
言語化が難しい『暗黙知』は、形式化して共有する必要があります。暗黙知の意味や放置するデメリット、組織におけるナレッジマネジメントの重要性を確認しましょう。
目次
職場やビジネスシーンで、『暗黙知』という言葉を耳にしたことがある人は多いでしょう。企業にとって暗黙知は貴重な財産ですが、適切な共有がなされない場合は、多くの弊害が生じます。
今回は、暗黙知の意味や使い方、混同されやすい言葉との違いなどを解説していきます。
暗黙知とは何か
暗黙知とはどのようなものかを理解しましょう。
■言葉で説明ができない知
『暗黙知(あんもくち)』とは、言語化が難しい知識のことです。ノウハウ・経験値・コツと言い換えてもよいでしょう。暗黙知には、以下のような特徴があります。
- 感覚的な部分が大きい
- 個人の経験によって取得される
- データ化や共有が難しい
料理人の腕前やデザイナーのセンスは、暗黙知の代表格です。これらは長年の経験や練習によって培われたものであり、言語化や共有が容易ではありません。
暗黙知は、英語で『tacit knowledge(タシットナレッジ)』といいます。tacitには、『暗黙の』『言葉に表さない』『無言の』という意味があります。
■暗黙知の由来
暗黙知という言葉をいつ・誰が生み出したのかは定かではありませんが、ハンガリー出身の学者『マイケル・ポランニー』によって提唱されたといわれています。
彼は、著書『暗黙知の次元』で「人間の知識には言葉で表現できない部分がある」と主張し、暗黙知があらゆる知的活動の基盤になることを説いています。
この考えは、経営学者の野中郁次郎氏によって発展され、後述するナレッジマネジメントの重要な概念となりました。
身近にある暗黙知を具体例で紹介
身の回りには、言葉で表現することが難しい暗黙知が数多く存在します。日常生活や職場において、多くの人が無意識のうちにこれらの知識を活用しています。
■日常生活の中の暗黙知
マイケル・ポランニー氏は暗黙知の例として、『人の顔を認識できること』『自転車に乗れること』を挙げています。私たちは、知り合いの顔を見分けられますが、それをどのように行っているかを説明できません。
また、自転車の乗り方や泳ぎ方といったスポーツの技術習得には、言葉では説明しきれない体感的な要素が大きく関わっています。
言語学習における発音も同様です。外国語のネイティブな発音は、発音記号で学習できる部分はあるものの、その言語を使う経験を通してしか完全に習得できません。
日本語特有の『オノマトペ(擬音語・擬態語)』も、暗黙知の一種といえるでしょう。日本語話者は感覚的に理解できますが、外国人には困難です。
■職場の中の暗黙知
職場には、感覚や経験に基づいた暗黙知が多く存在します。その一つに、営業担当者の営業スキルが挙げられます。顧客を引き付ける話術や潜在的なニーズを理解する能力は、経験を通じて培われるものであり、マニュアルでは伝えきれません。
デザイナーのセンスや、熟練職人の技も暗黙知の一種です。また、以下のような能力も言語化が難しいといわれています。
- チームの雰囲気を読み取り、円滑なコミュニケーションを行う
- 特定の作業を効率的に行う
- トラブル発生時に即座に対応する
暗黙知を組織全体で共有・活用することが、業務効率の向上や人材育成には不可欠です。
暗黙知と混同されやすい表現もチェック
暗黙知と関連性が深く、しばしば混同される概念には『実践知』『集合知』があります。これらの概念を理解することで、暗黙知の特性がより明確になるでしょう。
■実践知
実践知は、暗黙知の一種です。その場の状況を把握して的確な判断を下す能力のことで、実践経験を通して培われます。言葉で明確に説明できないため、マニュアル化が困難なのが特徴です。
例えば、ベテラン運転手が道路状況や他の車の動きを瞬時に把握し、安全に運転する能力は、実践知の典型といえるでしょう。
実践知と混同されやすい言葉には、『経験値』があります。経験による成長の度合いを数値化したもので、ビジネスシーンでは『経験値を積む』『経験値が上がる』といった使い方をします。
■集合知
集合知とは、多数の人々の知識・経験を結集させることで、個人や小集団では達成できない高度な知性・解決策を生み出す概念です。ただし、『大勢が集まれば、誰かが知っている』という考え方ではない点に注意しましょう。
近年は、Web上での集合知の活用が進んでいます。例えば、WikipediaやGoogle検索エンジンは、多くのユーザーの知識や行動を集約し、より価値の高い情報を提供しています。
また、社内ホームページに情報共有環境を構築し、部署を越えた知識共有を促進する企業も少なくありません。このような取り組みは、組織全体の知識レベルを向上させ、イノベーションを生み出す可能性を高めます。
ビジネスシーンで暗黙知が放置されるリスク
暗黙知を個人の中だけにとどめておくと、企業にどのようなマイナスの結果が及ぶのでしょうか?組織の持続的な成長と発展のためには、暗黙知を放置するリスクを理解し、適切に対処することが重要です。
■業務が属人化する
業務の属人化は、暗黙知の放置によって生じる重大なリスクです。特定の社員だけが持つ知識やスキルに依存すると、不在の際に業務が滞ったり、品質が低下したりする可能性があります。属人化が進めば、全体の効率性・生産性に悪影響が及ぶでしょう。
属人化は、人材育成の観点でも問題です。新入社員・若手社員が成長する機会を奪い、組織全体の能力向上を妨げてしまいます。マニュアルの作成やナレッジベースの構築、定期的な勉強会の開催など、『暗黙知を共有可能な形』に変換することが求められます。
■知識やノウハウが失われる
熟練の職人が持つ技術・ノウハウは、本人も明確に説明できない暗黙知であり、継承が困難です。企業が継承対策を怠れば、業務の属人化が進行します。対象者の退職とともに、組織から重要な技術・ノウハウが失われ、市場における競争力が大きく低下するでしょう。
企業の営業部門には、多くの暗黙知が存在しているといわれます。各担当者がそれぞれの客先を訪問するため、話術や相手の心をつかむコツなどが可視化・共有化されにくいのです。成績トップのベテラン担当者が退職すれば、売り上げが大きくダウンする恐れがあります。