とはならなかったので、2回設ける形になりました。太さがある1.8mmはもちっとしていると評価されたのですが、1.5mmは細い分、もちっと感がやや弱いと評価される消費者もいて1回目では合格とはなりませんでした。発売直前のギリギリまで試作を繰り返し、2回目で合格となりました」
太さを1.5mmと1.8mmにしたのも、消費者調査の結果を受けてのこと。サンプル評価をお願いする際はつねに、2~3種類の太さを用意して評価を実施しており、評価結果を踏まえて太さを決めた。
サンプル評価では「麺を変えただけなのに、パスタが『おいしい』と言われました」といったおいしさを評価する声が多く得られた。とくに、家族が喜んだ旨の声が多かった。こうした声に「涙が出るほど嬉しかった」という増田さんは、発売したらイケそうだという期待を抱いた。
過去10年間でもっとも売れた乾燥パスタに
『もちっとおいしいスパゲッティ』は過去10年間に発売された他社を含む乾燥スパゲッティ新商品の中で、発売から6か月間の販売金額がトップで(2013年10月~2024年9月に、全国 KSP-POS[食品 SM]にて初登場後6か月の金額を基にニップンが集計)、累計出荷数5000万食突破も同社の乾燥パスタの中で最速を記録。今までにない勢いで売れている。
販促で意識したのが、おいしさを伝えること。テレビやYouTubeで流すCM、店頭での商品の見せ方も、おいしさを訴求。店頭ではテレビCMで流れるシーンのボードをつくり掲示したほか、できるところではマネキンによる試食販売も実施した。
オーマイプレミアムは冷凍パスタのナンバー1ブランド(インテージSCI[15~79歳]冷凍パスタ市場 2019年から2024年10月 ブランド別累計購買金額ベース)であることから、小売店によってはブランド全体のキャペーンを実施することもあった。「パスタをおいしくしてくれるブランド」という打ち出し方で、小売店と共同で取り組むことにした。
小売店と一緒になりブランド全体でキャンペーンを実施するのは、同社としては珍しい取り組み。小売店との商談は今まで、価格の話やどうやって売るかの話になりがちだったが、冷凍・乾麺問わずパスタを買う人が増える提案をするように意識的に変えていった。
石倉さんによると、同社はマーケティング推進部の立ち上げをきっかけに営業の意識を変えることも狙っていた。開発だけではなく営業も消費者起点に変えてくことをテーマにしていたという。
『もちっとカフェ』でリアルでの食体験を提供
おいしさを伝えることにフォーカスし販促で実施したのが、『もちっとカフェ』のオープンだ。ロイヤルガーデンカフェ青山(東京都港区)とコラボし、2024年3月20日から25日までの6日間の期間限定で実施した。企画の経緯を石倉さんは次のように話す。
「オーマイプレミアム初の乾燥スパゲッティですのでCMを多く投下することにしたのですが、その一方でリアルでの接点も大事にしたいと考え、食体験をつくる一環として『もちっとカフェ』を実施することにしました」
『もちっとおいしいスパゲッティ』を使った特別メニューは「海老・イカ・帆立のもちっとおいしいトマトソーススパゲッティ」と「春野菜とチキンのもちっとおいしいスパゲッティ」の2品。カフェの通常メニューも提供する中、実施期間中は来店客の半分近くに相当する1000名弱の人が特別メニューを体験した。石倉さんは「ご来店いただいたお客様に対して強く訴求できたと思っています」と手応えを明かす。
また、「もっとバリエーションを増やしてほしい」といった小売店や消費者の要望に応える意味から、同社は食感を軸にしたラインアップ拡大を企画。2025年2月に『オーマイプレミアム 極上アルデンテがおいしいスパゲッティ』を発売した。こちらは『もちっとおいしいスパゲッティ』と異なりしっかり食感。王道のアルデンテを追求し、ぷりんっと力強いハリと、むぎゅっと弾力的な食感を、厳選された北米産デュラム小麦を配合することで実現した。
『オーマイプレミアム 極上アルデンテがおいしいスパゲッティ』。青バックに大きなシズル画像を配置し、『もちっとおいしいスパゲッティ』同様、おいしさを強く訴求している。太さは1.7mmで、おすすめはペペロンチーノやトマトソースなど
取材からわかった『オーマイプレミアム もちっとおいしいスパゲッティ』のヒット要因3
1.消費者を起点にした開発
乾燥パスタを見直す糸口を探すところから最後の商品化の評価まで、つねに消費者の声や反応を確かめながらつくり上げた。消費者ニーズを具現化したともいえる。
2.研究開発の総力を挙げて実現した味わい
早ゆでといった機能がフォーカスされがちだった乾燥パスタにおいて、「おいしさ」にこだわって開発。食感に着目し、もちっと食感を目指した。乾燥パスタらしさともちっと食感の両方を実現するのは簡単ではなかったが、研究開発の総力を挙げて消費者が納得いくものを実現した。
3.徹底した「おいしさ」訴求
テレビCMをはじめ店頭での売場づくりやパッケージデザイン、期間限定カフェのオープンなど、販促はどの施策でも「おいしさ」を訴求することを徹底した。自信の現れでもあり、乾燥パスタの味を諦めていた人たちに期待を抱かせることができた。
発売後の反応はサンプル評価時の声と大きく変わらないものの、「ストックしているよ」「いつもこれ使っているよ」といった声も聞かれている。増田さんは「結構使われていて食卓に定着しているところは予想以上でした」と明かす。
食感といってもいろいろあるが、もちっと食感は日本人が好きな食感。うどんと違い細いパスタで実現するのは簡単ではないが、誰もが納得いくレベルのもちっと感の実現により受け入れられたのは必然だといえよう。
製品情報
https://www.nippn.co.jp/BrandB/ohmypremium/mochitto_spaghetti/index.html
取材・文/大沢裕司