
■連載/ヒット商品開発秘話
書類を記入する時や保持する時に使われるクリップボード。挟む書類の向きに合わせてタテ型・ヨコ型を使い分けるが、1枚でタテ・ヨコ両方の書類に対応するタイプが売れている。ナカバヤシの『カドップ』のことだ。
『カドップ』は一般的なクリップボードと異なり、書類の対角2か所をマグネットクリップで留め、1枚でタテ・ヨコ兼用で使えるようにした。2024年3月からロフトで先行販売を行ない、4月に全販売チャネルでの販売を開始した。発売から11か月で累計1万2000冊を出荷している。
タテ・ヨコ兼用クリップボード『カドップ』。薄型のマグネットクリップで書類の角2カ所を留める。カラーバリエーションはフォレストグリーン(写真)、フェザーホワイト、フルブラックの3色で、価格は935円(同社直営ECサイト『ナカバヤシダイレクト』)
フォトフレームからイメージしたタテ・ヨコ兼用
開発の背景にあったのは、「新しい機能を持ったクリップボードをつくりたい」という企画担当者の想い。問診票や履歴書といった一般的な書類はタテ向きのE(エンド)型、提案書や企画書といったクリエイティブな書類はヨコ向きのS(サイド)型が使われる傾向があることに着目した。
「クリップボードを扱っているメーカーは基本的に、E型とS型の両方を展開しています。しかし、フォトフレームのようにタテ・ヨコ兼用で使えて、向きを変えてもデザインが変わらないものができれば、スマートでいいなと思いました」
このように話すのは『カドップ』を企画した柳井早紀さん(コンシューマーコミュ二ケーションカンパニー 企画部CC企画課)。2022年9月に企画を立て開発に着手した。
ナカバヤシ
コンシューマーコミュニケーションカンパニー
企画部CC企画課
柳井早紀さん
最初はボードのタテ・ヨコにそれぞれ1つずつクリップを取り付けることを考えた。E型とS型を一体化したような形だ。
一般的なクリップボード。書類の向きに応じてE 型(タテ)。S型(ヨコ)を使い分ける
ただ、クリップに手が当たってしまうことから、このアイデアはつまずいてしまう。「2つのクリップを使うアイデアにフォーカスできたことは良かったのですが、手に当たってしまうことは果たして便利なのか?と疑問でした」と柳井さん。クリップが手に当たらずタテ・ヨコで使える書類の留め方として考えられたのが、書類の対角2か所をマグネットクリップで留める方法であった。取り付け位置と形状が決まれば実現の可能性が見えてきた。
デザイン性と高い強度を両立する扇形
まず検討したマグネットクリップの取り付け位置は、ボードのタテとヨコ。それぞれに1つずつ配置することを考えた。ただ、この位置では利便性が良くなかったことから別の場所に取り付けることが検討された。
この次に検討された取り付け位置が、現在と同じ書類の対角2か所に配置するというもの。上下をしっかり固定し、書類をきちんと保持することができ、利便性が損なわれないことから、取り付け位置はメドがついた。
残された課題はマグネットクリップの形状。最適な形状を見出すまでに時間を要した。
最初に考えたのは三角形。角が鋭利なことと書類をめくりにくいことから不採用となった。
このほか四角形や台形などを検討したが、スマートで手に当たりにくく、かわいらしく見えるデザインは何かを、モックアップをつくって検証したところ、2023年4月頃に現在の扇形が最適という結果に至った。
「四角形だと面積が大きくなり、書類が引っ掛かってしまったり角があることで書類をめくる時に指が痛くなったりすることがあります。扇形は指に一番負担が掛からず意匠的にもスマートでした」
このように話す柳井さん。扇形は検証した形状の中で最も強度が高く書類をしっかり保持できた。
検証のためにつくったマグネットクリップのモックアップは10個ほど。クリップボードの開発で、部品だけのモックアップをこれほどつくるケースは滅多にないことだった。
スチール面に直接貼り付け可能
マグネットクリップは『カドップ』のために設計・開発した。強度を高めしっかり書類を保持できるようにするため、二重構造のポリプロピレン製カバー内にネオジム磁石を内蔵している。
手が当たって使いにくくならないよう、厚さ0.4mmと薄く仕上げたのも特徴。ネオジム磁石により薄くても複数枚の書類をしっかり固定できるようになっている。磁石は薄さと磁力のバランスを取り、むき出しではなくカバーに収めることで書類にクリップの跡がつかないよう配慮した。
2か所のマグネットクリップを開いたところ。薄いために手に当たって使いづらいことがなく、マグネットをむき出しにしていないため書類にクリップの跡をつけることがない
磁石はボードにも内蔵。これによりロッカーやキャビネットなどスチール面に直接貼り付けることができるようになった。コストがかかることもありボードに磁石を入れない案も検討したが、安定感があり掲示する書類に使ってもらいやすいことから入れることにした。
ボードにもマグネットを内蔵したことで、スチール面に直接貼り付けることができる。お知らせや回覧板などを挟んで職場のロッカーに掲示するといった使い方が可能だ
「書類を10枚挟んで貼り付けても落ちることがありません。職場ではシフト表を挟んだものや回覧板をロッカーに貼って掲示するのに使えたり、家庭では子どもの学校で配られたプリントを挟んで冷蔵庫に貼り付けたりすることなどに使えます」と柳井さん。スチール面に直接貼り付けられることは、磁石を4個使う仕様に決まった時から付加価値として打ち出すと決めていた。
また発売前、店頭に並べた時に商品同士がくっついてしまうことが判明する。ボードにも磁石を入れていることがその理由だが、包装する際にボードの裏側にウレタンフォームを封入することで解決した。
特徴ある動きを動画で見せる
対象としたユーザーは学生から大人まで、利用シーンはオフィスから家庭までと幅広く想定した。事務用品としてオフィスや学校で使うイメージがクリップボードにはあるが、家庭でも使ってもらうことを目指した。
このため、カラーバリエーションもどこでも使え性別を問わない観点から落ち着いた色で検討。フォレストグリーン、フルブラック、フェザーホワイトの3色で展開することにした。
年間5000冊を目標に販売を開始。従来のクリップボードとは形状、機能が異なるので、柳井さんは「目標は妥当」だと思う一方で、ユーザーに受け入れられるかどうかは不安なところがあった。しかし結果は、発売から1年未満で目標の倍以上になる1万2000冊以上を出荷している。
この裏には『カドップ』の特性を生かした販促が奏功したこともあった。向きを変えるだけでタテでもヨコでも使えること、マグネットクリップの動きに特徴があること、スチール面に直接貼り付けられることから、動きを見せる動画を制作しYouTubeで公開している。
タテ・ヨコで自立可能なスタンドタイプ
2024年12 月には第2弾として、カバーをつけタテ・ヨコどちらでも自立可能にしたスタンドタイプが発売される。限られた机上スペースを有効に使えるようになるほか、自立させることで書類を目線と同じ高さにできパソコン作業の効率がアップする。
2024年12月に発売になったばかりのカバー付きのスタンドタイプ。カバー下部が三角形にカットされているのは、タテに自立させる時に安定するため。2本足で立つような格好になる。カラーバリエーションは先に発売されたカバーなしタイプと同じで(写真はフェザーホワイト)、価格は1267円(同社直営ECサイト『ナカバヤシダイレクト』)
第2弾は第1弾の発売直後に企画。売れ行き好調なことを受け、新たな価値をプラスする観点から企画された。
新たな価値として着目したのが、スペパ(スペースパフォーマンス)とタイパ(タイムパフォーマンス)だった。「働き方改革により文具業界ではスペパとタイパが注目されています」と話す柳井さん。加えて、第1弾は「汚れが気になる」という声があったことから、持ち運ぶ際に汚れないようカバーをつけ、カバーを生かす形でスペパとタイパをアップさせる自立機能を実現することにした。
2つ折りできるカバーを開き裏から筋に沿って折り爪を切り込みに差し込めば、タテにもヨコにも自立させることができる。タテに自立させる時に安定するよう、カバーは下部を三角形にカットされている。
自立時(ヨコ)の裏側。角度を2段階で調節することができる。調節はカバーの爪を差し込む位置を変えるだけ
自立することと書類を汚れから守ることのほか、カバーをつけたことでより安定した筆記ができるようになった。柳井さんは次のように話す。
「立ちながら書く際、カバーをボードの裏までめくりますが、この時ボード2枚分の厚さになるので安定した筆記が可能です。第1弾は手軽に使いたい人向け、第2弾は持ち運びたい人や安定した筆記をしたい人向けになります」
取材からわかった『カドップ』のヒット要因3
1.ありそうでなかった
これまでのクリップボードは、タテ向きのE型、ヨコ向きのS型に分かれていた。1枚でタテ・ヨコ兼用できるのは今のところ『カドップ』しか見当たらない。ありそうでなく、独創性の高さから大きな差別化が図れた。
2.基本機能に新機能をプラス
クリップボードの基本機能であり唯一の機能といっても差し支えないのが、書類を挟み保持すること。この機能にスチール面に貼り付けることができたりタテ・ヨコどちらでも自立させることができたりと便利な新機能をプラスした。他のクリップボードにはない高い付加価値を持っている。
3.行き届いた細やかな配慮
専用のマグネットクリップは手に当たりにくくしたり、めくりづらくならないようにしたりと薄さや形状にこだわって開発。タテ・ヨコ兼用、スチール面に直接貼り付け可能、自立と機能面に目が行きがちだが、使い勝手を良くする配慮が行き届いている。
「ユーザーからとにかく『シンプル』と言われることが多いです」と柳井さん。「機会があれば新たな機能を持った第3弾以降も開発していきたいです」と意欲を示すが、社内でも期待が高く、サイズやカラーでバリエーションを増やしてほしいと要望されている。今後は大切に育てながら、サイズやカラーのバリエーションを増やしたり新アイテムを送り出したりしたい考えだ。
製品情報
https://www.nakabayashi.co.jp/product/category/08/02/18/
取材・文/大沢裕司