ポイントその4:グレーゾーンに多い悩みを知っておく
グレーゾーンの人が職場で感じる悩みには、ある程度類似性があり、典型的なものが多い。舟木先生によると、「発達障害かもしれないと思って医療機関を受診したのに、はっきりと発達障害という診断が下りず、その傾向があるグレーゾーンであるということで診断が終わってしまい、医師から治療やサポートをしてもらえないと考えてしまう人が多いです」という。
発達障害という診断が下りず、グレーゾーンであると上司に伝えたら「発達障害でなかったのなら、特に問題はないということですね」と言われてしまい、その後はミスなども単なる不注意からくるものと思われ、仕事がやりにくくなったというケースは多い。
発達障害など診断名のある疾病には理解があるが、グレーゾーンへの理解は低く、特性からくる「困りごと」を本人の不注意ややる気の問題に置き換えてしまっているのである。これは認識を改めなければならない点の1つだと舟木先生は言う。
もう1つ典型的な悩みに、異動がある。グレーゾーンの人は特定の仕事で支障が出てしまうことがあり、今の部署では問題なく仕事ができていても、異動先で適応できるかどうか心配している人も多い。
上司となる人は、グレーゾーンの人はこうした悩みを抱えていることを、しっかり把握することが重要だ。場合によっては本人と話し合ったうえで、人事や産業医に相談する機会を設ける必要もある。グレーゾーンの人はこんな悩みを抱えているのだということを、あらかじめ知っておくだけでも、グレーゾーンの部下の人の役に立つ。
ポイントその5:グレーゾーンの部下を持った上司に多い悩みをあらかじめ知っておく
グレーゾーンの部下を持った上司は、共通の悩みを抱えていることが少なくないという。例えば、グレーゾーンの特性や悩みを知らない上司は、病気や障害ではないグレーゾーンの人への配慮について、本当に必要なのかどうか迷ってしまう。「グレーゾーンは病気ではないのだから、本人の普通と違う行動は、気の持ちようや価値観などの問題と何が違うのか、理解しがたい」と考えてしまいがちである。
また、グレーゾーンの人が好きな仕事とそうでない仕事の差が大きいことに悩んでいる上司も多い。好きな仕事ばかり任せていても、成長が見込めない。だからといって、部下が好きでもない仕事をやらせると、指導の手間が大幅に増えてしまう。
こうしたグレーゾーンの部下に配慮をしていると、周りの社員からえこひいきしていると勘違いされてしまう可能性もある。これらの問題は、グレーゾーンの部下本人、そして周囲の社員と話す場を十分に設けることで解決することが多い。
またグレーゾーンの部下を持った上司は、大きなミスではないものの、部下がミーティングにいつも数分遅刻したり、ケアレスミスを繰り返すといったことに対して、小さな注意を何度もしなければならないことにストレスを感じることもあるだろう。毎回同じことを注意するのはうんざりするし、度重なる注意をパワーハラスメントなどと受け取られないか、心配になる人もいるはずである。
毎回小さな遅刻を繰り返すグレーゾーンの人には、スケジュールを可視化し、会議の開始前の時刻にアラームをセットしておいたり、周囲に声掛けをお願いするなど、注意をするだけでなく「困りごと」を解決する方法を一緒に考えることが大切になる。
また、サポート役の他の社員の心を守ることも、重要である。忙しいからといって任せきりにしておくと、黙ってストレスを抱えてしまい、退職されてしまうこともある。負担が過度になっていないかどうか、上司は必ずフォローして行きたい。
こうした「グレーゾーンの部下を持った悩み事例」を知っておくことは、上司自身の心を守ることにもつながる。
グレーゾーンの部下が働きやすい職場への改善
こうしたポイントを踏まえながらグレーゾーンの強みを活かし、マネジメントすることは、企業の業績を大幅にアップさせることにもつながっていく。「発達障害」は「能力の凹凸」であるとも言いうる。グレーゾーンの部下がクリエイティブな思考に長けている場合、その才能を活かせるプロジェクトに取り組んでもらうなど、強みを前面に出した役割を見つけることで、業績を向上させることが可能になる。
グレーゾーンの人が持つ特性を会社の課題として受け止め、クリアして行くことで、組織全体の成長のチャンスとなることがある。グレーゾーンの部下を持つ上司だけが悩むのではなく、なぜグレーゾーンの人が抱えている「困りごと」を、組織全体の課題として捉え、対応していく職場に変えることで、全社員が働きやすい職場づくりが実現する。
舟木先生は、そうした企業の飛躍につなげるためにも、まず、グレーゾーンの人が悩んでいることは何か、グレーゾーンが抱える生きづらさについて理解することが第一歩であると主張している。グレーゾーンの部下は確かに大変だけれど、部下として配属されたら、自分と組織の成長につながるチャンスでもある。
今回はグレーゾーンの部下に対する対処法を主に紹介してもらったが、新刊書「発達障害グレーゾーンの部下たち」では、グレーゾーンの上司にどう対応するかも紹介されている。具体的な対応事例も豊富なので、ぜひ参考にしたい。
注1…定型発達とは
定型発達とは、生後何年でこういうことができます、という「年齢ごとの発達の特性と比較して一般的な基準を概ね満たしている」という意味で、いわゆる「発達障害がない」という状態。
注2…ASD特性とは
ASD(Autism Spectrum Disorder:自閉スペクトラム症)とは、「コミュニケーションがうまく取れない」「人との関わりが苦手」「こだわりがある」といった特性のある障害のこと。
注3ADHDとは
ADHD(Attention deficit hyper activity disorder:注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害と呼ばれる。不注意、多動性・衝動性が主な特徴である。
舟木彩乃先生
心理学者・カウンセラー。公認心理師・精神保健福祉士。博士(ヒューマン・ケア科学 /筑波大学大学院博士課程修了)。博士論文の研究テーマは「国会議員秘書のストレスに 関する研究」。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。文理シナジー学会監事。一般社団法人企業広報研究ネットワーク理事。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明 (特許取得済み)。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や地方自治体の メンタルヘルス対策に携わる。Yahoo!ニュース エキスパートオーサーとして「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館新書)、『「なんとかなる」と思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。 X(エックス)にて職場のメンタルヘルスなどをテーマとした勉強会(不定期)やイベント、集団セラピーなどをご案内している。
文/柿川鮎子