
「今月また新人が辞めるよ。うちは働き方改革にも率先して対応してきたし、柔軟な働き方も認めているのになぜだろう。労働条件も改善しているにも関わらず、コストばかりかかってどうにもならないよ」
200名規模の情報通信業の会社で人事部に所属する永田さん(仮名)は、新人が定着しない現状に頭を抱えていたのです。働きやすい環境を整えたのに人が取れない。また、採用しても人が定着しない。実際に永田さんのような悩みを抱えられている企業は多いのではないでしょうか。
ホワイトな職場が働きやすい職場とは限らない
永田さんの会社はコロナが明けてからもフルリモートで働ける環境を整えました。フレックスタイム制もコアタイムなしで採用し、さらには時短勤務者まで適用させるなど育児や家族の介護などさまざまな事情を持つ従業員にとっても、働きやすい職場を実現できるように積極的に環境を整備したのです。また、働き方改革に率先して取り組み、時間外労働についても36協定の範疇で例外なく収まるようマネジメント層に徹底させることで法律に抵触することのないようにしました。コンプライアンスに関しても絶対の自信を持っていたのでした。
ただし、コンプライアンスを重視し、働きやすい職場作りに取り組んだものの、新人の退職に関してすぐに結果は出なかったというのです。実態として2019年に働き方改革関連法が施行されたことによって、残業時間の上限や有給休暇の取得義務化はされたものの、働き方改革は基本的な労働環境を整備したにすぎません。
永田さんの会社でも時間外労働が削減されたことなど一定の効果は出たものの、働く人たちが当初期待した「より働きやすくなる」というイメージにはほど遠かったというのです。永田さんの職場で離職理由を調査したところ、時間外労働の上限規制を意識したことにより、仕事を覚えたくても早く帰れと言われて帰らざるを得ず、「このままだと一人前になるイメージがつかない」「OJTにおいて上司や先輩の余裕がなく、現場任せになってどうしたらいいのかわからない」など、この会社にいても成長できるか不安だといった理由が明らかになったのでした。
業務の効率化や時間外労働の削減は必要ではあるものの、外向けの労働条件の整備ばかり意識してしまったことにより、「ここは成長することが難しい会社だ」と新人層に判断されてしまったのです。残業が少ない、休みがしっかり取れるといったことも当然働きやすさのイメージとしてあるものの、成長できる機会があることも「働きやすさ」の要素です。「働きやすさの基準も人それぞれ」であることから、ホワイトな職場=働きやすい職場になるとは限らないのです。
ミスマッチを防ぐカギは採用時にある
永田さんの会社でも競合他社に見劣りしないよう職場環境を整備してスーパーフレックス(コアタイムなし)を採用していることや、「フルリモート可」など柔軟な働き方が可能なことをアピールしたり、フィットネスジムやカフェテリアなど充実した福利厚生があることも売りにしています。ただし、採用が難しいからといって労働条件のよさを明示してばかりではミスマッチを解消することは難しいのです。
上述したように働きやすさの基準が人によって異なる以上、採用の場でよいことばかり言うのではなく、たとえネガティブに思われるようなことであってもオープンに伝えることがミスマッチを防ぐカギだと言えます。具体的には企業側として伝えるべきことは企業文化や風土です。どのような社風なのか。飲み会は多いのか少ないのか。実際に行われている時間外労働は何時間なのか。求めるスキルはどういうスキルでどのレベルなのか。できる限り事実を具体的に伝えることが肝だと言えます。
求職者側もどんなスキルを身につけたいのか。どのように働きたいのか。チームワークを活かした働き方をしたいのか。それとも個々の能力に頼った仕事でチャレンジしたいのか。などなど会社説明会や面接時に双方で伝えることにより、お互い不利益となる採用後のミスマッチを減らすことに繋がるのです。
入社者が活躍できる職場づくりに力を入れる
ここまでお伝えしたように、永田さんの会社でも採用に意識を取られ過ぎてしまい、採用後、新人層が活躍できるビジョンが見えづらく成長するための仕組みが不十分だった結果、「ここにいても成長できない」「スキルが身につけられない」などの理由で退職する新人が後を絶たない状況になってしまいました。このような状況が起こると一定のベテラン層から「それならもっと仕事をさせよう」「残業したいのならガンガンやらせよう」となりがちですが、それは誤解だと言えます。
ただ仕事量を増やすことや長時間働くことにより、成果でなく時間で判断するようになってしまうリスクがあるのです。そうなると非効率な業務の増加や残業の常態化など企業や従業員にとっても望まない形となってしまいます。
押さえておくべきことは、仕事の本質を理解してもらう事です。今の仕事がどのように会社や顧客、社会に関わっているのかなどを知り、今自分は、何のために仕事をするのか仕事に意味を見出してもらうのです。結果として自分のやりたいことと仕事が重なる部分が出てくればベストでしょうし、数年後の自分がどういう仕事をしているのかイメージを持たせてあげることが重要だと言えます。
具体的には、新人に対してお手本となるような身近な先輩、目標となる先輩を置くことです。注意点として立場が違いすぎても「雲の上の人」となってしまう可能性もあるため、「身近に感じられる先輩」であることが肝と言えます。モデルキャリアを明確にすることで「私も成長したい」と思ってもらえる環境にすることが重要です。
また、成長する過程の中で適宜必要なタイミングで研修を入れることで「成長を後押ししてくれている」と感じてもらうことができます。加えて全体的なミーティングの場でも「うちの会社はそれぞれのメンバーの挑戦を支援する職場だ」とトップ層からメッセージをすることで挑戦を後押しする社風が生まれます。さらに挑戦したメンバーに対して承認するような機会が設けられれば、より効果的な結果が得られるでしょう。
最後に、成長できる機会や根底にある目標管理、評価制度も必要ではあるものの、管理職層の指導力を鍛える研修も重要となります。どれだけ成長の機会があったとしても上司の指導が不適切な場合は、新人の成長が阻害されてしまいます。筆者も人事担当者から相談を受ける中で「指導できない上司」が増えていると聞きます。指導できない上司に理由を聞くと、「パワハラだと言われるのが怖いから」など話されるそうです。パワハラを恐れて適切な指導が出来なければ、上述したように成長を阻害してしまうことにも繋がります。
適切な指導や新人層を成長させるためにも管理職層にハラスメント研修や指導力を鍛える研修を採用することで新人の成長を支援する取組みにも繋がります。採用に力を注ぐことは重要ですが、せっかく入社した社員が活躍できる環境を整えることが従業員を定着させることにも繋がるでしょう。
文/土井裕介
どい・ゆうすけ。特定社会保険労務士、医療労務コンサルタント、ジョブオペTM認定コンサルタント。家族の病気をきっかけに医療現場の働き方を目の当たりにする。働きやすい医療現場作りに貢献したいと考えコンサル業務に取り組む。各種メディアへの執筆を通してわかりやすい制度の解説を心がけている。