ワコールといえば女性下着の老舗メーカー。男性には縁がないような印象を受けがちだが、実は1991年から男性下着を手がけている。
同社のメンズインナーブランド『ワコールメン』で一番人気を誇るのが、2021年12月に発売された『レースボクサー』。レース素材を使ったボクサーパンツで、まるで高価な女性下着のような華やかさや美しさを持ちながら快適さも兼ね備えた。発売から10日間で3か月分の販売予定枚数を完売したほど。2024年12月までに累計で17万枚以上が出荷されている。まるで女性下着のような美しさにこだわった『レースボクサー』はなぜ誕生したのだろうか?
男性も下着に美しさを求めている
ワコールメン『レースボクサー』3960円~
同社がデザイン性にこだわった男性下着をつくったのは、2016年12月に発売した『ハナコトバパンツ』に遡る。華やかな花柄をプリントしたもので、季節ごとに花柄を変えたりオリジナルの花言葉を添えたりするなど細部にこだわってつくった。
「アウターなど男性のファッションは華やかでカッコよくなってきていますが、下着だけは進化が遅い気がしていました。いつ売場に行っても変わり映えせず、色合いがブラック、ネイビー、グレーといったベーシックカラーのものが多いと感じていました」
このように話すのは、『WACOAL MEN』のブランドマネジャーで『レースボクサー』の企画・開発に関わった稲積美紀さん。男性から支持されるかどうかは未知数だったものの、発売してみると男性からの反響が大きく高い支持を獲得。「全色買いました」「こんな商品をずっと待ってました」と話す愛好者もいた。
『レースボクサー』を開発することにしたのは、2020年に実施した顧客調査の結果からだった。男性も下着に美しさを求めていることがわかったのだ。
「カッコよく着こなしてもらえるものとして、10年以上前からレースの男性下着をいつか提供したいと思っていました」と稲積さん。女性下着に使うイメージが強いレースは通気性がよく、下着に関する男性の悩みである蒸れにおすすめの素材。美しさやカッコよさを表現するためだけではなく機能性も両立できると判断し、『レースボクサー 』は開発されることになった。
強度と伸度を高くした男性専用レース
『レースボクサー』で使われているレースは女性下着に使われるそれとは異なり、男性下着専用に設計・開発されたものを使っている。
「女性下着に使うレースは糸が細く繊細なことから透け感があり美しいのですが、女性と比べて力の強い男性の下着に同じものをそのまま使うと破れてしまうことが考えられます」と稲積さん。
ウエストゴムを持った瞬間に親指でレース生地を押し込んだり、引き上げる際に強く引き上げすぎたりするとレース生地が破れてしまう。股下がズボンと擦れることによって穴が開きやすいことも想定された。
2007年からメンズインナーに関わってきた稲積さんが見れば、一般的に女性下着に使用しているレースの破裂強度を見ただけで男性下着に使えないことは一目瞭然。男性下着に使うには、男性が普段はくパンツと同等の強度と伸度を持つ、男性下着専用のレース生地が必要だった。
男性下着専用のレース生地の設計・開発は、糸選びとデザインがポイントとなる。糸は女性下着に使うものより太いものを使うが、デザインの工夫について稲積さんは次のように話す。
「はいた時に肌が見えすぎないようにしました。すき間が大きいとレースは強度が弱くなる上に穿くとセクシーになりすぎます。透けすぎないよう柄を大きめにしました」
レースの扱いに慣れている同社であっても、開発は簡単ではなかった。通常の生地より伸びないことから、パターンをいくつもつくり何が最適なのかを検討。強度を上げすぎて「痛い」と言われてしまったこともあった。
カッコよさにこだわることもあり、最初の試作は白のレースでつくったほど。ハレの日に穿くものとして意識した。
白いレース製の試作は社内で多くの人たちの目に留まり、共感を得ることができた。稲積さんは次のように話す。
「女性は結婚式の日、ウェディングドレスに合わせたブライダルインナーを着けますが、男性はパンツのことを意識することはなく、どんなパンツを穿いていたのか覚えていない人が多いです。ハレの日にはくパンツを選ぶ習慣もないので、白いレースでつくったらハレの日に選んで穿いてもらえるパンツになるかもしれないという期待感がありました。ですが開発していくうちにハレの日だけでなく、毎日使っていただけるようなパンツにしたいと考えるようになりました」
方向性に確信が得られたことから、さらにカッコよくするべく検討を重ねていった同社は2021年10月、クラウドファンディングで先行販売を実施。開始30分で目標金額を達成した。この結果を受け『レースボクサー』を自信をもって発売開始することができた。
観賞用と着る用に分けてそろえる人も
購入者層は20代から60代と幅広く、中心となっているのは40代や50代。これまで男性下着で広がることがなかったクチコミもSNSで拡散しており、「着用感がいい」「全シリーズ買いました」「鑑賞用と着る用を買いました」といった声が挙がっている。
なぜ『レースボクサー』は、発売以来現在まで支持を集め続けることができているのか?稲積さんはその理由として、レース素材を扱ってきた経験が豊富で目利き力があることと、女性下着で知られるワコールという会社にメンズインナーをつくってきた歴史があることを挙げた。
「私たちには女性下着だけではなく男性下着も長くつくってきた歴史があります。女性下着向けの素材であったレースを男性下着に使う発想や、レースを男性下着に使えるようにするためのアイデアは、これまでのものづくりの経験があったから生まれたものであり、レースを男性にとって快適な素材に仕上げることができました。男性下着だけつくってきたところだとおそらく、女性下着に使うレースをそのまま使ってつくることしかできないと思います」