
退職代行というサービスをご存じでしょうか。退職代行とは、退職したい従業員本人に代わって、退職の意向を勤務先に伝えるサービスを指します。第三者を介する退職代行サービスを使うなんて、よほどの事情があったかと思われるかもしれませんが、7年ぐらい前から退職代行サービスを行う民間事業者がマスコミ等に取り上げられたことにより、急速に知名度が上がり、利用者も増えているようです。マイナビキャリアリサーチLabの「退職代行サービスに関する調査レポート(2024年)」*1によれば、2021年:16.3%、2022年:19.5%、2023年:19.9%、と退職代行利用による退職者が年々増加傾向にあるようです。
また、東京商工リサーチが2024年に実施した「人材確保・退職代行」に関するアンケート調査*2によれば、大企業の18.4%、中小企業の8.3%が、退職代行サービス業者からの退職手続きの要請を経験しているという結果が出ており、ある程度一般的になってきた感があります。
変わらない退職理由と変わる作法
退職代行サービスを利用した理由は、「退職を引き留められた(引き留められそうだ)から」が40.7%で最も高く、「自分から退職を言い出せる環境でないから」が32.4%、「退職を伝えた後トラブルになりそうだから」が23.7%で続きました。*3退職の意向があっても自分から退職届を提出することが難しかったり、意向を伝えても退職するのが難しかったりする様子が窺えます。これは従来とあまり大きくは変わらないでしょう。
ただ、インターネットの急速な普及とそれに伴うサービスやアプリの登場で、誰でも簡単に転職情報に触れられるほか、職種によっては圧倒的な売り手市場という市場環境、働く人の意識の変化で、退職の「作法」もこれまでの常識が通じなくなってきています。
組織環境からみた退職発生の要因とは
では、そのような中で組織ができる退職予防策と言われて何をイメージされますか。
社員の給料や福利厚生を良くしたり、モチベーションに寄り添ったりするなどが浮かんでくるかと思いますが、果たしてそれらは本当に社員のためになっているのでしょうか。
例えば、若い人の早期離職は「諦めるのが早い」「Z世代だから」などの個人的性格や世代論で結論づけられたりすることが多いのですが、実は離職の真の要因はもっと別のところにあります。今回は真の退職発生の要因を組織環境の側面から4点お伝えします。
1)マネジメント不足による退職
社員が組織で働くからにはその組織に所属しているという「所属意識」が必要です。
この意識を醸成するためは組織が設定する「ルール」を守らせることが必須です。
「ルール」というと人を縛りつけるイメージになる方もいらっしゃると思いますが、
例えば、会社はスポーツでいえば、団体競技ですので、各選手が自分の所属するチームのルールに従って動くことが求められます。自分たちは優勝したい、だからこういう作戦でいこう、こういうルールでメンバーを強くしていこうとなるはずです。これができているチームは確実に成長していきます。ルールを守ること、そして守らせることがマネジメントの第一歩なのです。
しかしながら、社員が意思を持ってルールを守らないことや、管理者が社員の守っていない状態を注意しないと「所属認識」が希薄になり、いずれは消滅していきます。
つまり、実態は会社に所属していますが、頭の中は会社に所属していないような感覚になっている状態です。こうなると、会社の利益より自分の利益が優先という思考になります。仮に組織から自分の利益にならないことを求められると、その組織に所属するメリットを感じなくなります。そして別の組織に移った方が自分の利益を得られると錯覚してしまい、退職します。
2)目標が不明確なことによる退職
どの組織においても通常、上司が部下に対して目標を設定しますが、この目標を不明確な状態にしてしまうと、どのようなことが起こるでしょうか。
いつまでに、何をやればいいのか何となくあいまいなため、部下は自分がやることが良く分からず、仕事を進めていきます。当然、仕上がりが良くないので、上司がどうなっているのか確認しにきます。そこで「あれをしなさい」「こうしたらいい」なとど部下の仕事の経過に口を出し続けていくことになります。
これにより部下は、上司が頭の中で描いている目標とはズレたところで、自分で目標を設定してしまい、そこに向けて全力で取り組みます。
この状態で評価のタイミングが来た時に何が起こるでしょうか。部下は部下なりに「できた」と思っていても、その目標は上司の認識とはズレたものであるため、上司の評価は当然「できていない」となり、部下は良い評価を獲得できません。
こうなると部下は「できたのに組織はどうして評価してくれないんだ」と不平不満を持つようになります。その後も良い評価を獲得しようと模索するのですが、目標は不明確のままなので、評価の獲得方法も分からないままです。
時間が経つにつれ、不平不満は組織への疑念になり、いずれは不信感に変わっていきます。
そうなると、部下はもうこの組織では評価を獲得する手段が無いと錯覚し退職します。
3)パフォーマンスに対する自己評価による退職
組織の中で社員のパフォーマンスを評価するのはどなたでしょうか。直属の上司や社長になるかと思います。つまり組織における評価というものは他者が行う「他者評価」ということです。至極当たり前のことですが、そもそも自分を評価する基準がなかったり、他者の主観的な評価が行われていたりすると「自己評価」が発生しやすいのです。
自分のパフォーマンスが良かったのか、悪かったのか、はっきりフィードバックされることが無い状態で給与や賞与が下がっていたらどうでしょうか。もしかしたら、先日上司に飲みに行くのに誘われたけれど、断ったから印象が悪くなり評価が下がったのかなど
仕事に直接関係が無いところに意識が向いてしまいます。
本来はパフォーマンスが良かったのか、悪かったのか、例えば3カ月ごとに区切りを入れ、他者評価を得て、次はどうするのかという進め方をすることで集中力を維持できます。しかし、この区切りや他者評価が全く無いまま仮に不調が続くと、意識は疲弊・低下し、このまま迎えるであろう未来を想像すると更に悪くなると認識し「もう嫌だ、考えたくない」となり未来への思考を停止します。つまり集中力が持たずギブアップ、逃げようという思考になり退職します。
4)型がないことによる早期退職
組織として、社員のあるべき「型(かた)」を設定し、それをしっかり身につけ、ステップアップさせることです。「型」というと堅苦しく感じる方も多いかと思いますが、そもそも組織がしっかり「型」を示さないと社員が「形なし(かたなし)」になって漂流し、自分がいる場所はここではない、少しでも型がない、縛りがない職場に移ろうという気になりやすいのです。
また、中途採用者に対しても同じです。即戦力として採用される場合が多いかと思いますが、これも型を設定しないと、前職のやり方で良かれと思って仕事をした結果、組織が求めることとは異なることになり、評価されず、自分の居場所がなくなり、早期退職につながることが多いのです。
まとめ
世の中、組織に縛られない働き方を選ぼうとか、自分らしさを尊重しようという傾向が強くなっています。それらは重要なことですが、組織で働く以上、まずは組織が求めることに対してしっかりと受け止めた上で、働いたり、発揮したりすることではないでしょうか。つまり順序が逆になっているので正しい順序で退職予防策をしましょうということです。
今まで述べてきた4つの点の正しい順序は次の通りです。
・ルールを守らせる⇒ルールに則ったコミュニケーションや施策の実行
・上司と部下の間で認識がズレない目標設定⇒評価の獲得方法が明確で頑張りやすい
・他者評価としての環境設定(客観的な評価制度の導入)⇒自分の成長を実感できる
・型を身に付けさせる⇒型通りできるようになる
文/識学
*1 引用元:マイナビキャリアリサーチLabの「退職代行サービスに関する調査レポート」
*2 引用元:東京商工リサーチ2024年6月19日付WEB記事「退職代行業者から連絡、大企業の約2割が経験 人材確保に「賃上げ」、「休日増」などで対抗」